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「お前が無実かどうかは関係ないのだ。ジュリエッタの嘘だろうと、皆がそれを信じた」
「お父様……」
「お前はその場で証明できなかった」
「シュヴァリエ伯爵家では立場がなく釈明もできませんでした。ステファンが信じてくれなくて……」
「惚れる相手を間違えたな」
「あなた……」
父の痛烈な指摘から母が抱きしめて庇ってくれる。
けれど私も父の娘。言っていることがわからないということはない。
気が重くなる。
いいえ、違う。
絶望的状況だ。
幾ら目を背けても私を取り巻く現実は変わらない。
「終わったのね……」
私は母の腕の中で呟いた。
その時、父がきっぱりと宣言する。
「否、諦めるにはまだ早いぞシルヴィ」
「?」
顔を上げると父はいつになく真剣な表情で私を見つめていた。
「これ以上お前を庇ったところで田舎貴族の私に勝ち目はない」
「……」
「ますます立場は悪くなるばかりだ」
父の大真面目な宣言に母が溜息をついた。
朴訥な人の善さだけでここまで生き延びた父にとって、私の醜聞は手に負えない痛手となっている。ルブラン伯爵家存亡の危機といっても過言ではない重苦しい雰囲気が日に日に濃くなっていた。
「だがそんなお前に求婚者が現れた」
「!?」
急激な感情の変化に体がついて行かない。
眩暈に負けて私は母にしがみつく。母も何かを察して私をきつく抱きしめる。
父の額に汗が光る。
「ある意味、先方も存亡の危機を迎えている。お前は両家を救うことができる」
「……なっ、え……?」
聞きたくない。
何かとても恐ろしい更なる試練に見舞われる気がする。
「我が娘シルヴィよ。どうせお先真っ暗なんだ。せめて家の為に尽くせ」
「……!」
父が執務机の上から一通の書状を取り、私の眼前に力強く広げた。
それは確かに求婚の申し出だった。但しそこには愛の一欠片もなく、事務的を遥かに超えた無機質で冷たい条文が綴られている。
相手に人の心がないのは明白。
結婚を……花嫁をなんだと思っているのか。
「見ての通り、結婚式は無し、神父が派遣され道中に花婿無しの結婚の祝福をもって成婚となる。お前は妻となってから夫の待つ城へ入る」
「あなた、そんな」
母も憤慨している。
父のこめかみに一筋の汗が垂れる。
「先方は込み入った事情で城から出ることが叶わない。夫婦となる以上、そこはこちらが妥協するしかないだろう」
さっと父が書状を下げた。
私はまだ、相手の署名まで辿り着いていなかった。こんな非現実的な縁談がまとまるかどうか以前に、夫になる人の名前も知らないなんて馬鹿げている。
「お相手は、まさか……老衰間近のおじいさん……?」
母が怖気立ちながら声を洩らす。
父は首を振って否定して信じられない名前を口にする。
「否、若い。お似合いだ。求婚はカルメット侯爵からだ」
「!!」
「お父様……」
「お前はその場で証明できなかった」
「シュヴァリエ伯爵家では立場がなく釈明もできませんでした。ステファンが信じてくれなくて……」
「惚れる相手を間違えたな」
「あなた……」
父の痛烈な指摘から母が抱きしめて庇ってくれる。
けれど私も父の娘。言っていることがわからないということはない。
気が重くなる。
いいえ、違う。
絶望的状況だ。
幾ら目を背けても私を取り巻く現実は変わらない。
「終わったのね……」
私は母の腕の中で呟いた。
その時、父がきっぱりと宣言する。
「否、諦めるにはまだ早いぞシルヴィ」
「?」
顔を上げると父はいつになく真剣な表情で私を見つめていた。
「これ以上お前を庇ったところで田舎貴族の私に勝ち目はない」
「……」
「ますます立場は悪くなるばかりだ」
父の大真面目な宣言に母が溜息をついた。
朴訥な人の善さだけでここまで生き延びた父にとって、私の醜聞は手に負えない痛手となっている。ルブラン伯爵家存亡の危機といっても過言ではない重苦しい雰囲気が日に日に濃くなっていた。
「だがそんなお前に求婚者が現れた」
「!?」
急激な感情の変化に体がついて行かない。
眩暈に負けて私は母にしがみつく。母も何かを察して私をきつく抱きしめる。
父の額に汗が光る。
「ある意味、先方も存亡の危機を迎えている。お前は両家を救うことができる」
「……なっ、え……?」
聞きたくない。
何かとても恐ろしい更なる試練に見舞われる気がする。
「我が娘シルヴィよ。どうせお先真っ暗なんだ。せめて家の為に尽くせ」
「……!」
父が執務机の上から一通の書状を取り、私の眼前に力強く広げた。
それは確かに求婚の申し出だった。但しそこには愛の一欠片もなく、事務的を遥かに超えた無機質で冷たい条文が綴られている。
相手に人の心がないのは明白。
結婚を……花嫁をなんだと思っているのか。
「見ての通り、結婚式は無し、神父が派遣され道中に花婿無しの結婚の祝福をもって成婚となる。お前は妻となってから夫の待つ城へ入る」
「あなた、そんな」
母も憤慨している。
父のこめかみに一筋の汗が垂れる。
「先方は込み入った事情で城から出ることが叶わない。夫婦となる以上、そこはこちらが妥協するしかないだろう」
さっと父が書状を下げた。
私はまだ、相手の署名まで辿り着いていなかった。こんな非現実的な縁談がまとまるかどうか以前に、夫になる人の名前も知らないなんて馬鹿げている。
「お相手は、まさか……老衰間近のおじいさん……?」
母が怖気立ちながら声を洩らす。
父は首を振って否定して信じられない名前を口にする。
「否、若い。お似合いだ。求婚はカルメット侯爵からだ」
「!!」
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