35 / 52
35
しおりを挟む
「なるほど。こういう構造なのね!」
「顔を突っ込まないでくださいって言ったでしょう!!」
天使の像に足を引っかけ甕にしがみ付きお湯の排出口を観察して感激していたら、遠くのミネットから怒鳴られた。
これは彼女が正しい。
「大丈夫!覗いただけ!!」
「駄目ったら駄目!!」
感情的なミネットがなんだか可愛く思えて笑顔になってしまう。そんな私は手慣れた大浴場所属のメイドたち三人によって確保され大浴槽外に運ばれた。
王家の方々のお忍び湯治場を預かる者として、構造を熟知しておくのは当然のことだろう。
たとえ貴族らしくないと笑われようとも、私は自分の決断を恥じたりしない。
いい気分転嫁になった。
ランスが帰ってきてまだ幽閉される気だったら大浴槽に沈めてやる。一緒に泳げは多少は気が変わるはずだ。
全員、大浴場の掃除用の超軽装でもれなくずぶ濡れだった。
飛沫と曇りで全く役に立たないであろう片眼鏡の縁を光らせながら、憤激のミネットが歩いてくる。
「ご休憩をどうぞ」
「まだやれ──」
圧が、恐すぎて。
「はい」
私は熟練のメイドに掃除用具を渡し、丁重に頭を下げ逃走することに決めた。
「ふぅ」
大浴場から自室までずぶ濡れで歩くわけにはいかないので、移動の間だけメイド服を借りる手筈になっていた。ちょうどいいサイズを選んで手早く着替え、ほつれた髪を適度に整える。
ミネットは忙しそうに指示を飛ばしていた。
今さっきまで女主の私に気を遣って大人しくしていただけで、彼女が大浴場の主なのだろう。納得の貫禄である。
ランスと泳ぐ為にはまずミネットをどうにかしなければならない。協力してくれるように知恵を絞らなくては。
……などと作戦を練りながら、メイド服で階段を上がっていく。
その格好であろうと、私が誰で何をしていたのか城の人間ならばわかるのだ。だから何も心配していなかった。
「?」
廊下を歩いていると、何やら妙な気配がして私は歩調を緩める。
近場の窓から外の様子を確かめてみれば、城門が開き、見慣れない馬車が立ち往生していた。門兵が必死に相手を留めているようだ。相手が貴族なのは、強く出られない彼らの態度と停まっている豪奢な馬車を見れば一目瞭然。
「誰よ」
当主ランスが不在だというのに、タイミングの悪い人がいたものだ。
私は窓辺を離れ、早く部屋に戻り、女主然とした格好に着替えて加勢するべきか否か考えながら再び歩き出した。歩き出してすぐだ。
「!」
再度、窓に飛びついた。
唐突に閃いた。
前回、驚きの来訪者はミレーユ。ランスの理由を知る人だった。
予期せぬ来訪者で入城を拒む相手など一人しかいない。
「……ノアム侯爵令息……!?」
見ていると、老齢の執事ベイルが全力疾走で城門へと向かう姿が視界に入った。
「只事ではないわ……!」
悠長に着替えている場合ではない。
ランスを卑怯な殺人鬼に仕立て上げようとしている男がのこのこやってきたのだ。女主の私が追い返してやる。
私は全力疾走で廊下と玄関広間を駆け抜け城門へと向かった。
召喚状に応えたランスを送り出したという悔しさは、大浴場の掃除くらいでは解消しきれていなかったのだ。人生の中で一、二を争う疾走だった。普段より動き易いメイド服という格好だったのも功を奏したのだろう。
そういうわけで私は汗だくの状態でベイルと門兵たちに合流する。
当然、髪はほつれ散らかし、メイド服。
そんな私を待っていたのは、天使と見紛う見目麗しい超絶美青年だった。
馬車の昇降口で杖を突いて微笑むその男性は、私に気づき、歌うような声で言った。
「結婚のお祝いを言いに来たんだよ」
「顔を突っ込まないでくださいって言ったでしょう!!」
天使の像に足を引っかけ甕にしがみ付きお湯の排出口を観察して感激していたら、遠くのミネットから怒鳴られた。
これは彼女が正しい。
「大丈夫!覗いただけ!!」
「駄目ったら駄目!!」
感情的なミネットがなんだか可愛く思えて笑顔になってしまう。そんな私は手慣れた大浴場所属のメイドたち三人によって確保され大浴槽外に運ばれた。
王家の方々のお忍び湯治場を預かる者として、構造を熟知しておくのは当然のことだろう。
たとえ貴族らしくないと笑われようとも、私は自分の決断を恥じたりしない。
いい気分転嫁になった。
ランスが帰ってきてまだ幽閉される気だったら大浴槽に沈めてやる。一緒に泳げは多少は気が変わるはずだ。
全員、大浴場の掃除用の超軽装でもれなくずぶ濡れだった。
飛沫と曇りで全く役に立たないであろう片眼鏡の縁を光らせながら、憤激のミネットが歩いてくる。
「ご休憩をどうぞ」
「まだやれ──」
圧が、恐すぎて。
「はい」
私は熟練のメイドに掃除用具を渡し、丁重に頭を下げ逃走することに決めた。
「ふぅ」
大浴場から自室までずぶ濡れで歩くわけにはいかないので、移動の間だけメイド服を借りる手筈になっていた。ちょうどいいサイズを選んで手早く着替え、ほつれた髪を適度に整える。
ミネットは忙しそうに指示を飛ばしていた。
今さっきまで女主の私に気を遣って大人しくしていただけで、彼女が大浴場の主なのだろう。納得の貫禄である。
