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「ますご覧頂きたいのは此方の設計図です」
ジェーンは同じく証人として出廷していた父親ライスト男爵を呼び寄せ、ニコラス王太子に筒状の物を差し出した。
ニコラス王太子が無言で受け取り、筒を開く。
「私のような身分の物が王女様にお声がけいただけた理由が此方です。父が国王陛下より大変名誉な男爵位を頂戴いたしましたのも、私共の造船所が王国のお役に立てているからであると自負しております」
強かな印象であったジェーンだが今日は更に頼もしく、私は半ば驚きを意識して隠さなければならなかった。
ジェーンは数日顔を見ない間に不幸な出来事に見舞われたらしく、左目を負傷し眼帯を着けていた。痛ましい事実ではあるが、その姿で正装に身を包み船の話などすると女軍人か女海賊に見えてしまって仕方がない。惚れ惚れするほど威風堂々としている。
彼女の優しさを知ったが、私は、その強さもまた素晴らしい才能だと感じていた。
「さて、私と父は王女様にこうお声を掛けられました。船を用意できるか、と。王女様が個人的な趣味、ご旅行や海上での余暇などをお楽しみになりたくて、私共をお選びくださったのだと思いました。併し、事実は少し違いました」
ジェーンの気迫に陪審員も息を飲んでいる。
「本来であれば役人に報告すべきあらゆることを王女様は禁じられました。私共は初めて密造船を作ることになったのです。恐れ入りますが王太子様、設計図をご覧ください」
ニコラス王太子は既に図面に目を落していたが、ジェーンに向かって頷くと改めてそれを広げた。
「部屋数は小型の客船に似ていますが配管が特殊です。医務室の規模にお気づきかと思いますが、これは拷問の治療、即ち王太子様の延命治療を行う設備が必要だからです。更に奥は趣を変え巨大浴槽を囲む寝室を備えております。王妃様がお寛ぎになる予定の空間です」
「このような船を作るに際し、大変罪深き行いと自覚はしておりましたが私共は命を握られておりました。特に娘は王女様のお傍に呼ばれることが増え、逆らえませんでした」
ライスト親子が言い募るのを王家の四人は其々の表情で聞いていた。
男爵が懇願する。
「私共の罪は命を捨てるだけの勇気を出せなかったこと一点のみです。決して賛同していたわけではありません。寧ろ恐れていました。生き延びる為に娘は慈悲深いレディ・ヒルデガルドを傷つけてしまいました。併しレディ・ヒルデガルドは娘を許してくださいました。私共は心打たれ、今、此処に証言するものであります。どうか御慈悲を……!」
「こんな下々の民の讒言に惑わされるとは愚かにも程がある!」
初めてソフィア王女が声を上げた。
さすがに緊張が走る。併しニコラス王太子は相手にしなかった。
「これが王女の命令であるという証拠は?」
「此方です」
ジェーンも冷静に応対している。
王家の封蝋が認められる手紙の束をジェーンはニコラス王太子に差し出した。
ニコラス王太子は従僕に設計図を預け手紙を受け取ると素早く目を通し、国王に渡した。手紙は目を剥いて狼狽える国王から、ほぼ無表情といって差支えない王妃の手に渡る。
「ソフィアの筆跡です」
王妃の発言は素っ気なかったが重大な意味を持っていた。
ソフィア王女も顔色を変える。
「ジェーン……お前……」
誰に聞かせるでもない呟きを洩らすとソフィア王女は愕然と虚空を凝視した。その表情からは何を考えているのか全く想像できない。
王妃が上品で優雅な手つきで手紙を畳んでいく。
そうしながらやや声を張りこんなことを言った。
「お前たちは何も悪くない。これからも王国の為に励むように。下がりなさい」
「……?」
ニコラス王太子が怪訝そうに王妃を見遣る。
併しそんなことは誰も気に留めず、特にライスト男爵は大喜びで証言台を下りた。
