悲劇の契約結婚ではありますが、私たち愛を証明いたします。

希猫 ゆうみ

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テレザ夫人の訪問から数週間経ち、彼女の署名運動に参加した貴族が立て続けにお祝いに訪れ忙しい日々を過ごしていた。
それが落ち着いた頃に届いた次の報せに、私の緊張は最高潮に達した。

「ついに……王家の方々が……!」

秘密の湯治場へ篭りにいらっしゃるとのこと。

「あなたがいてくれてよかったわ。私一人では無理よ!」
「落ち着いて、シルヴィ。恐い人たちじゃないから大丈夫だよ」
「知ってるわよ、陛下なんか優しいお爺ちゃんだったもの。そうじゃなくて王妃様よ。あの恐ろしい女神像を造らせた人じゃない……私、どんな顔でお迎えしたらいいの……!?」
「そのままでいいと思うよ」

興奮冷めやらぬ私は政務の邪魔にならないようミネットに引き取られた。
大浴場で王妃様一人、王女様四人の合わせて五人の王家の方々を直接おもてなしするのは他でもない私なのだ。ミネットとミュール夫人から指導を受けその日に備えることとなった。

正直、どんな花嫁修業より大変だったと思う。

だいぶ覚悟が固まってきたある日。
予定より八日も早く馬車の列がカルメット城へ向かっているのを廊下の窓から目撃し、足からすっと血の気が引いた。

お忍びには見えない。
寧ろ軍隊の到着にさえ見える馬車の列だったのだ。

それもそのはず……血相を変えたランスと共に使用人総出で迎えたのは王家の馬車ではなく、ピオジェ公爵家の馬車だった。ベイルがこっそり教えてくれなければ、私だけ知らないまま対面するところだった。
言い換えれば、それくらいランスも動揺していた。

馬車から下り立った屈強で巨大なピオジェ公爵の姿に、私はただ恐れ入った。

「ようこそ……」

人当たりのいいランスさえ緊張で若干声が掠れており、只事ではない雰囲気に私は勇気を奮い立たせた。挨拶を返す前にピオジェ公爵はじっと私を見つめた末、言った。

「ああ、見覚えがあると思った。謁見の間の、手前の像の女か」
「……」

言い方と言うものがおありでは?

「ランス」

像の女をまるっきり無視してピオジェ公爵が夫を呼んだ。
ランスは臣下の如く頭を垂れた。

「こちらで片をつけた。もうあの件には関わるな」
「……」

他に、言い方というものが、おありでは?
私の怒りは頂点に達しかけたが、次の瞬間、ふと解けた。

「よく守ってくれた。ありがとう」

それを聞くまで、気が回らなかった。
ミレーユは国王陛下だけではなく、育ての父であるピオジェ公爵にも打ち明けていたのだ。思えば、ヴェルディエ伯爵の安全を確保したという意味がこれだったのだろう。

国王陛下とピオジェ公爵が本気で手を組めば、ノアム侯爵家などひとたまりもないはずだ。

──やはりあれは本人が酔って転んだだけだと言い出したようですよ
──また酒を浴びて転び、完全に記憶を失ったそうです

「……」

テレザ夫人の言葉が脳裏に鮮烈に蘇る。

元々ランスの母親の結婚は国の平和を維持する為の契約結婚。
目の前に聳え立つピオジェ公爵という人物は、カロン公爵家から王家の血を引く妻を娶らなければ独立戦争を起こしたかもしれないような猛者なのだ。

ノアム侯爵令息に加えた制裁は如何程のものか。
想像するだけでも恐ろしい。恐ろしいが……正直なところ、あれだけの悪党が実際どうなっているのか知っておきたい気持ちが確かにあった。

「それだけ言いに来た。あと、結婚おめでとう」
「閣下」

歩き出したピオジェ公爵を私が呼び止めた。

「!?」

ランスでさえ私に驚愕の眼差しを注ぐ。

心配無用よ、ランス。
私の美貌は人心掌握の為にあるのよ。

私はニコリと愛嬌たっぷりな笑顔をピオジェ公爵に放ち、相手が呆気にとられた瞬間、小走りで距離を詰めた。

意外にも、私が近寄ると巨大なピオジェ公爵は背を屈め相手をしてくれる。血が繋がらなくてもミレーユという娘を育ててきた父性が忽ち伝わってきた。

私は手を添え、内緒話の姿勢で問いかけた。

「あの、閣下……奴は再び記憶喪失とか」
「うむ……」

ピオジェ公爵の姿勢が完全に私に付き合うものだったので、これはいけると確信する。

「何をなさったのですか?」

言うなれば地獄に落ちたと確認したいのだ、私は。
ピオジェ公爵の巨大な掌が私の顔の脇に添えられ、私は耳を傾ける。

そして恐ろしいことを聞いた。

「奴のブツを切除した」
「…………」

私が田舎貴族でなければ卒倒していただろう。
幸い、私は元気だ。

絶句する私の肩をピオジェ公爵は軽やかなタッチで叩いた。

「痛み止めを懇願され、強烈に効く薬をやった。自ら進んで廃人になったんだ。気に病むな」
「……気には、病みませんが?」
「ん?」

田舎貴族を舐めないでほしい。

「父親は逮捕されるようですが、息子の方は自分だけ忘れてのうのうと生きていくのですか?」
「まさか」

意外にも、ピオジェ公爵が笑った。

「監獄にぶち込んで死ぬまで臼を牽かせるさ」
「……」

目の奥まで愉快そうに笑っていたので、恐かった。
硬直している私にランスが追いついて私の肩を抱いた。

「ランス。勇気があって別嬪で、いいお嬢さんだ。大切にしろ」

ピオジェ公爵はさっきとは別人のようにランスに親しげな顔を見せる。

「お嬢さんて……私の妻です」
「妻です」

ランスに追随する形で私も主張した。
ピオジェ公爵は私たちをしばらく見比べ、やがて小さな溜息をつく。それから視線を外し、やや気まずそうに呟いた。

「お前が成長するごとに疎ましさが増した。妻の連れてきた恋人に瓜二つだからな。だがミレーユは可愛かった」

その言葉が示すように、ランスはピオジェ公爵に対し異様な緊張を崩さない。嫌われ、疎まれているのを自覚しているからだろう。

それでも私はピオジェ公爵に好感を持った。
和解しようとしているからだ。

「父親としてミレーユを愛するうちに、妻に愛情が芽生えた。人間として好きになったんだ。だからお前の父親が死んでから8年待った。今後は、リュカに会いに来い。お前の弟だ」
「……!」

ランスの感極まった表情からも、夫が肉親との交流を望んでいるのがよくわかった。
会ったこともない父親違いの弟と、他人のふりを強いられた産みの母親。

契約結婚の中に産み落とされたランスにも、ピオジェ公爵からの冷遇と肉親との別離という悲劇が付きまとっていた。それも今、溶けてなくなろうとしている。

ピオジェ公爵が私にしたよりは少し強い力でランスの肩を叩いた。

「あの、よろしければ庭園をお散歩なされては?せっかく来て頂いたのですから、お茶を……」

この機会にと調子に乗って誘ってみたが、ピオジェ公爵にはすっぱり断られた。和解が始まったばかりの二人に少しでも親睦を深めてもらおうと思った私だったが、理由を聞いて納得するほかない。

「ノアム侯爵家でこき使われていたメイドを故郷へ送り届ける途中なんだ。母親の死に際に帰してもらえなくて家族から絶縁された。私が直々に出向き、軟禁状態から救い出し連れてきたと言えばさすがに納得するだろう」

それであの物々しい行列なのか。
なるほど。武力押しかと思えば人情に厚い面もあるらしい。

「お立ち寄り頂き感謝します。何か私から……」

ランスが気を揉み始める。
ノアム侯爵家でこき使われていたメイドなどと聞けば、今ではどのような目に遇わされていたか察してしまう私たちだ。無神経にそれを表明したりはしないが他人事ではなかった。

私はブローチを外し差し出した。
苦しみから再出発するのに充分な物など何もないだろうけれど、金銭は額の分は役に立つ。

「売ればお金になりますから」
「要らん。こちらで、一家が商売を始められるだけの金は用意した。賠償金を払うべき人間を消した私の仕事だ。しまえ」

素直に従いたくなる程度には、ピオジェ公爵は厳しかった。

私たちは嵐のようなピオジェ公爵一行を見送った。
威風堂々とした少年ピオジェ公爵令息リュカ卿と対面したのは、それから半年後のことだった。
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