ランスと泳ぐ為にはまずミネットをどうにかしなければならない。協力してくれるように知恵を絞らなくては。
……などと作戦を練りながら、メイド服で階段を上がっていく。
その格好であろうと、私が誰で何をしていたのか城の人間ならばわかるのだ。だから何も心配していなかった。
「?」
廊下を歩いていると、何やら妙な気配がして私は歩調を緩める。
近場の窓から外の様子を確かめてみれば、城門が開き、見慣れない馬車が立ち往生していた。門兵が必死に相手を留めているようだ。相手が貴族なのは、強く出られない彼らの態度と停まっている豪奢な馬車を見れば一目瞭然。
「誰よ」
当主ランスが不在だというのに、タイミングの悪い人がいたものだ。
私は窓辺を離れ、早く部屋に戻り、女主然とした格好に着替えて加勢するべきか否か考えながら再び歩き出した。歩き出してすぐだ。
「!」
再度、窓に飛びついた。
唐突に閃いた。
前回、驚きの来訪者はミレーユ。ランスの理由を知る人だった。
予期せぬ来訪者で入城を拒む相手など一人しかいない。
「……ノアム侯爵令息……!?」
見ていると、老齢の執事ベイルが全力疾走で城門へと向かう姿が視界に入った。
「只事ではないわ……!」
悠長に着替えている場合ではない。
ランスを卑怯な殺人鬼に仕立て上げようとしている男がのこのこやってきたのだ。女主の私が追い返してやる。
私は全力疾走で廊下と玄関広間を駆け抜け城門へと向かった。
召喚状に応えたランスを送り出したという悔しさは、大浴場の掃除くらいでは解消しきれていなかったのだ。人生の中で一、二を争う疾走だった。普段より動き易いメイド服という格好だったのも功を奏したのだろう。
そういうわけで私は汗だくの状態でベイルと門兵たちに合流する。
当然、髪はほつれ散らかし、メイド服。
そんな私を待っていたのは、天使と見紛う見目麗しい超絶美青年だった。
馬車の昇降口で杖を突いて微笑むその男性は、私に気づき、歌うような声で言った。
「結婚のお祝いを言いに来たんだよ」
45
あなたにおすすめの小説
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。
ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。
程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが…
思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。
喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___
※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)
異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
花言葉は「私のものになって」
岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。)
そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。
その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。
美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。
青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。
死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?
神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。
(私って一体何なの)
朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。
そして――
「ここにいたのか」
目の前には記憶より若い伴侶の姿。
(……もしかして巻き戻った?)
今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!!
だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。
学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。
そして居るはずのない人物がもう一人。
……帝国の第二王子殿下?
彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。
一体何が起こっているの!?
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる