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三階建ての山荘の二階に通された。
中央広間の奥から左右に上がる階段の向かって右側の手前。吹き抜けになっており、廊下から一階が見下ろせる。私たちの他には反対側の奥の部屋に一組秘密の恋人たちが滞在しているらしい。
「三階へは上がらないでね。一人目と旦那が暮らしてるの」
「子供も?」
パーシヴァルが廊下の手すりに寄りかかり、一階を眺めながらそれとなく尋ねる。
「ええ、そう」
「男?女?」
「女の子。名前はスタシアよ」
「何才?」
「もうすぐ三つかな」
マクミラン司祭に抱えられながら、いけないとわかっていてその胸に顔を埋めた。
一人目の妻が産んだ娘の名はスタシア。
私の名前と無関係とは思えない。
「あなたたちは一緒に住まないのか?あ、悪い。住めないか……」
パーシヴァルが言葉を濁す。
ヴェラは作り笑いを浮かべ平静を取り繕っているような硬い声で早口に応じる。
「まあ仕事が山積みだからね。一階の方が楽だし」
「他に使用人は?掃除やらなんやらさすがに一人じゃ無理だろう?」
「ええ。掃除と料理、男と女が3人ずつ。住み込みで働いてる」
「それを仕切っているわけだ」
「ええ。そういうのが得意だから。なんでそんなに訊くの?」
そこでパーシヴァルが笑った。
「俺は密会に来たわけじゃないからね。暇しなくていいようにいろいろ訊いてるの。嫌か?」
「いいえ。話し相手ができるのは大歓迎」
ヴェラはパーシヴァルに任せておけばいいと気づき、私はマクミラン司祭の衣服をぎゅっと握りしめ声を絞り出す。
「お兄様、私、横になりたい……」
流れるように嘘が出る。我ながら驚いたけれど、そういえば、私の秘密と嘘が始めた事だった。
パーシヴァルが即座に応じる。
「ああ、ごめん。妹を休ませていいかな」
「妹さんだったのね」
「そう。父が酷い相手を選んでね。可哀相なんだ、こいつを愛してるのに」
「……この美しいお兄さんはお友達?」
「ゆっくり話そう。なんなら手伝うよ。妹が失神しそうだ」
ヴェラが鍵を開け、その鍵をマクミラン司祭に差し出す。彼女の手が震えているのを私は見逃さなかった。但しヴェラの手よりも私の方が震えていた。
「寒そうね。カモミール、オレンジピール、アッサム、他にもなんでもあるけどお好みはある?」
マクミラン司祭への態度は別として、ヴェラの声に私への思いやりを感じた。そんな自分が嫌になる。この人はルシアンの妻なのだ。それも、二番目の。
気持ち悪い。
「カモミールをください」
「ジンジャーを少し入れる?あったまるよ」
「要りません」
答えてから私はマクミラン司祭にしがみついた。そこでやっとヴェラがマクミラン司祭に声を掛けた。
「扉の脇にベルがありますから、御用の際は扉の隙間からそれを鳴らしてください。あと、お気づきかもしれませんがここでは名前は伺いません。お代はこちらの方に説明させていただきますね」
「ありがとう」
マクミラン司祭は短く答え私を部屋に押し込んだ。
崩れ落ちるより早く扉が閉まる。私は這い蹲るような姿勢になり両手で顔を覆った。背後にマクミラン司祭が佇んでいようと気にならない。
泣きたいわけではなかった。
涙なんて、もう出てはこない。
私という殻を破り内側から恐ろしい悪魔が誕生したような感覚。錯覚ではない。
私は別の何かになったのだ。
ルシアンを愛していたエスターなど、もう、どこにもいない。
中央広間の奥から左右に上がる階段の向かって右側の手前。吹き抜けになっており、廊下から一階が見下ろせる。私たちの他には反対側の奥の部屋に一組秘密の恋人たちが滞在しているらしい。
「三階へは上がらないでね。一人目と旦那が暮らしてるの」
「子供も?」
パーシヴァルが廊下の手すりに寄りかかり、一階を眺めながらそれとなく尋ねる。
「ええ、そう」
「男?女?」
「女の子。名前はスタシアよ」
「何才?」
「もうすぐ三つかな」
マクミラン司祭に抱えられながら、いけないとわかっていてその胸に顔を埋めた。
一人目の妻が産んだ娘の名はスタシア。
私の名前と無関係とは思えない。
「あなたたちは一緒に住まないのか?あ、悪い。住めないか……」
パーシヴァルが言葉を濁す。
ヴェラは作り笑いを浮かべ平静を取り繕っているような硬い声で早口に応じる。
「まあ仕事が山積みだからね。一階の方が楽だし」
「他に使用人は?掃除やらなんやらさすがに一人じゃ無理だろう?」
「ええ。掃除と料理、男と女が3人ずつ。住み込みで働いてる」
「それを仕切っているわけだ」
「ええ。そういうのが得意だから。なんでそんなに訊くの?」
そこでパーシヴァルが笑った。
「俺は密会に来たわけじゃないからね。暇しなくていいようにいろいろ訊いてるの。嫌か?」
「いいえ。話し相手ができるのは大歓迎」
ヴェラはパーシヴァルに任せておけばいいと気づき、私はマクミラン司祭の衣服をぎゅっと握りしめ声を絞り出す。
「お兄様、私、横になりたい……」
流れるように嘘が出る。我ながら驚いたけれど、そういえば、私の秘密と嘘が始めた事だった。
パーシヴァルが即座に応じる。
「ああ、ごめん。妹を休ませていいかな」
「妹さんだったのね」
「そう。父が酷い相手を選んでね。可哀相なんだ、こいつを愛してるのに」
「……この美しいお兄さんはお友達?」
「ゆっくり話そう。なんなら手伝うよ。妹が失神しそうだ」
ヴェラが鍵を開け、その鍵をマクミラン司祭に差し出す。彼女の手が震えているのを私は見逃さなかった。但しヴェラの手よりも私の方が震えていた。
「寒そうね。カモミール、オレンジピール、アッサム、他にもなんでもあるけどお好みはある?」
マクミラン司祭への態度は別として、ヴェラの声に私への思いやりを感じた。そんな自分が嫌になる。この人はルシアンの妻なのだ。それも、二番目の。
気持ち悪い。
「カモミールをください」
「ジンジャーを少し入れる?あったまるよ」
「要りません」
答えてから私はマクミラン司祭にしがみついた。そこでやっとヴェラがマクミラン司祭に声を掛けた。
「扉の脇にベルがありますから、御用の際は扉の隙間からそれを鳴らしてください。あと、お気づきかもしれませんがここでは名前は伺いません。お代はこちらの方に説明させていただきますね」
「ありがとう」
マクミラン司祭は短く答え私を部屋に押し込んだ。
崩れ落ちるより早く扉が閉まる。私は這い蹲るような姿勢になり両手で顔を覆った。背後にマクミラン司祭が佇んでいようと気にならない。
泣きたいわけではなかった。
涙なんて、もう出てはこない。
私という殻を破り内側から恐ろしい悪魔が誕生したような感覚。錯覚ではない。
私は別の何かになったのだ。
ルシアンを愛していたエスターなど、もう、どこにもいない。
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