悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

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12(ランス)

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息をするのも忘れるほどにシルヴィは美しかった。

絹糸のようなプラチナブロンドの髪が既に目を瞠る輝きを放っていたというのに、その髪を靡かせて振り向いたシルヴィの大きく見開かれた目の碧い瞳。興奮気味で薔薇色の頬も透明感溢れる白い肌に素晴らしく映えていた。

まるで時間が止まったように、全ては一瞬で、永遠だった。

「やあ、なんて言ってしまったよ。もう少しかっこよく登場したかった」

自室に戻り従僕のデヴィッドに本音を洩らす。執事のベイルとメイド長のミュール夫人も来ていた。

「可愛らしい奥様ですからね」

ミュール夫人が大らかに応じてくれた。
安楽椅子で寛ぐとすぐに紅茶が注がれる。緊張をほぐすのにちょうどいい。

「宮殿に母君を模した絵画がありました」

代々カルメット侯爵家の執事を務めている家系であり、ベイル自身が先代に長く仕えてから私を迎えた。先代が王都に招かれた際に目撃しているのだろうと察するのは容易い。

「よく似てる?」
「はい。奥様の方がまだ幼い雰囲気でいらっしゃいますが」
「そうか。私の奥さんはこれから更に美しくなるだろうね」
「仰る通りかと」
「私がいなくなった後、シルヴィを頼んだよ。皆」

一様に重苦しい沈黙を返してくる身近な使用人たちに私は笑みを送る。

忌まわしい事件を闇に葬ったままやり過ごす為にも、私は甘んじて罪を被りカルメット侯爵家を託す誰かを探していた。
可哀想なルブラン伯爵令嬢の噂を耳にして、人助けになると直感し即座に求婚に踏み切った。

私を愛する必要はない。
すぐに歴史の闇に消える男だ。

カルメット侯爵家が女主の手に渡るのも時代的に好都合だった。現在の王家には王女が四人もいるのだ。女主がいなければ王妃や王女たちのお忍び旅行が別の意味になってしまう。

「ミュール夫人。ミネットとは上手くやれそうかな?」

私は未来への希望を胸に清々しい気持ちで尋ねる。カルメット侯爵家をシルヴィに託す私の胸には期待が満ちていた。

ミュール夫人は表情を一変させ朗らな笑みを返してくれる。

「はい。あれだけの美貌でありながら全く鼻にかける様子もなく、どこか溌溂とした無邪気さを感じる奥様には、ミネットも尽くし甲斐がありそうだと申しておりました。なんというか、可愛いと」
「それはよかった」

幼少期からしっかり者にしか見えなかったミネットを、そこまで年の離れていない私の子守りに抜擢したミュール夫人には今も頭が上がらない。

本来なら互いが老いるまで共にカルメット侯爵家を守っていくと誓いあっていたが、ある程度の事情を察しているミネットはこの状況を受け止めてくれている。

「なんとかなりませんか?」

デヴィッドが苦々しく口を開いた。
老齢の執事と壮年のメイド長は達観した風に私の選択を信じてくれているが、私と同年代のデヴィッドだけは未だ納得のいかない様子を隠さない。

デヴィッドは知らないから仕方がない。
それに私の為に憤懣やる方ない思いをさせてしまっているとわかっているので、なんとも言えず歯痒い限りだ。

「これでいいんだ」

私は笑顔で告げた。

「エドワールは目覚めてしまった。記憶が混乱し、私に暴力をふるわれたと思い込んでいるならそれでいい」
「あの方の為じゃないんでしょう?例の晩、本当は何があったんです?」

デヴィッドが珍しく追及してきたので私は驚いて目を丸くして固まってしまった。
見兼ねて執事のベイルが執成してくれる。

「やめなさい。お前が蒸し返すことでもない」
「ランス様がお決めになったことですよ」

ミュール夫人にも釘を刺された形になりデヴィッドは悔しそうに呻りながら唇を噛んだ。

「だって、せっかく奥様がいらっしゃったのに……」
「契約結婚だ」

我ながら似合わないことを言っていると思うが仕方ない。
デヴィッドは私に熱の籠った眼差しを向け更に言い募る。

「わかってますけど、見たらお似合いだったから」
「……!」

嬉しいことを言ってくれる。
私は長い付き合いながらますますデヴィッドが好きになり、大切な従僕の腕を励ますように叩いた。

「ありがとう」
「ありがとうじゃありませんよ。あの方を見て、無実を証明しようとは思わないんですか?」

親切心から尚も食い下がるデヴィッドを私は笑顔で見上げていた。私がここまでする理由をベイルとミュール夫人は薄々ながら気づいており、恐らくその予想は概ね間違ってはいない。
 
三人は私の最も近しく信頼の置ける人物だが、デヴィッドだけは私の出自を知らないのだ。

「シルヴィにはここを託す。それで充分だよ」

私は我が妻と初めて顔を合わせた数分後の今、本気でそう思っていた。
最も信頼する三人は別のことを考えていたと後々になって判明するが、この時は知る由もなかった。
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