悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
13 / 52

13

しおりを挟む
「他に御入用の物はありますか?」

ミネットの問いに私は答えるべきか否か逡巡する。
私の少ない私物より、豪華な部屋に整えられていた日用品が優良すぎて何も要求すべき物はない。ただそれは本来ならの話。

大窓を開けるとバルコニーがあり庭園が見下ろせる。
私はそこに活路を見出している。

今夜は結婚初夜。
思いがけず優しそうな夫だったからとはいえ出会って早々、夫婦の営みなど誰がするものか。冗談ではない。私は絶対に今夜を無事に乗り越えてみせる。

「奥様?」

立ちはだかる強敵は侍女のミネット。
私をカルメット侯爵夫人として扱い傅く彼女は、当然、権利を与えるだけでなく義務も強いてくるはずだ。責務と言い換えてもいい。

「バルコニーに興味がおありですか?」
「……」

いつまでも無言が通じる相手ではない。

「ええ」
「きっと気に入りますよ。どうぞ」

早足で窓辺に向かったミネットは慣れた様子で大窓の鍵と掛け金を外し、巨大なカーテンに隠れていたハンドルを回し始めた。すると大窓はゆっくりとバルコニー側へ開いていく。仮に外から侵入するとしたら、相当の重量である大窓を引かなければならない。

なるほど。
初めて見た。こういう造りなのね。

「おわかりかと思いますが、危ないですから絶対に一人で外に出ないでください」
「あなたが傍にいない時もあるの?」
「……」

ハンドルを回しながらミネットが肩越しに振り向いた。余計な発言だと後悔した。

「なんでもない。ごめんなさい」
「基本は何時でもお傍に侍りますが、お互い大人ですから息が詰まることもあるでしょう」

見かけによらず話の分かる侍女。

「あなたが嫌という意味ではなくて」
「もし嫌なら早めに仰ってください。私のことに限らず、どんな些細なことでも」
「いえ、贅沢は言わないわ。私には勿体ないお部屋だもの」
「本当に謙虚なお方」

ミネットがそう言い残しハンドルに集中する。

風が吹き込んでくる。
日当たりだけでなく風通しもよい、本当に良い部屋。

「さあ、奥様」

ミネットが窓辺で微笑んでいる。
この瞬間、私は全てを忘れて素直に窓辺に走った。

「!」

バルコニーの中央に立ち両手を広げ全身に風を受ける。

臨める庭園の美しさ、空の広さ、遠くの森と山、そして風。
素晴らしい。

目に映る豊かな緑の他に、何か未知の匂いが含まれている。決して嫌な匂いではないけれど馴染みのない匂いだ。

「お元気ですね」
「!」

音もなく真後ろに立っていたミネットに声を掛けられ我に返る。

そうよ。
違う違う。

満喫している場合じゃない。

「庭園を見下ろすってこういう意味だったのね」

誤魔化し半分、私は手摺りに身を乗り出して堂々と庭園を見下ろした。
季節ごとの花と樹木が植えられているらしい広々とした庭園の中央には東屋がある。その東屋へ向かう道が生垣で巧みに仕切られて迷路のようになっているのだ。意匠も興味深いが、全体が文様か徽章のようで威厳に満ちていて圧巻の一言に尽きる。

「あれ、迷ったらどうすればいいの?」
「一人では行かれないことです」
「ああいうのは一人で散策するから楽しのよ?」
「では……申し上げたように大声を出して頂ければ誰かが気づきますので、ご心配には及びません」
「限界まで一人で挑戦したいわ」
「……あぁ」

ついにミネットから何かを諦めたような溜息が洩れた。
密やかな勝利に私は気をよくして満面の笑みで侍女の顔を覗き込んだ。

「え?」
「いえ、奥様が大変活発な方だと認識を改めました」
「私が嫌?私はあなたが嫌じゃないけど」
「光栄です。お一人で限界を迎えたら声を上げるか生垣を破壊してください」
「そう来なくちゃ」

大変活発だと印象付けたところで、改めて庭園を見下ろした。

「……」

ギリギリ、アーチに着地できそう……と思うのは気のせいかしら?
甘い?

無理?

「飛び降りたら怪我をされますよ。曲芸師に弟子入りしてから挑戦してください」
「……私、子供じゃないのよ」
「奥様の無邪気な性格に既にやや虜です」
「口が上手い侍女ね」

危ない、見破られるところだった。
極めて自然に打ち解けたかに見える今がチャンス。

「ねえ、ミネット。必要な物が……」
「なんでしょう?」

私は侍女に大真面目にお願いした。

「箒が欲しい」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。 ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。 程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが… 思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。 喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___  ※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)   異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

処理中です...