王女様、それは酷すぎませんか?

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
20 / 79

20

しおりを挟む
レオンが部屋に戻った。
先にヨハンが入って来てこの世の物とは思えない優美な微笑みを私に向ける。続いてやや難しい表情のレオンが入り素早く扉を閉めた。

二人と再び対峙し私は背筋を伸ばしたが、ベッドに座っていた為あまり意味を成さなかった。

「御気分は如何ですか?今、ケーキを焼いていますからね」

ヨハンが優しい一言と共に微笑みを深めながら一瞬で歩み寄り私の足元に跪く。あまり近くに来られると驚いてしまうが、今現在、ヨハンは男娼なのだから理屈は通っている。
レオンはヨハンを軽く睨んだが、意見はしなかった。

「あの」

私は口を開いた。
何よりもまず私にはしなければならないことがあったからだ。

「先程は失礼な態度を取ってごめんなさい」

ヨハンの微笑みを見下ろし、そして戸口に立つレオンの顔を見上げる。

「レオンに話を聞いてもらって冷静になれました。本当に身勝手な言動でした。どうか許してください」
「お嬢様。あなたは何も謝る必要なんてありません」

レオンの表情に私に向けた優しさが戻る。
それが男娼としての彼の務めでもあるはずだったが、私は気遣いを嬉しく思った。

真下ではヨハンが驚愕に目を見開き、やはり神話から出現した古の神を思わせる気迫を纏っている。申し訳ない気持ちを抱えたこんな時でさえ私の方でも驚愕してしまう美しさだった。

「何を仰いますか。レオンの言う通り、あなたは何も悪くありません」

ヨハンが現実味を欠いた美貌の男娼だとしても、私は理性を失いはしない。その根拠は私に触れないという彼らの契約が保証となっているからだが、油断していた私の手をヨハンは極自然に包み込んだ。

「あ」

レオンが低く声を洩らす。
私は大きくても長く細い指が印象的なヨハンの手を見下ろし、同じ人間の手であると実感を深めた。男娼であるからには数々の経験を積んでいるはずの手なのだが、温もりのあるすべらかな優しい手だ。

この館へ来てすぐ、レオンの手を払い除けてしまったことを私は後悔している。

事実あれは忌避したのだが、今の私は考えを改めていた。
肉体的な関係を持つことはあり得ないが、継続的な関係を持ち信頼を築いていくのであれば、握手など触れる機会はあるはずだ。

「……」

併し、ヨハンがなかなか手を離さないのは気になってきてしまう……
当然のように握り続けている。

「ヨハン」
「はい」
「私が買ったのはレオンだから」

男娼のヨハンに通じるよう敢えて言葉を選んだが、私の払う報酬は危険を冒すことに対してのもので密接な拘束を求めるものではない。
レオンは理解してくれている。ヨハンも協力してくれるということになれば、彼にも報酬を支払うのが筋だろう。

報酬を支払う場合、私はヨハンにここまでの関係は求めていない。

「失礼しました。いつでもお慰めしますから、いつどんな時であろうともお呼びください」

ヨハンが目を細めて微笑み、ゆっくりと私の手を離した。

「……ありがとう」

男娼としての礼儀を尽くしてくれているだけで困らせる意図はないはずなので、此方も微笑みを以て感謝を伝える。上手く笑えた自信はない。

「ヨハン。お困りだから不用意に触るな。頼むから」

レオンも数歩近寄ってヨハンを手で追い払う仕草で言った。
ヨハンは気を悪くするでもなく優雅に立ち上がると、穏やかでありながら光り輝く微笑みを私に注ぐ。

「お話は伺いました。このヨハンにお任せください、お嬢様」
「あ……」

本題に入る前にこの件も片付けなくてはいけないと気づく。

「ヨハン」
「はい」
「あなたは伯爵家の方なのだから、それを承知の上でそのように呼ばれるのは私も本望ではありません」
「いいえ、お嬢様。今の私はあなたの犬です」
「レオン」

私はレオンに助けを求めた。
レオンはヨハンの真横に立つと、ヨハンの腕を掴み体の向きを変えさせ、真正面から真剣な視線で訴えてくれる。暫く視線の応酬が続き、再び私にヨハンの微笑みが降り注いだ。

