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三枚
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朝起きたら、やっぱり百円があった。熟睡してしまっていて、来た事に気付けなかった。
起こしてくれないのは、やっぱり私が嫌いだからだろうか。
握り締めたまま眠ったから、手にお金の匂いが付いている。それは、よく知った匂いだった。私の嫌いな血の匂いだ。
もう、痛いのは嫌だ。
「やっぱり頑張るぞ……」
買って、ごめんなさいと紙に書いて、一緒にママに渡したい。そうしたらきっと、ママは私を許してくれるから。
そうしたら、前みたいに戻れるから。痛くない日々に戻れるから。
想像の中で、ママが笑った。
*
フードを深くまで被り、目立たないよう端を歩いた。明るい場所に久々に出る所為か、眩しくて薄目になってしまう。
だが、日差しは気持ち良かった。風の匂いも普段と違い、少しだけ木々の匂いがした。
何より、いつも歩いている道なのに、見え方が全然違うことには驚いた。まるで初めての道だ。
「この道知ってる……」
歩いていると、懐かしい感覚を覚えた。もっと背丈がなかった頃、出ていった二人と歩んだ記憶がある。
あの頃は、本当に楽しかった。
体が示す通りに進んだら、もしかするとママに会えるかもしれない。けれど――。
道が二股に割れる場所で、足が止まった。数年前の日々が、随分遠い出来事のようだ。
ママに会いたい。
でも、行きたい方へ踏み込めなかった。今の状態では、ママに会えないと思ったからだ。
いや、会ってはいけないと思ったからだ。
会うなら、花と謝罪を伝えなきゃ――。
足の方向を変え、目指す場所へと小走りした。
*
辿り着いた先には、花屋があった。教わった通り、コンビニの右横だ。いつもは真っ暗で、シャッターも閉まっていたから気付かなかった。
握り締めた手を開き、百円玉を見詰める。その存在を確りと確かめ、再び強い力で握り締めた。
意気込んで店内に入る。店員さんと目が合い、思わず物陰に隠れた。
そのまま辺りを見回すと、色彩豊かな花々が見えた。知っている花も何種かあり、気分が明るくなった。
だが、その中で、一際目立つ花を見つけた。
それはママの好きな花だった。赤くて美しいその花を、ママは薔薇と呼んでいた。特別な日にしか買えない花なのだと、嬉しそうに話していた様子が浮かぶ。
「お嬢さん一人?」
背後から話しかけられ、一瞬肩が竦む。パーカーを深く被り直し、笑顔で振り向いた。
「はい……」
「お使いか何か?」
店員のお姉さんは、屈んで目線を合わせてくれる。目的を尋ねられ、少しの緊張が湧いた。
「ママにお花を買いに……」
「そう、何か良いのは見つかった?」
「うん。これ下さい」
お金を見せながら、薔薇を指差す。店員さんは、花とお金を見比べて、僅かに表情を困らせた。
「うーん。あのねお嬢さん、とっても残念なんだけど、このお花を買うには同じお金があと二枚いるの。別のお花なら買えるものもあるけど……」
言いながら、店員さんは別の花を二、三指差す。どれも綺麗だが、それでは駄目な気がした。
私は、どうしようか少し考え、閃いた。そして少し悩んで決める。
「……えっと、また今度来ます」
二枚必要なら、二日食事を我慢すればいいのだ。ママの為なら、そのくらい平気だと思えた。
*
家に帰り、ゴミの中から容器を探した。お金を入れるための物だ。
丁度良く空のビール缶を見つけ、中にお金を放り込む。小気味良い音が満足感を誘った。
明後日、百円が三枚になったら薔薇を買いに行こう。そうして、謝罪文と共に置いておこう。今の気持ちを全部込めて。
お腹が鳴る。空腹が続くのは怖かったが、二日後を思うと、それさえも満たされた気持ちにさせた。
「ママ、待っててね……」
起こしてくれないのは、やっぱり私が嫌いだからだろうか。
握り締めたまま眠ったから、手にお金の匂いが付いている。それは、よく知った匂いだった。私の嫌いな血の匂いだ。
もう、痛いのは嫌だ。
「やっぱり頑張るぞ……」
買って、ごめんなさいと紙に書いて、一緒にママに渡したい。そうしたらきっと、ママは私を許してくれるから。
そうしたら、前みたいに戻れるから。痛くない日々に戻れるから。
想像の中で、ママが笑った。
*
フードを深くまで被り、目立たないよう端を歩いた。明るい場所に久々に出る所為か、眩しくて薄目になってしまう。
だが、日差しは気持ち良かった。風の匂いも普段と違い、少しだけ木々の匂いがした。
何より、いつも歩いている道なのに、見え方が全然違うことには驚いた。まるで初めての道だ。
「この道知ってる……」
歩いていると、懐かしい感覚を覚えた。もっと背丈がなかった頃、出ていった二人と歩んだ記憶がある。
あの頃は、本当に楽しかった。
体が示す通りに進んだら、もしかするとママに会えるかもしれない。けれど――。
道が二股に割れる場所で、足が止まった。数年前の日々が、随分遠い出来事のようだ。
ママに会いたい。
でも、行きたい方へ踏み込めなかった。今の状態では、ママに会えないと思ったからだ。
いや、会ってはいけないと思ったからだ。
会うなら、花と謝罪を伝えなきゃ――。
足の方向を変え、目指す場所へと小走りした。
*
辿り着いた先には、花屋があった。教わった通り、コンビニの右横だ。いつもは真っ暗で、シャッターも閉まっていたから気付かなかった。
握り締めた手を開き、百円玉を見詰める。その存在を確りと確かめ、再び強い力で握り締めた。
意気込んで店内に入る。店員さんと目が合い、思わず物陰に隠れた。
そのまま辺りを見回すと、色彩豊かな花々が見えた。知っている花も何種かあり、気分が明るくなった。
だが、その中で、一際目立つ花を見つけた。
それはママの好きな花だった。赤くて美しいその花を、ママは薔薇と呼んでいた。特別な日にしか買えない花なのだと、嬉しそうに話していた様子が浮かぶ。
「お嬢さん一人?」
背後から話しかけられ、一瞬肩が竦む。パーカーを深く被り直し、笑顔で振り向いた。
「はい……」
「お使いか何か?」
店員のお姉さんは、屈んで目線を合わせてくれる。目的を尋ねられ、少しの緊張が湧いた。
「ママにお花を買いに……」
「そう、何か良いのは見つかった?」
「うん。これ下さい」
お金を見せながら、薔薇を指差す。店員さんは、花とお金を見比べて、僅かに表情を困らせた。
「うーん。あのねお嬢さん、とっても残念なんだけど、このお花を買うには同じお金があと二枚いるの。別のお花なら買えるものもあるけど……」
言いながら、店員さんは別の花を二、三指差す。どれも綺麗だが、それでは駄目な気がした。
私は、どうしようか少し考え、閃いた。そして少し悩んで決める。
「……えっと、また今度来ます」
二枚必要なら、二日食事を我慢すればいいのだ。ママの為なら、そのくらい平気だと思えた。
*
家に帰り、ゴミの中から容器を探した。お金を入れるための物だ。
丁度良く空のビール缶を見つけ、中にお金を放り込む。小気味良い音が満足感を誘った。
明後日、百円が三枚になったら薔薇を買いに行こう。そうして、謝罪文と共に置いておこう。今の気持ちを全部込めて。
お腹が鳴る。空腹が続くのは怖かったが、二日後を思うと、それさえも満たされた気持ちにさせた。
「ママ、待っててね……」
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