ジェーンはやや警戒した様子で跪いて頭を垂れてから確かな足取りで此方に戻ると、私ではなく、私の後方に控えていた誰かと目を合わせた。
私は証言する内容を指示してもいないし、事前の確認については簡単に済ませただけである。
私が集めた証人たちは正しい証言をすると信じている。併し事前準備で各々が協力関係を結ぶことも充分考えられた。私はその相手がヨハンであるような気がした。
「ジェーン・ライスト」
ニコラス王太子がふいにジェーンを呼び止める。
ジェーンは足を止めた。
「その目はどうした。例の爆破と関係があるのか?」
穏やかではない単語に私は密かに息を飲む。
ジェーンはゆっくりと振り返り、短くはっきりと答えた。
「はい」
私の知らない何かが確実に起きている。
それは認めざるを得ないようだ。
併し冷静さを失いはしなかった。簡単な戦いではないと覚悟の上で臨んでいる。
「未遂だったはずだが?」
「爆破せよと命令を受けた男が自ら名乗り出てくれたので、爆薬を撤去しました。その際に煤が入ったのだと思います」
「失明したのか?」
「いいえ。じきに治ると思います」
「そうか。ヒルデガルド」
王太子が私を呼んだ。
「モリン伯爵令嬢はライスト造船所を爆破し、この首謀者を魔女ヒルデガルドとする計略を練っていた。皆、無事で何よりだ」
「……」
私は囚人服を纏い跪くアイリスを凝然と見つめた。
私を魔女とするために多くの命を奪おうとしていたのか。
ジェーンが仕方なく悪に手を染めなければならなかった理由が身を以てはっきりとわかった。悪人の方が多いと言ったジェーンの言葉が耳に蘇る。
ソフィア王女の人選は正しい。
許し難い悪人たちが、此処に居る。
「余計なことを……!」
ソフィア王女が身を乗り出しアイリスを叩いた。
ニコラス王太子がジェーンにひたと碧い目を据えた。
「引き留めてすまなかった。ジェーン、勇敢だった」
「ありがとうございます」
ジェーンは証言を終え、ライスト男爵家が咎められることもなかった。
ジェーンは同じく証人として出廷していた父親ライスト男爵を呼び寄せ、ニコラス王太子に筒状の物を差し出した。
ニコラス王太子が無言で受け取り、筒を開く。
「私のような身分の物が王女様にお声がけいただけた理由が此方です。父が国王陛下より大変名誉な男爵位を頂戴いたしましたのも、私共の造船所が王国のお役に立てているからであると自負しております」
強かな印象であったジェーンだが今日は更に頼もしく、私は半ば驚きを意識して隠さなければならなかった。
ジェーンは数日顔を見ない間に不幸な出来事に見舞われたらしく、左目を負傷し眼帯を着けていた。痛ましい事実ではあるが、その姿で正装に身を包み船の話などすると女軍人か女海賊に見えてしまって仕方がない。惚れ惚れするほど威風堂々としている。
彼女の優しさを知ったが、私は、その強さもまた素晴らしい才能だと感じていた。
「さて、私と父は王女様にこうお声を掛けられました。船を用意できるか、と。王女様が個人的な趣味、ご旅行や海上での余暇などをお楽しみになりたくて、私共をお選びくださったのだと思いました。併し、事実は少し違いました」
ジェーンの気迫に陪審員も息を飲んでいる。
「本来であれば役人に報告すべきあらゆることを王女様は禁じられました。私共は初めて密造船を作ることになったのです。恐れ入りますが王太子様、設計図をご覧ください」
ニコラス王太子は既に図面に目を落していたが、ジェーンに向かって頷くと改めてそれを広げた。
「部屋数は小型の客船に似ていますが配管が特殊です。医務室の規模にお気づきかと思いますが、これは拷問の治療、即ち王太子様の延命治療を行う設備が必要だからです。更に奥は趣を変え巨大浴槽を囲む寝室を備えております。王妃様がお寛ぎになる予定の空間です」
「このような船を作るに際し、大変罪深き行いと自覚はしておりましたが私共は命を握られておりました。特に娘は王女様のお傍に呼ばれることが増え、逆らえませんでした」
