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「他に御入用の物はありますか?」
ミネットの問いに私は答えるべきか否か逡巡する。
私の少ない私物より、豪華な部屋に整えられていた日用品が優良すぎて何も要求すべき物はない。ただそれは本来ならの話。
大窓を開けるとバルコニーがあり庭園が見下ろせる。
私はそこに活路を見出している。
今夜は結婚初夜。
思いがけず優しそうな夫だったからとはいえ出会って早々、夫婦の営みなど誰がするものか。冗談ではない。私は絶対に今夜を無事に乗り越えてみせる。
「奥様?」
立ちはだかる強敵は侍女のミネット。
私をカルメット侯爵夫人として扱い傅く彼女は、当然、権利を与えるだけでなく義務も強いてくるはずだ。責務と言い換えてもいい。
「バルコニーに興味がおありですか?」
「……」
いつまでも無言が通じる相手ではない。
「ええ」
「きっと気に入りますよ。どうぞ」
早足で窓辺に向かったミネットは慣れた様子で大窓の鍵と掛け金を外し、巨大なカーテンに隠れていたハンドルを回し始めた。すると大窓はゆっくりとバルコニー側へ開いていく。仮に外から侵入するとしたら、相当の重量である大窓を引かなければならない。
なるほど。
初めて見た。こういう造りなのね。
「おわかりかと思いますが、危ないですから絶対に一人で外に出ないでください」
「あなたが傍にいない時もあるの?」
「……」
ハンドルを回しながらミネットが肩越しに振り向いた。余計な発言だと後悔した。
「なんでもない。ごめんなさい」
「基本は何時でもお傍に侍りますが、お互い大人ですから息が詰まることもあるでしょう」
見かけによらず話の分かる侍女。
「あなたが嫌という意味ではなくて」
「もし嫌なら早めに仰ってください。私のことに限らず、どんな些細なことでも」
「いえ、贅沢は言わないわ。私には勿体ないお部屋だもの」
「本当に謙虚なお方」
ミネットがそう言い残しハンドルに集中する。
風が吹き込んでくる。
日当たりだけでなく風通しもよい、本当に良い部屋。
「さあ、奥様」
ミネットが窓辺で微笑んでいる。
この瞬間、私は全てを忘れて素直に窓辺に走った。
「!」
バルコニーの中央に立ち両手を広げ全身に風を受ける。
臨める庭園の美しさ、空の広さ、遠くの森と山、そして風。
素晴らしい。
目に映る豊かな緑の他に、何か未知の匂いが含まれている。決して嫌な匂いではないけれど馴染みのない匂いだ。
「お元気ですね」
「!」
音もなく真後ろに立っていたミネットに声を掛けられ我に返る。
そうよ。
違う違う。
満喫している場合じゃない。
「庭園を見下ろすってこういう意味だったのね」
誤魔化し半分、私は手摺りに身を乗り出して堂々と庭園を見下ろした。
季節ごとの花と樹木が植えられているらしい広々とした庭園の中央には東屋がある。その東屋へ向かう道が生垣で巧みに仕切られて迷路のようになっているのだ。意匠も興味深いが、全体が文様か徽章のようで威厳に満ちていて圧巻の一言に尽きる。
「あれ、迷ったらどうすればいいの?」
「一人では行かれないことです」
「ああいうのは一人で散策するから楽しのよ?」
「では……申し上げたように大声を出して頂ければ誰かが気づきますので、ご心配には及びません」
「限界まで一人で挑戦したいわ」
「……あぁ」
ついにミネットから何かを諦めたような溜息が洩れた。
密やかな勝利に私は気をよくして満面の笑みで侍女の顔を覗き込んだ。
「え?」
「いえ、奥様が大変活発な方だと認識を改めました」
「私が嫌?私はあなたが嫌じゃないけど」
「光栄です。お一人で限界を迎えたら声を上げるか生垣を破壊してください」
「そう来なくちゃ」
大変活発だと印象付けたところで、改めて庭園を見下ろした。
「……」
ギリギリ、アーチに着地できそう……と思うのは気のせいかしら?
甘い?
無理?
