12 / 52
12(ランス)
しおりを挟む
息をするのも忘れるほどにシルヴィは美しかった。
絹糸のようなプラチナブロンドの髪が既に目を瞠る輝きを放っていたというのに、その髪を靡かせて振り向いたシルヴィの大きく見開かれた目の碧い瞳。興奮気味で薔薇色の頬も透明感溢れる白い肌に素晴らしく映えていた。
まるで時間が止まったように、全ては一瞬で、永遠だった。
「やあ、なんて言ってしまったよ。もう少しかっこよく登場したかった」
自室に戻り従僕のデヴィッドに本音を洩らす。執事のベイルとメイド長のミュール夫人も来ていた。
「可愛らしい奥様ですからね」
ミュール夫人が大らかに応じてくれた。
安楽椅子で寛ぐとすぐに紅茶が注がれる。緊張をほぐすのにちょうどいい。
「宮殿に母君を模した絵画がありました」
代々カルメット侯爵家の執事を務めている家系であり、ベイル自身が先代に長く仕えてから私を迎えた。先代が王都に招かれた際に目撃しているのだろうと察するのは容易い。
「よく似てる?」
「はい。奥様の方がまだ幼い雰囲気でいらっしゃいますが」
「そうか。私の奥さんはこれから更に美しくなるだろうね」
「仰る通りかと」
「私がいなくなった後、シルヴィを頼んだよ。皆」
一様に重苦しい沈黙を返してくる身近な使用人たちに私は笑みを送る。
忌まわしい事件を闇に葬ったままやり過ごす為にも、私は甘んじて罪を被りカルメット侯爵家を託す誰かを探していた。
可哀想なルブラン伯爵令嬢の噂を耳にして、人助けになると直感し即座に求婚に踏み切った。
私を愛する必要はない。
すぐに歴史の闇に消える男だ。
カルメット侯爵家が女主の手に渡るのも時代的に好都合だった。現在の王家には王女が四人もいるのだ。女主がいなければ王妃や王女たちのお忍び旅行が別の意味になってしまう。
「ミュール夫人。ミネットとは上手くやれそうかな?」
私は未来への希望を胸に清々しい気持ちで尋ねる。カルメット侯爵家をシルヴィに託す私の胸には期待が満ちていた。
ミュール夫人は表情を一変させ朗らな笑みを返してくれる。
「はい。あれだけの美貌でありながら全く鼻にかける様子もなく、どこか溌溂とした無邪気さを感じる奥様には、ミネットも尽くし甲斐がありそうだと申しておりました。なんというか、可愛いと」
「それはよかった」
幼少期からしっかり者にしか見えなかったミネットを、そこまで年の離れていない私の子守りに抜擢したミュール夫人には今も頭が上がらない。
本来なら互いが老いるまで共にカルメット侯爵家を守っていくと誓いあっていたが、ある程度の事情を察しているミネットはこの状況を受け止めてくれている。
「なんとかなりませんか?」
デヴィッドが苦々しく口を開いた。
老齢の執事と壮年のメイド長は達観した風に私の選択を信じてくれているが、私と同年代のデヴィッドだけは未だ納得のいかない様子を隠さない。
デヴィッドは知らないから仕方がない。
それに私の為に憤懣やる方ない思いをさせてしまっているとわかっているので、なんとも言えず歯痒い限りだ。
「これでいいんだ」
私は笑顔で告げた。
「エドワールは目覚めてしまった。記憶が混乱し、私に暴力をふるわれたと思い込んでいるならそれでいい」
「あの方の為じゃないんでしょう?例の晩、本当は何があったんです?」
デヴィッドが珍しく追及してきたので私は驚いて目を丸くして固まってしまった。
見兼ねて執事のベイルが執成してくれる。
「やめなさい。お前が蒸し返すことでもない」
「ランス様がお決めになったことですよ」
ミュール夫人にも釘を刺された形になりデヴィッドは悔しそうに呻りながら唇を噛んだ。
「だって、せっかく奥様がいらっしゃったのに……」
「契約結婚だ」
我ながら似合わないことを言っていると思うが仕方ない。
デヴィッドは私に熱の籠った眼差しを向け更に言い募る。
「わかってますけど、見たらお似合いだったから」
「……!」
嬉しいことを言ってくれる。
私は長い付き合いながらますますデヴィッドが好きになり、大切な従僕の腕を励ますように叩いた。
「ありがとう」
「ありがとうじゃありませんよ。あの方を見て、無実を証明しようとは思わないんですか?」
親切心から尚も食い下がるデヴィッドを私は笑顔で見上げていた。私がここまでする理由をベイルとミュール夫人は薄々ながら気づいており、恐らくその予想は概ね間違ってはいない。
三人は私の最も近しく信頼の置ける人物だが、デヴィッドだけは私の出自を知らないのだ。
「シルヴィにはここを託す。それで充分だよ」
私は我が妻と初めて顔を合わせた数分後の今、本気でそう思っていた。
最も信頼する三人は別のことを考えていたと後々になって判明するが、この時は知る由もなかった。
絹糸のようなプラチナブロンドの髪が既に目を瞠る輝きを放っていたというのに、その髪を靡かせて振り向いたシルヴィの大きく見開かれた目の碧い瞳。興奮気味で薔薇色の頬も透明感溢れる白い肌に素晴らしく映えていた。
まるで時間が止まったように、全ては一瞬で、永遠だった。
「やあ、なんて言ってしまったよ。もう少しかっこよく登場したかった」
自室に戻り従僕のデヴィッドに本音を洩らす。執事のベイルとメイド長のミュール夫人も来ていた。
「可愛らしい奥様ですからね」
ミュール夫人が大らかに応じてくれた。
安楽椅子で寛ぐとすぐに紅茶が注がれる。緊張をほぐすのにちょうどいい。
「宮殿に母君を模した絵画がありました」
