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夕方。
忙しないノックの後にパーシヴァルが扉の向こうで早口に告げた。

「帰ってきましたよ、レディ・ウィンダム。あいつ帰ってきましたよ!」
「!」

私は走って鍵を開けパーシヴァルを招き入れた。
室内に滑り込んできたパーシヴァルはあちこち汚れていて驚かされたけれど、姿を見せない日中ずっと山荘内を調査していたのは知っていた。

扉に向かった私とは逆に窓辺で外の様子を確認したオーウェンがカーテンに手を掛けたまま振り向く。

「荷車に絨毯と木箱がある。商売熱心なのは確かだ。男三人」
「積み荷を下ろしに薪割り係とパン職人が出てる。二人とも買収済だ」
「よくやった」
「向かいの客はどうでもいいが、妊婦と三階の子供を恐がらせたくない。今夜、静かにアトウッドだけ捕えよう。下りれば警備兵に顔が利く」
「いいだろう」

忽ち緊迫感が漂う。
固唾を飲んだ私の肩に分厚いパーシヴァルの手が乗った。

「レディ・ウィンダム、顔を確認してもらえますか?」
「はい」
「大丈夫?」

パーシヴァルはわかり易く優しい。

「ええ、落ち着きました。処分について彼と話し合っていたところです」
「何してたんだ?」

オーウェンがパーシヴァルに訝しそうに尋ねる。

「畑、料理、薪割り、後いろいろ」
「彼女は何か言ったか?」

本題はそれなのだろう。
パーシヴァルは即答した。

「あんたは記憶喪失かって」
「なんて答えた?」
「そうだって言った。ある日、教会にひょっこり現れたって」
「だいたい合ってる」

矢継ぎ早に交わされる短い会話を聞きながら、ヴェラがオーウェンを記憶喪失ではないかと考えたのは何故なのか疑念が過る。
けれど今ここで私が口を挟むことではない。

「彼女自身の話は?」
「何も。ただ、行き場がないって言ってたな。あの女なんなんだ?」

最早二人には主従関係の片鱗すら見出せない。互いに協力者として対峙しているようだった。

「いずれわかる。今はルシアン・アトウッドを捕えよう」

窓際から早足で歩いてくると、オーウェンは真っ先に廊下へ出て振り返る。

「エスター」
「はい」

決意も硬く頷く私に、迷いはない。
三人で廊下の手摺り越しに吹き抜け部分を見下ろすと、ちょうど玄関扉が開きヴェラが出迎えているところだった。

「お帰りなさい。お客は二組、片方は親族の付添い込み」
「ミーガンは?」

私は息を止めた。
扉の外から聞こえてくるその声は、間違いなく、懐かしい元婚約者の肉声だった。

「落ち着いてる。付添いのお兄さんがいい人で厨房を手伝ってくれて大助かりよ」
「親切な人だ。ありがたい。三階は?」
「変化なし。スタシアはよく食べてくれてるみたいだけど」
「そうか。いい絨毯が手に入ったよ。君も見て。僕は三階に顔を出さなきゃ」

「……」

私は手摺りに手を掛けて、呆然とルシアンを見下ろす。

宿の主としてある種の風格を漂わせ、外套を脱ぎながら足早に階段へと歩いてくる。でもまたこちらに顔を向けてはいなかった。玄関口のヴェラと声を張り上げながら仲睦まじく会話を続けている。

「お土産もある!」
「本当?嬉しい!」

ヴェラが弾けるような笑顔で扉の外に身を乗り出した。

オーウェンとパーシヴァルに目で問われ私は頷いた。

ルシアンが足元を注視しながら中央の階段を駆け上がって来る。そして上り切り、廊下の端の階段へ向かって踏み出した足を止め、私に気づく。

「エスター……!」

再会した。
あれほど愛した男性の顔なのに、何の感動も沸かない。もっと嫌悪するかと思ったけれど、それも違った。違法な宿主としてしか目に映らなかった。

ところが。
ルシアンは私に満面の笑みを向け歓喜する。

「やっと会いに来てくれたんだね!」
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