100円の愛情

有箱

文字の大きさ
4 / 7

三枚

しおりを挟む
 朝起きたら、やっぱり百円があった。熟睡してしまっていて、来た事に気付けなかった。
 起こしてくれないのは、やっぱり私が嫌いだからだろうか。

 握り締めたまま眠ったから、手にお金の匂いが付いている。それは、よく知った匂いだった。私の嫌いな血の匂いだ。

 もう、痛いのは嫌だ。

「やっぱり頑張るぞ……」

 買って、ごめんなさいと紙に書いて、一緒にママに渡したい。そうしたらきっと、ママは私を許してくれるから。
 そうしたら、前みたいに戻れるから。痛くない日々に戻れるから。

 想像の中で、ママが笑った。



 フードを深くまで被り、目立たないよう端を歩いた。明るい場所に久々に出る所為か、眩しくて薄目になってしまう。

 だが、日差しは気持ち良かった。風の匂いも普段と違い、少しだけ木々の匂いがした。
 何より、いつも歩いている道なのに、見え方が全然違うことには驚いた。まるで初めての道だ。

「この道知ってる……」

 歩いていると、懐かしい感覚を覚えた。もっと背丈がなかった頃、出ていった二人と歩んだ記憶がある。
 あの頃は、本当に楽しかった。

 体が示す通りに進んだら、もしかするとママに会えるかもしれない。けれど――。

 道が二股に割れる場所で、足が止まった。数年前の日々が、随分遠い出来事のようだ。

 ママに会いたい。

 でも、行きたい方へ踏み込めなかった。今の状態では、ママに会えないと思ったからだ。
 いや、会ってはいけないと思ったからだ。

 会うなら、花と謝罪を伝えなきゃ――。

 足の方向を変え、目指す場所へと小走りした。



 辿り着いた先には、花屋があった。教わった通り、コンビニの右横だ。いつもは真っ暗で、シャッターも閉まっていたから気付かなかった。

 握り締めた手を開き、百円玉を見詰める。その存在を確りと確かめ、再び強い力で握り締めた。

 意気込んで店内に入る。店員さんと目が合い、思わず物陰に隠れた。
 そのまま辺りを見回すと、色彩豊かな花々が見えた。知っている花も何種かあり、気分が明るくなった。

 だが、その中で、一際目立つ花を見つけた。

 それはママの好きな花だった。赤くて美しいその花を、ママは薔薇と呼んでいた。特別な日にしか買えない花なのだと、嬉しそうに話していた様子が浮かぶ。

「お嬢さん一人?」

 背後から話しかけられ、一瞬肩が竦む。パーカーを深く被り直し、笑顔で振り向いた。

「はい……」
「お使いか何か?」

 店員のお姉さんは、屈んで目線を合わせてくれる。目的を尋ねられ、少しの緊張が湧いた。

「ママにお花を買いに……」
「そう、何か良いのは見つかった?」
「うん。これ下さい」

 お金を見せながら、薔薇を指差す。店員さんは、花とお金を見比べて、僅かに表情を困らせた。

「うーん。あのねお嬢さん、とっても残念なんだけど、このお花を買うには同じお金があと二枚いるの。別のお花なら買えるものもあるけど……」

 言いながら、店員さんは別の花を二、三指差す。どれも綺麗だが、それでは駄目な気がした。

 私は、どうしようか少し考え、閃いた。そして少し悩んで決める。

「……えっと、また今度来ます」
 
 二枚必要なら、二日食事を我慢すればいいのだ。ママの為なら、そのくらい平気だと思えた。



 家に帰り、ゴミの中から容器を探した。お金を入れるための物だ。
 丁度良く空のビール缶を見つけ、中にお金を放り込む。小気味良い音が満足感を誘った。

 明後日、百円が三枚になったら薔薇を買いに行こう。そうして、謝罪文と共に置いておこう。今の気持ちを全部込めて。

 お腹が鳴る。空腹が続くのは怖かったが、二日後を思うと、それさえも満たされた気持ちにさせた。

「ママ、待っててね……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...