代々カルメット侯爵家の執事を務めている家系であり、ベイル自身が先代に長く仕えてから私を迎えた。先代が王都に招かれた際に目撃しているのだろうと察するのは容易い。
「よく似てる?」
「はい。奥様の方がまだ幼い雰囲気でいらっしゃいますが」
「そうか。私の奥さんはこれから更に美しくなるだろうね」
「仰る通りかと」
「私がいなくなった後、シルヴィを頼んだよ。皆」
一様に重苦しい沈黙を返してくる身近な使用人たちに私は笑みを送る。
忌まわしい事件を闇に葬ったままやり過ごす為にも、私は甘んじて罪を被りカルメット侯爵家を託す誰かを探していた。
可哀想なルブラン伯爵令嬢の噂を耳にして、人助けになると直感し即座に求婚に踏み切った。
私を愛する必要はない。
すぐに歴史の闇に消える男だ。
カルメット侯爵家が女主の手に渡るのも時代的に好都合だった。現在の王家には王女が四人もいるのだ。女主がいなければ王妃や王女たちのお忍び旅行が別の意味になってしまう。
「ミュール夫人。ミネットとは上手くやれそうかな?」
私は未来への希望を胸に清々しい気持ちで尋ねる。カルメット侯爵家をシルヴィに託す私の胸には期待が満ちていた。
ミュール夫人は表情を一変させ朗らな笑みを返してくれる。
「はい。あれだけの美貌でありながら全く鼻にかける様子もなく、どこか溌溂とした無邪気さを感じる奥様には、ミネットも尽くし甲斐がありそうだと申しておりました。なんというか、可愛いと」
「それはよかった」
幼少期からしっかり者にしか見えなかったミネットを、そこまで年の離れていない私の子守りに抜擢したミュール夫人には今も頭が上がらない。
本来なら互いが老いるまで共にカルメット侯爵家を守っていくと誓いあっていたが、ある程度の事情を察しているミネットはこの状況を受け止めてくれている。
「なんとかなりませんか?」
デヴィッドが苦々しく口を開いた。
老齢の執事と壮年のメイド長は達観した風に私の選択を信じてくれているが、私と同年代のデヴィッドだけは未だ納得のいかない様子を隠さない。
デヴィッドは知らないから仕方がない。
それに私の為に憤懣やる方ない思いをさせてしまっているとわかっているので、なんとも言えず歯痒い限りだ。
「これでいいんだ」
私は笑顔で告げた。
「エドワールは目覚めてしまった。記憶が混乱し、私に暴力をふるわれたと思い込んでいるならそれでいい」
「あの方の為じゃないんでしょう?例の晩、本当は何があったんです?」
デヴィッドが珍しく追及してきたので私は驚いて目を丸くして固まってしまった。
見兼ねて執事のベイルが執成してくれる。
「やめなさい。お前が蒸し返すことでもない」
「ランス様がお決めになったことですよ」
ミュール夫人にも釘を刺された形になりデヴィッドは悔しそうに呻りながら唇を噛んだ。
「だって、せっかく奥様がいらっしゃったのに……」
「契約結婚だ」
我ながら似合わないことを言っていると思うが仕方ない。
デヴィッドは私に熱の籠った眼差しを向け更に言い募る。
「わかってますけど、見たらお似合いだったから」
「……!」
嬉しいことを言ってくれる。
私は長い付き合いながらますますデヴィッドが好きになり、大切な従僕の腕を励ますように叩いた。
「ありがとう」
「ありがとうじゃありませんよ。あの方を見て、無実を証明しようとは思わないんですか?」
親切心から尚も食い下がるデヴィッドを私は笑顔で見上げていた。私がここまでする理由をベイルとミュール夫人は薄々ながら気づいており、恐らくその予想は概ね間違ってはいない。
三人は私の最も近しく信頼の置ける人物だが、デヴィッドだけは私の出自を知らないのだ。
「シルヴィにはここを託す。それで充分だよ」
私は我が妻と初めて顔を合わせた数分後の今、本気でそう思っていた。
最も信頼する三人は別のことを考えていたと後々になって判明するが、この時は知る由もなかった。
45
あなたにおすすめの小説
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。
ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。
程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが…
思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。
喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___
※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)
異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
花言葉は「私のものになって」
岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。)
そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。
その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。
美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。
青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる