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「可愛いねぇ。君は……奥様付のメイドかな?」
「──」
その瞬間、悪寒が私の体を駆け抜ける。
地面に足を縫い付けられたように身動きが取れず、呼吸さえままならない。
その男は美しい顔で笑みを深めている。
その瞳から放たれる邪悪な光を、私は知っている。
物心ついた頃から私や母を不躾に眺めまわしたいやらしい男たちの視線。それをもっと凝縮し強化したような、絡みついて解けない純然たる欲望の熱い眼差しを、さも当然のように注いでくる。
「いえ、この方は──」
門兵が答えかけた時、ベイルが遮った。
「はい。丁度ミネットについて一通りの掃除を覚えたところです」
「ふぅん」
相手は納得した様子で頷いたが、肩越しに私の方へと振り向いたベイルが更に続けたので私は納得しなかった。
「持ち場へ戻りなさい」
「そうはいかないわよ、ベイル」
何か理由があるのだろうけれど、私がその理由を知りたいくらいなのよ。追い払おうったって無駄。
私は好色な閃光を瞳に宿す邪悪な天使風美青年を睨んだ。
「私がカルメット侯爵夫人シルヴィです。夫は不在ですから、御用件は私が承ります」
「そうか!」
相手の笑顔は嬉しそうに弾け、杖を振り回す勢いで手を叩き始める。
「いや、驚いた!あのランスが僕をこんな目に遇わせたくせに自分だけ結婚したって聞いたから、相手はどれだけの女か見てやろうと思って来てみたら……本当に美人だ。でも、まだ少し、幼いな」
ノアム侯爵令息が杖で私を差したので、咄嗟にベイルが立ちはだかり庇ってくれた。卑劣な侮辱は続く。
「主が不在の今、こんなに愛らしい夫人にみんなでナニをしたんだい?着崩れたメイド服、ほつれ髪、息を乱して、全身汗びっしょり。老いぼれの君も楽しんだのか?」
「エドワール様、奥様への侮辱は御遠慮願います」
「ああ恐い!ランスもランスなら執事も執事だな!まったく命がいくつあっても足りないよ!」
悍ましい生き物の襲来にある意味私は怖気づいていたのだと思う。
ベイルの背中を見上げ、息を止めていた。
「シルヴィ?」
ノアム侯爵令息エドワールが私を呼んだ。
「可哀相に。悪魔の城に閉じ込められた生贄の花嫁か。まったくどういう神経をしているんだろうなぁ。僕を殺そうとした男の妻になるなんて、余程の事情があるか、それとも、呆れるくらい物好きなのか」
「エドワール様、お引き取りください」
慇懃に告げたベイルのこめかみを杖が襲う。
「ベイル!」
「!」
咄嗟に燕尾服の裾を強く引いたものの、私を庇おうとして立っている老齢の執事はびくともせずにノアム侯爵令息の攻撃をまともに喰らった。
ベイルは片膝をついて倒れ込んだ。私は老齢の執事の傍にしゃがみ込み、大きな背中を抱きしめるようにして庇いながら傷を確認する。少し赤くなっている程度だが、頭への打撲傷は軽視できない。
門兵たちの空気が変わる。
「取り押さえろ!」
「僕を誰と思ってる!?貴様ら下々の塵屑とは格が違うんだぞ!?」
ノアム侯爵令息が声を荒げると門兵たちも一瞬怯んだ。
ベイルが私の腕を掴む。
「奥様……」
ベイルの呼び掛けは門兵たちとノアム侯爵令息の怒鳴り合う声にかき消されそうだった。というよりこれは内緒話だと察し、私は顔を寄せ自分も小声で問い返す。
「なに?」
「当家は代々、ノアム侯爵家の方々の立ち入りを拒否しています……わかりますね?」
痛みを堪えるベイルの目が私に何を伝えているか、私は正しく理解したと思う。
カルメット侯爵家は王家の秘密の湯治場。
無防備な姿で寛ぐ王家の方々の実態を、ノアム侯爵令息に悟らせてはならない。
大浴場などはない。湯周りの大掃除で活気づいている城内に立ち入らせてはならない。門兵に取り押さえさせたとしても、城内で拘束できないのだ。
「私からも申し上げます。お引き取りください」
ベイルを庇いながら強く告げた。
ノアム侯爵令息は引かなかった。
「ランスが僕に何をしたか知らないのかい?あの男はね、親友だった僕の首を掴んで圧し掛かり、僕の頭を何度も花壇に打ち付けたんだ!」
「花壇……?」
真実の欠片が私を捉えた。
「酷いと思わないか!?親友の僕を殺そうとした!今だって、お祝いを言いに来てみれば主が不在でも追い返されようとしている!可哀相なのは僕だろう!?」
喚き散らしたノアム侯爵令息がふいに笑う。
「まあ、いいや。どうせランスは終わりだよ。僕とおいで、シルヴィ」
「……っ」
絡みつく粘着質な視線に、舌なめずりをしているかのように錯覚させる艶やかな口元。
私は拳を握りしめて立ち上がり、渾身の睨みを利かせる。しかし私の敵意さえも愉しむ様子を見せたノアム侯爵令息は狂気としか思えない誘いを持ちかけてくる。
「子供を作ろう。美しい君と僕ならきっと天使が産まれるよ。最高じゃないか?」
「──」
その瞬間、悪寒が私の体を駆け抜ける。
地面に足を縫い付けられたように身動きが取れず、呼吸さえままならない。
その男は美しい顔で笑みを深めている。
その瞳から放たれる邪悪な光を、私は知っている。
物心ついた頃から私や母を不躾に眺めまわしたいやらしい男たちの視線。それをもっと凝縮し強化したような、絡みついて解けない純然たる欲望の熱い眼差しを、さも当然のように注いでくる。
「いえ、この方は──」
門兵が答えかけた時、ベイルが遮った。
「はい。丁度ミネットについて一通りの掃除を覚えたところです」
「ふぅん」
相手は納得した様子で頷いたが、肩越しに私の方へと振り向いたベイルが更に続けたので私は納得しなかった。
「持ち場へ戻りなさい」
「そうはいかないわよ、ベイル」
何か理由があるのだろうけれど、私がその理由を知りたいくらいなのよ。追い払おうったって無駄。
私は好色な閃光を瞳に宿す邪悪な天使風美青年を睨んだ。
「私がカルメット侯爵夫人シルヴィです。夫は不在ですから、御用件は私が承ります」
「そうか!」
相手の笑顔は嬉しそうに弾け、杖を振り回す勢いで手を叩き始める。
「いや、驚いた!あのランスが僕をこんな目に遇わせたくせに自分だけ結婚したって聞いたから、相手はどれだけの女か見てやろうと思って来てみたら……本当に美人だ。でも、まだ少し、幼いな」
ノアム侯爵令息が杖で私を差したので、咄嗟にベイルが立ちはだかり庇ってくれた。卑劣な侮辱は続く。
「主が不在の今、こんなに愛らしい夫人にみんなでナニをしたんだい?着崩れたメイド服、ほつれ髪、息を乱して、全身汗びっしょり。老いぼれの君も楽しんだのか?」
「エドワール様、奥様への侮辱は御遠慮願います」
「ああ恐い!ランスもランスなら執事も執事だな!まったく命がいくつあっても足りないよ!」
悍ましい生き物の襲来にある意味私は怖気づいていたのだと思う。
ベイルの背中を見上げ、息を止めていた。
「シルヴィ?」
ノアム侯爵令息エドワールが私を呼んだ。
「可哀相に。悪魔の城に閉じ込められた生贄の花嫁か。まったくどういう神経をしているんだろうなぁ。僕を殺そうとした男の妻になるなんて、余程の事情があるか、それとも、呆れるくらい物好きなのか」
「エドワール様、お引き取りください」
慇懃に告げたベイルのこめかみを杖が襲う。
「ベイル!」
「!」
咄嗟に燕尾服の裾を強く引いたものの、私を庇おうとして立っている老齢の執事はびくともせずにノアム侯爵令息の攻撃をまともに喰らった。
ベイルは片膝をついて倒れ込んだ。私は老齢の執事の傍にしゃがみ込み、大きな背中を抱きしめるようにして庇いながら傷を確認する。少し赤くなっている程度だが、頭への打撲傷は軽視できない。
門兵たちの空気が変わる。
「取り押さえろ!」
「僕を誰と思ってる!?貴様ら下々の塵屑とは格が違うんだぞ!?」
ノアム侯爵令息が声を荒げると門兵たちも一瞬怯んだ。
ベイルが私の腕を掴む。
「奥様……」
ベイルの呼び掛けは門兵たちとノアム侯爵令息の怒鳴り合う声にかき消されそうだった。というよりこれは内緒話だと察し、私は顔を寄せ自分も小声で問い返す。
「なに?」
「当家は代々、ノアム侯爵家の方々の立ち入りを拒否しています……わかりますね?」
痛みを堪えるベイルの目が私に何を伝えているか、私は正しく理解したと思う。
カルメット侯爵家は王家の秘密の湯治場。
無防備な姿で寛ぐ王家の方々の実態を、ノアム侯爵令息に悟らせてはならない。
大浴場などはない。湯周りの大掃除で活気づいている城内に立ち入らせてはならない。門兵に取り押さえさせたとしても、城内で拘束できないのだ。
「私からも申し上げます。お引き取りください」
ベイルを庇いながら強く告げた。
ノアム侯爵令息は引かなかった。
「ランスが僕に何をしたか知らないのかい?あの男はね、親友だった僕の首を掴んで圧し掛かり、僕の頭を何度も花壇に打ち付けたんだ!」
「花壇……?」
真実の欠片が私を捉えた。
「酷いと思わないか!?親友の僕を殺そうとした!今だって、お祝いを言いに来てみれば主が不在でも追い返されようとしている!可哀相なのは僕だろう!?」
喚き散らしたノアム侯爵令息がふいに笑う。
「まあ、いいや。どうせランスは終わりだよ。僕とおいで、シルヴィ」
「……っ」
絡みつく粘着質な視線に、舌なめずりをしているかのように錯覚させる艶やかな口元。
私は拳を握りしめて立ち上がり、渾身の睨みを利かせる。しかし私の敵意さえも愉しむ様子を見せたノアム侯爵令息は狂気としか思えない誘いを持ちかけてくる。
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