「そうですね。外を出歩く際にあなたが怪しまれるようではいけません。お任せください。かつての我が身を思い出し、あなたに相応しい友の役に徹します」

男娼として接するより伯爵令息として接する方が私には易しい。嬉しい申し出だった。

「ありがとう。名前で呼んで頂けると助かるわ」

ヨハンは微笑みで承諾した。
私はレオンにも視線を移す。

「あなたも」
「はい、ヒルデガルド様」

話がまとまったと判断し、私は二人に手振りを添えて伝える。

「お掛けになって」

すぐさま二人は私の足元に跪いた。
このように一つ一つ驚かされていくのだろうと納得し、私もその都度こちらの要望を伝えればいいのだと肝に銘じる。

「腰掛ける物に、どうぞ」

ヨハンは鏡台の椅子に、レオンは逡巡した後、渋々猫足の浴槽の縁に腰を掛けた。そもそもこの部屋は華美に整えられているというだけで小ぶりな寝室であるから仕方がないのだ。私も当然のようにベッドに座っている。
以前の私であれば考えられないような状況だが、これが今の私の現実だった。

「ヨハン。あなたが協力してくれるとのことで、とても心強いわ。私は世間知らずだから」
「あなたは神に愛された心清い人です。汚れ切った世間など知らなくていいのですよ」
「そうもいかないわ。私、今此処にいるもの」

男娼を侮蔑していると受け取られる物言いは避けようと心に決めていたが、男娼の館にいる事実までは無視しようとは思わない。私は私の現実に立ち向かわなくてはならないからだ。

「先程レオンに話したのだけれど、あれから私、考えを改めたの」
「え?」

レオンが反応した。
ヨハンは穏やかに頷きながら話の続きを促す。

「一人一人に復讐なんて、やはりよくないわ。そんな事の為にあなた方を利用するなんて、私どうかしていたの」
「いえいえ、復讐しましょう」
「え?な、なに?」

優雅ながらも畳みかける勢いのヨハンに私は一瞬、何が起きたのかわからず呆けてしまった。
その隙にヨハンはレオンに尋ねる。

「計画の詳細は?」
「僕たちがこの方を貶めた者全員をとことん誑かし堕落させて軽蔑させて破滅させる」
「なるほど。それはいけません。甘すぎる」

私の目の前で男娼二人が意見を交わしている。
確かに彼らを利用しようという気持ちで此処《ユフシェリア》に来た私だが、これほど積極的な協力は予想外だった。

「ですが、ヒルデガルド」
「あ、はい」

自然に呼び掛けられ、私も違和感なく応じてしまう。
ヨハンは貴族らしい高潔さと優雅さを身に纏いながらきっぱり次のように断言した。

「まずはあなたの潔白を証明することが先決です」

それは私が何より望んでいる結果だった。
一人一人に対しての憎しみがもう消えたとは言えないが、私自身の手で追い詰めるならまだしも、他者を、もっと正確に言えば他者の肉体を利用するというのはあまりに冒涜的だ。

私の潔白が証明されれば、クローゼル侯爵家の昼食会で率先して私を侮辱し罵倒した面々の非礼も明らかになる。そうなれば、どのような罰を下すか決めるのはもう私ではなくなる。

「ありがとう、ヨハン。よろしくお願いします」
「ええ。心変わりしたあなたが再び復讐を決意するようになるまでの間、この私が綿密な計画を練り必ずあなたの潔白を証明してみせます」
「……」

誤解が生じている。
或いは、意志の疎通が図り切れていない。

ヨハンは碧い瞳を美しく煌めかせ優雅に語る。

「心優しい清らかなあなただからこそ迷われているのです。私はそんなあなたの犬ですが、駄犬ではありません。主に害を及ぼす者どもの首を噛み千切るまで止まらない狂犬です……という友の役に徹します。そのような犬を巷では善い仔と褒めますね?そうでしょう?」
「……」

絶大な美貌の為か尊くありがたいことを言っているように目には映るが、たぶん、恐らく、ヨハンは少し変わり者なのだろう。

私はレオンに目で助けを求めた。
こればかりは仕方がないと言うように、レオンは神妙な面持ちで緩く首を振って応えた。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

もうあなた達を愛する心はありません

佐藤 美奈
恋愛
セラフィーナ・リヒテンベルクは、公爵家の長女として王立学園の寮で生活している。ある午後、届いた手紙が彼女の世界を揺るがす。 差出人は兄ジョージで、内容は母イリスが兄の妻エレーヌをいびっているというものだった。最初は信じられなかったが、手紙の中で兄は母の嫉妬に苦しむエレーヌを心配し、セラフィーナに助けを求めていた。 理知的で優しい公爵夫人の母が信じられなかったが、兄の必死な頼みに胸が痛む。 セラフィーナは、一年ぶりに実家に帰ると、母が物置に閉じ込められていた。幸せだった家族の日常が壊れていく。魔法やファンタジー異世界系は、途中からあるかもしれません。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...