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「本当に行くの?」

往生際が悪いと思われようと構わない。

馬車に乗り込もうとしたランスの袖を引いて尋ねた私にデヴィッドが完全同意の熱い眼差しを送ってくる。執事ベイルとメイド長ミュール夫人は唇を引き結び俯いたまま沈黙を守っていた。ミネットは私の後ろに控えているため表情は見えないけれど、加勢してくれる雰囲気ではない。

ランスが穏やかな笑顔で振り向き、私の腕を励ますように撫でる。

「心配いらないよ。帰ってくるから」
「……」

結婚から3ヶ月。
契約結婚から絆が生まれ、仲も深まり、日々の小さな幸せを積み重ねている丁度いい頃合いを見計らっての召喚状だった。

ランスを除く私たちの見解は一致している。
国王も結婚生活で現世の幸せを見出したランスに自白を撤回させたいのだ。ランスの優しい微笑みだけが私たちの口を塞いでいる。

果てしなく歯痒いのは、私の存在価値が試される諮問会が開かれるというのに、私には女主として城を守るようにと指示が出ていることだった。

ランスは妻である私にさえ誰を庇っているのか打ち明けない。

夫には理由がある。
私は信じると決めた。言わないと決めているものを無理に聞き出そうとは思わない。ただそれと幽閉を受け入れるのとは話が違う。

「君の件もちゃんと話してくるよ。きっとわかってくれる」

シュヴァリエ伯爵家での指輪泥棒は濡れ衣だと証言してくれるという気遣いは確かにありがたい。
でも私が汚名を被ったままでランスの無実が証明される方が数万倍嬉しいと何度も伝えた。ランスは優しく微笑むだけだった。

「だからシルヴィ、安心して待っていて」
「……」
「帰ってくるよ」

次は?
今回は帰ってきても、次は幽閉でさよなら?

口が裂けても訊けない。

「……」

ランス以外の目もある。無様に泣きたくない。私は歯を食いしばって耐えた。ランスがふわりと私を抱きしめ、短いキスで慰めてくれる。

ついにランスが私をミネットに託し馬車に乗り込んだ。同乗するのは従僕のデヴィッドただ一人。朝のマッサージなら私も上達してきたのに……

「大丈夫ですよ、奥様。陛下はわざと幸せになるまで待ったのです」
「そうですよ。新婚の素晴らしさを実感させてから呼んだのは、それなりの理由があるのです」

ミネットとミュール夫人が連続して私を励ましてくれる。
走り出した馬車を私と同じ執念で見送っていたのは執事のベイルで、大きな溜息をついてからこちらに振り向き頷いた。

「信じて待ちましょう。奥様、お風呂掃除で気を紛らわしては?」
「いいわね。その話、乗るわ」

まずは平常心を取り戻し維持することが第一。
カルメット侯爵ランスに信頼され城を託された私たちなのだから、その責務を忘れてはいけない。

ミネットに大浴場の掃除方法について尋ねながら、ベイルは菜園へ向かったのだろうなどと考えつつ、ひたすらランスの無事を祈る。

宮廷からの召喚状は私に対してもいい効果を齎した。
夫と引き離される辛さを教えてくれた。絶対に幽閉させたくない。ランスを縛り上げてでも繋ぎ止めたい。

決意も新たに、着替えた私はミネットと共に大浴場の掃除に参加した。
事件が起きたのはそれからほんの数時間後のことだった。
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