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18(ジェーン)※

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初めて声を掛けられたとき、ソフィア王女は私やライスト男爵家を応援したいと言ったのだ。私たち一家は王女の寵愛を受けると浮かれ、無条件である要求に応じていた。

今、極秘でソフィア王女の為の船を造っている。
ダーマ伯爵の城の小広間から場所を移す目的だろうか。それとも、男娼を乗せた娼船にでもするつもりか。

或いは……全て満足した後まとめて海底へと沈めるつもりかもしれない。
あくまで私の想像に過ぎないが、とにかく碌でもない用途に使われるのは間違いないだろう。

狂った王女が誰に執着しているか知らないが、そんなに嫌いなら本人だけを苦しめればいいではないか。一国の王女という絶大な権力を振りかざしどうにでもできる。他人を巻き込んで回りくどい研究など迷惑もいいところだ。しかも碌な研究ではない。

何だ。
美青年を薬で麻痺させて拷問し男娼に作り変えるとは。下らない。

「……」

男娼を買い淫欲に溺れたことにされ、軽蔑され居場所を失くした、汚れた令嬢ヒルデガルド……
ソフィア王女は実験台にした男を男娼にするという……
取り巻きのはずのクローゼル侯爵令嬢ヘレネはこの集会に参加せず、高級男娼の館《ユフシェリア》に入浸っているらしい……

なるほど、そういうことか。

「予行演習だったのですね。この実験と同じように」
「察しがいいわね、ジェーン。好きよ」
「ありがとうございます。今の内に備えておくべき特別な設備がもしあればお申し付けください、王女様。きっとお役に立てると思います」

私は一味として加えられたことを喜んでいる風を装い積極的な姿勢を示した。
因みに、ソフィア王女を殿下と呼ぶことはパメラ夫人から禁じられている。貴族ぶった口を利くなという意味だろう。

ソフィア王女は小首を傾げて私に微笑んだ。

「いい子ね」

私は命を懸けて、最高に喜んでいる表情を作る。

「特等席よ。こっちにおいで」

異様に浮かれている王女の手招きに応じ席を移った私は、実際は平民上がりと蔑まれていることもあり、馬鹿を装い探りを入れてみた。

「この方が男娼になるということは、つまり、そういうことですよね」
「聖人気取りのあの女には、貪婪であってもらわないと」

王女は快く応じる。
そうしている間にもダーマ伯爵と医師の助手たちが周囲に巨大な三枚の鏡を設置したりと、慣れた様子で異様な準備を進めていた。
瞼を開けさせたのは意識の有無を確認する為だけでなく、本人に見せる為だったのだ。徹底している。

「でも、王女様のお嫌いな方に男娼を宛がって汚すなら、いっそ本人を娼婦に堕としてしまうのが手っ取り早くて確実ではないですか?その方が汚れると思います」

王女に提案などパメラ夫人に叱られそうだが、私は平民上がりで礼儀を知らない。

「ジェーン……お前は、やっぱり平民ね。馬鹿」

ソフィア王女が低く呻るように、舌なめずりをする害獣のような顔で私を見て笑った。落胆というより、寧ろ予想通りの愚かさを喜んでいるように見えた。

続く淀んだ呟きに私は耳を疑った。

「汚い男たちに買われるような安い娼婦に落ちぶれてしまったら、娘の私まで同じように見られてしまうじゃない」
「……え……?」

聞き間違いだろうか。
否、確かに言った。至近距離で私は聞いた。

娘の私……?
ということは……まさか……

「いいのよ、ジェーン。怒ってない。お前は何も知らない平民だもの。わからなくても無理はないわ。さあ、楽しんで。貴族をこんな風にいたぶれるなんて夢のようでしょう?何をしてもいいのよ」

ソフィア王女が私に微笑みながらお人形の頬を雑に叩く。
薬で麻痺したその伯爵令息は微動だにしない。声も上げない。ただ碧い瞳をぎょろぎょろと彷徨わせ音もない涙を流している。

私は言葉を失っていた。

シェロート伯爵令息ウィリスはまず裸にされ、モリン伯爵令嬢アイリスによって全身に馬鹿げた派手な化粧を施された。
それが済むと、鏡で本人が自分の体に起きていることを確実に視認できるよう完璧に計算された立ち位置で、ソフィア王女が無数の切り傷を付けていった。

拷問と言うと悶絶や絶叫を伴うものだと思っていたが、薬の効果で痛みは感じていないらしい。
感覚の無いまま自分の肉体が損なわれていくというのは、どれ程の恐怖だろうか。

私はとにかく夢中で酒を飲んだ。
酔わなくては見ていられないというのではなく、限界を迎えた時の口実の為に飲んでいた。万が一、嘔吐しても酒のせいにできる。この遊びに嫌悪していると悟られるべきではない。

止血を済ませた医師は新たな薬品を的確に注入した。
まずアイリスが美しい人形を堪能し、次にパメラ夫人とダーマ伯爵夫人イザベルが二人掛かりでその肉体を貪った。

ダーマ伯爵が言った。

「妻は浮気性でね。だがある時、相手の若造を懲らしめた私は目覚めたのさ。若く美しい若者を完膚なきまでに叩きのめす快楽に」

こうも言った。

「刺激が強すぎるかな、レディ?こちらは気にせず、心行くまで飲みたまえ」

そこから行われた暴力はさほど私を苛みはしなかった。
私は元平民であり、造船所には気の荒い屈強な男たちが集まっているわけで、乱闘騒ぎなど見慣れている。また暴漢から守ってもらった経験も一度や二度ではなく、その都度、正当な報復が行われた。

婚約者を捨てただけに留まらず、淫売に貶めるのに加担した男がぶちのめされるのは当然だ。
しかも薬で痛みを感じていないとなれば、なんとまあ優しいことか。

だが私は知ることになる。

長い実験が一段落し、異様な恍惚感を纏う魔物たちと継続して晩餐が始まった頃、薬の効果が切れ始め、最初は小さかった長い呻き声が徐々に叫びへと変わっていった。
蓄積された痛みが徐々に輪郭を現し、精神的にも肉体的にも追い込んでいく。見るも無残な姿で悶絶し咽び泣く姿はもう、とても高貴な伯爵令息には見えなかった。

これは拷問だった。
尊厳を踏みにじり苦痛を与え人格を作り変える陰湿な拷問。しかも此処にいる魔物たちは心から楽しんでいる。

酔っていた。
私は吐かなかった。

医師とその助手たちが改めて伯爵令息だったものを拘束し、準備が整うと、ソフィア王女は変わり果てた恋人を優しく撫でた。

「ウィリス、選ばせてあげる。目を動かして答えてごらん。鞭と蝋燭どちらがいい?」
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