悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

文字の大きさ
28 / 52

28

しおりを挟む
東屋に着いた。
柱を掴み、椅子を叩き、地団太を踏み、別の柱をひっぱたいたところで疾走してくるランスが見えた。着替えてすぐに追ってきたようだ。

髪を乾かしてから来いと言ったのに。

私がシュヴァリエ伯爵家で濡れ衣を着せられた時、ステファンは信じてくれなかった。泣いて縋ろうと構わずに私を城門の外へ放り出した。

ランスは意匠を凝らした入り組んだ生垣を正確に進んでいる。遠目で表情が見えなくても彼が本気で私の為に走っているのだということは理解できた。

私たちは愛しあって結ばれた夫婦ではない。
今もまだ各々の部屋で寝起きしている。

更には、夫の部屋に入ったのは今日が初めてだ。

だから私より先に極めて自然に入浴中の夫の部屋で当然のように存在していたヴェルディエ伯爵夫人とランスが如何なる関係であろうと、構わない。責める理由など、恋愛結婚で結ばれたヴェルディエ伯爵に比べれば無いに等しい。

「シルヴィ……!」

東屋の柱に手を掛けて飛び込むような勢いでランスが私の前にやや前屈みで立った。東屋の梁にぶつかるから。
必死な夫の浮腫んだ顔を見上げて私は叫んでいた。

「特別な相手はいないって言ったじゃない!」

頭の片隅で私は自分の行いに驚いていた。感情的に叫ぶ私と、そんな私を一歩引いて眺める私。私の中に二人の私がいる。

「髪が濡れてるわ!!」

それは気になる。

「浮腫んでいるし!」

それは朝だから。

「入浴中の部屋に入れるなんて只の関係じゃないわ!」

やりすぎだとわかっていてもランスの胸の辺りを力いっぱい叩いてしまう。ランスは切羽詰まった表情ではあるものの、私の力ではびくともせずこちらの顔を覗き込んでくる。

「本当に御免。説明させて」
「したらいいわ!そのために此処で会おうと言ったんだもの!でも私の頭は冷えてないわ!あなたが髪も乾かさずにすぐ来たから!!」
「御免」

ランスは律儀だ。
そして常に私の言葉に耳を傾けてくれる。

私の中で二人の私が融合していく。

ただ叫んで責めているなんてまるで薄情者のステファンみたい。
違うでしょう、シルヴィ。

結婚したんだから。

私は信じると決めた。

だから、今のままでは駄目だ。
私はランスを睨んだまま薬指に手を掛けた。

「……!」

ランスが怯えたように息を飲む。私が結婚指輪を外した瞬間、ランスは絶望し傷ついていた。夫は私を失うのが恐くて髪も乾かさず顔が浮腫んだまま走ってきたのだ。

指輪を握りランスに突き出す。

「嫌だ」

ランスは小さく声を洩らし首を振った。
ヴェルディエ伯爵夫人の登場に私が怒り狂い契約を解消しようとしていると受け取ったのだろう。半分は当たっている。

私は尚も強く指輪を握った拳をランスの心臓辺りに突き立てる。

「嫌だ」

私を失いたくないと声まで震わせている人に、私が求めるのは只一つ。

「違う」
「……え?」

大きな淡褐色の瞳が揺れている。
きっと私の瞳も揺れているのだろう。

「馬車の中で神父様から受け取ったのよ。自分ではめた。あなたの指は今も身軽なまま。あの人の話をしたいなら、あなたがやり直して」
「……」

ランスは一つ大きく息を吸うと震える手ですっぽりと私の拳を包み込み、そのまま胸に抱きしめるよう背中を丸めた。胸に触れるだけで心に届くならどれほどいいだろう。

ランスの抱え込んだ理由を掴み出して、分け合えたら……

壊れ物でもないのに、ランスの大きな手が私の小さな拳を恐る恐る丁寧に解いていく。何度も熱い溜息を洩らし、どちらが泣いていてもおかしくないような息遣いで風の音を消していく。

「シルヴィ」

私の名を譫言のように囁いて、ランスが跪いた。
私の手を宝物のように扱いながら、薬指を熱い眼差しで見つめ、ランスが指輪をはめていく。指先から、ゆっくり、奥へ、奥へ……

「結婚してください……私の、妻に……」
「喜んで」

私の声は掠れていた。

この人を助けてあげたい。
柔らかなライトブラウンの髪が撫でて欲しそうで、私は右手をそっと添える。この人が衝動に任せて人を傷つけるはずがない。

私の知らない真実を、きちんと知りたい。

ランスが髪を撫でた私の手も握り込み甘えるよう頬に当てる。初めて触れた夫の頬は確かに浮腫んでいて、よく見れば瞼も重そうだ。
悲しい目をしている。

「ランス」

呼び掛けるとランスは私の両手を離し、代わりに胴体を挟んで軽々と椅子に座らせた。背の高い彼は跪いたまま少しだけ伸びあがり、私の頬を撫でる。私は少しだけ前屈みになり、誘われるまま唇を重ねた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。 ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。 程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが… 思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。 喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___  ※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)   異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

処理中です...