「飛び降りたら怪我をされますよ。曲芸師に弟子入りしてから挑戦してください」
「……私、子供じゃないのよ」
「奥様の無邪気な性格に既にやや虜です」
「口が上手い侍女ね」
危ない、見破られるところだった。
極めて自然に打ち解けたかに見える今がチャンス。
「ねえ、ミネット。必要な物が……」
「なんでしょう?」
私は侍女に大真面目にお願いした。
「箒が欲しい」
ミネットの問いに私は答えるべきか否か逡巡する。
私の少ない私物より、豪華な部屋に整えられていた日用品が優良すぎて何も要求すべき物はない。ただそれは本来ならの話。
大窓を開けるとバルコニーがあり庭園が見下ろせる。
私はそこに活路を見出している。
今夜は結婚初夜。
思いがけず優しそうな夫だったからとはいえ出会って早々、夫婦の営みなど誰がするものか。冗談ではない。私は絶対に今夜を無事に乗り越えてみせる。
「奥様?」
立ちはだかる強敵は侍女のミネット。
私をカルメット侯爵夫人として扱い傅く彼女は、当然、権利を与えるだけでなく義務も強いてくるはずだ。責務と言い換えてもいい。
「バルコニーに興味がおありですか?」
「……」
いつまでも無言が通じる相手ではない。
「ええ」
「きっと気に入りますよ。どうぞ」
早足で窓辺に向かったミネットは慣れた様子で大窓の鍵と掛け金を外し、巨大なカーテンに隠れていたハンドルを回し始めた。すると大窓はゆっくりとバルコニー側へ開いていく。仮に外から侵入するとしたら、相当の重量である大窓を引かなければならない。
なるほど。
初めて見た。こういう造りなのね。
「おわかりかと思いますが、危ないですから絶対に一人で外に出ないでください」
「あなたが傍にいない時もあるの?」
「……」
ハンドルを回しながらミネットが肩越しに振り向いた。余計な発言だと後悔した。
「なんでもない。ごめんなさい」
「基本は何時でもお傍に侍りますが、お互い大人ですから息が詰まることもあるでしょう」
見かけによらず話の分かる侍女。
「あなたが嫌という意味ではなくて」
「もし嫌なら早めに仰ってください。私のことに限らず、どんな些細なことでも」
「いえ、贅沢は言わないわ。私には勿体ないお部屋だもの」
「本当に謙虚なお方」
ミネットがそう言い残しハンドルに集中する。
風が吹き込んでくる。
日当たりだけでなく風通しもよい、本当に良い部屋。
「さあ、奥様」
ミネットが窓辺で微笑んでいる。
この瞬間、私は全てを忘れて素直に窓辺に走った。
「!」
バルコニーの中央に立ち両手を広げ全身に風を受ける。
臨める庭園の美しさ、空の広さ、遠くの森と山、そして風。
素晴らしい。
目に映る豊かな緑の他に、何か未知の匂いが含まれている。決して嫌な匂いではないけれど馴染みのない匂いだ。
「お元気ですね」
「!」
音もなく真後ろに立っていたミネットに声を掛けられ我に返る。
そうよ。
違う違う。
満喫している場合じゃない。
「庭園を見下ろすってこういう意味だったのね」
誤魔化し半分、私は手摺りに身を乗り出して堂々と庭園を見下ろした。
季節ごとの花と樹木が植えられているらしい広々とした庭園の中央には東屋がある。その東屋へ向かう道が生垣で巧みに仕切られて迷路のようになっているのだ。意匠も興味深いが、全体が文様か徽章のようで威厳に満ちていて圧巻の一言に尽きる。
「あれ、迷ったらどうすればいいの?」
「一人では行かれないことです」
「ああいうのは一人で散策するから楽しのよ?」
「では……申し上げたように大声を出して頂ければ誰かが気づきますので、ご心配には及びません」
「限界まで一人で挑戦したいわ」
「……あぁ」
ついにミネットから何かを諦めたような溜息が洩れた。
密やかな勝利に私は気をよくして満面の笑みで侍女の顔を覗き込んだ。
「え?」
「いえ、奥様が大変活発な方だと認識を改めました」
「私が嫌?私はあなたが嫌じゃないけど」
「光栄です。お一人で限界を迎えたら声を上げるか生垣を破壊してください」
「そう来なくちゃ」
大変活発だと印象付けたところで、改めて庭園を見下ろした。
「……」
ギリギリ、アーチに着地できそう……と思うのは気のせいかしら?
甘い?
無理?
「飛び降りたら怪我をされますよ。曲芸師に弟子入りしてから挑戦してください」
「……私、子供じゃないのよ」
「奥様の無邪気な性格に既にやや虜です」
「口が上手い侍女ね」
危ない、見破られるところだった。
極めて自然に打ち解けたかに見える今がチャンス。
「ねえ、ミネット。必要な物が……」
「なんでしょう?」
私は侍女に大真面目にお願いした。
「箒が欲しい」
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