ライスト親子が言い募るのを王家の四人は其々の表情で聞いていた。
男爵が懇願する。
「私共の罪は命を捨てるだけの勇気を出せなかったこと一点のみです。決して賛同していたわけではありません。寧ろ恐れていました。生き延びる為に娘は慈悲深いレディ・ヒルデガルドを傷つけてしまいました。併しレディ・ヒルデガルドは娘を許してくださいました。私共は心打たれ、今、此処に証言するものであります。どうか御慈悲を……!」
「こんな下々の民の讒言に惑わされるとは愚かにも程がある!」
初めてソフィア王女が声を上げた。
さすがに緊張が走る。併しニコラス王太子は相手にしなかった。
「これが王女の命令であるという証拠は?」
「此方です」
ジェーンも冷静に応対している。
王家の封蝋が認められる手紙の束をジェーンはニコラス王太子に差し出した。
ニコラス王太子は従僕に設計図を預け手紙を受け取ると素早く目を通し、国王に渡した。手紙は目を剥いて狼狽える国王から、ほぼ無表情といって差支えない王妃の手に渡る。
「ソフィアの筆跡です」
王妃の発言は素っ気なかったが重大な意味を持っていた。
ソフィア王女も顔色を変える。
「ジェーン……お前……」
誰に聞かせるでもない呟きを洩らすとソフィア王女は愕然と虚空を凝視した。その表情からは何を考えているのか全く想像できない。
王妃が上品で優雅な手つきで手紙を畳んでいく。
そうしながらやや声を張りこんなことを言った。
「お前たちは何も悪くない。これからも王国の為に励むように。下がりなさい」
「……?」
ニコラス王太子が怪訝そうに王妃を見遣る。
併しそんなことは誰も気に留めず、特にライスト男爵は大喜びで証言台を下りた。
ジェーンはやや警戒した様子で跪いて頭を垂れてから確かな足取りで此方に戻ると、私ではなく、私の後方に控えていた誰かと目を合わせた。
私は証言する内容を指示してもいないし、事前の確認については簡単に済ませただけである。
私が集めた証人たちは正しい証言をすると信じている。併し事前準備で各々が協力関係を結ぶことも充分考えられた。私はその相手がヨハンであるような気がした。
「ジェーン・ライスト」
ニコラス王太子がふいにジェーンを呼び止める。
ジェーンは足を止めた。
「その目はどうした。例の爆破と関係があるのか?」
穏やかではない単語に私は密かに息を飲む。
ジェーンはゆっくりと振り返り、短くはっきりと答えた。
「はい」
私の知らない何かが確実に起きている。
それは認めざるを得ないようだ。
併し冷静さを失いはしなかった。簡単な戦いではないと覚悟の上で臨んでいる。
「未遂だったはずだが?」
「爆破せよと命令を受けた男が自ら名乗り出てくれたので、爆薬を撤去しました。その際に煤が入ったのだと思います」
「失明したのか?」
「いいえ。じきに治ると思います」
「そうか。ヒルデガルド」
王太子が私を呼んだ。
「モリン伯爵令嬢はライスト造船所を爆破し、この首謀者を魔女ヒルデガルドとする計略を練っていた。皆、無事で何よりだ」
「……」
私は囚人服を纏い跪くアイリスを凝然と見つめた。
私を魔女とするために多くの命を奪おうとしていたのか。
ジェーンが仕方なく悪に手を染めなければならなかった理由が身を以てはっきりとわかった。悪人の方が多いと言ったジェーンの言葉が耳に蘇る。
ソフィア王女の人選は正しい。
許し難い悪人たちが、此処に居る。
「余計なことを……!」
ソフィア王女が身を乗り出しアイリスを叩いた。
ニコラス王太子がジェーンにひたと碧い目を据えた。
「引き留めてすまなかった。ジェーン、勇敢だった」
「ありがとうございます」
ジェーンは証言を終え、ライスト男爵家が咎められることもなかった。
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