さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ

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六章

66(マーガレット)

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脱出用の極秘通路を駆け抜けると、城壁の外に夫と父がいた。

「よくやった、マーガレット」

レイモンドは負傷した父を縄で縛り、バムフォード城の衛兵から奪い取ったであろう装備で部下を引き連れそこに居た。

私は前屈みになって膝に手を突き、激しい動悸を堪える。

極秘通路を操作したのは父だったようだ。大方、私を人質に取られたと勘違いしてレイモンドに従ったのだろう。父は、後悔と安堵の混ざった表情で歯軋りしている。

私は息を整え姿勢を正した。
レイモンドは機嫌が良さそうだった。只、私が見たこともない悪辣な表情を浮かべていた。

夫に利用された。
その事実に打ちのめされている時間はない。

詰るのも責めるのも後回しにすべきだった。寧ろ、私の心は、血を流すバムフォード城の衛兵を目の当りにしたあの地下牢で完全に冷めていた。
私は愚かだった。あの男を、選んだのだ。

これは私の過ちに他ならない。

私は城壁の外に隠された極秘通路の仕掛けを解除する為にその場を離れた。すぐ目と鼻の先にそれはある。

ある……はずだった。

「!」

破壊されている。
私は愕然と城壁を仰いだ。

中に二人取り残されているというのに……!

「これでオーレリアスは生き埋めだな」

レイモンドが笑う。
私はレイモンドに縄で拘束されている父を責めた。

「お父様!」
「すまない……お前を、助ける為だった」
「……!」

この時、私はやっと全てを理解した。
私は、本当に人質だったのだ。私は愛されて育った。その愛を私から手放した。他の男を愛して捨てた。そんな私を愛し続けていたバムフォード城の人々にとって、私は最大の弱点として機能してしまった。

私は、重大な欠陥だ。
欠ければ終焉を招き得る重要な歯車として存在していた。私だけが、理解していなかった。

「……」

私は、本当に愚かだった。
あの頃、オーレリアスはまだ頼りなく見えた。それに私に対して絶対服従という姿勢が物足りなかった。こんな小さな男に一生を縛られるなんて人生が勿体ないと思うようになっていた。そんな時、社交界でレイモンドと出会った。

私は、運命の恋に落ちた。
そう、錯覚したのだ。

「……っ」

違う。
私は、錯覚などしていなかった。
私が傲慢で愚かで、未熟だっただけだ。自分の欲望に流され、強い男に心変わりした。そんな女だった。酷い薄情者で、ふしだらな令嬢だった。

大変な過ちを犯してしまった。

併し、今は自己憐憫に浸る時ではない。
正規の順路で城内に戻り、内部から再び極秘通路に入るしか二人を助ける方法は残されていない。

走り出そうとした私をレイモンドが笑って止めた。

「間に合わないさ。そう、義父上が教えてくれた」

忌々しい。
これ程までに自分の夫を憎む日がこようとは、思いもしなかった。これが、現実だ。

それでも。

二つ、希望は残されている。
レイモンドは、私がオーレリアスと共にこの極秘通路を使って脱出するという前提のもと、この場所で待ち構えていたようだ。

オーレリアスは、まだ、城内にいる。
客人を守る為に私と同じ選択をする可能性は充分にある。
そうなれば、マルムフォーシュ伯爵とその恋人は助かるはずだ。

更に、あのファロンと呼ばれていた女騎士。
彼女が無事にラモン司教をどうにかできれば、私たちは数人のヴァンパイアを呼び集められる。フォーシュバリ侯爵家の誰かが真っ先にマルムフォーシュ伯爵とその恋人を救うはずだ。更に、形勢逆転も容易となる。

今、私は、レイモンドを騙し時間を稼ぐべきか、一刻も早く城内へ駆け戻り一縷の望みにかけて極秘通路を開けるかの選択に迫られていた。

本当に間に合わないだろうか。

ヴァンパイアの加護を受ける者たちは、普通の人間より僅かに高い身体能力に恵まれている。
それは長寿や頑強という形で現れたり、視覚や聴力が優れていたりと、ごく一般的な人間の特別恵まれた肉体と同一視されることが多い。

多少、遅れても、生き延びる望みはある。

レイモンドはそれを知らないようだ。だから、勝った気で笑っているのだ。
私の大切な生まれ故郷を、愛する人たちを、蹂躙して……勝利に酔っている。それが私の選んだ男の本性だった。

「こんな酷いことをしでかして……あなた、本当に私を愛してる?」

憤りを抑えて尋ねる。
私の夫は、私の父を縛り上げた縄を乱暴に引き、その手を掲げた。

「愛しているとも!神は〝マーガレット〟という鍵を俺に授け、栄光を与え給うた!王国は救われる!俺たちは救世主になるんだ!!」

考えるより、体が先に動いていた。
私は忌々しい夫の元へ駆け寄り、その頬に拳を撃ち込んだ。血と歯が一本、迸る。油断していたレイモンドの手が緩んだのを私は見逃さなかった。父を突き飛ばし、夫の股間を蹴り上げる。

「!!」

叛乱の首謀者、カニングハム公爵を無力化した。

縄を掴み父を立たせ、解くのは後にして同時に走り出す。
互いに無事を確認した。恐れるものは何もなくなった。陥落などさせない。バムフォード辺境伯は叛乱軍になど屈しない。

オーレリアス……──────
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