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15(フローラ)
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パウラの手拍子がずれてきたせいで、私はバランスを崩した。
「起きて!」
「!」
普段は二人の家庭教師に私を預けている日中、乳母のパウラがどれだけ惰眠を貪っていたのかがよくわかる。さっきから眠気に逆らえず、白目をむいて舟をこぐし手拍子はずれるし本当に役に立たない。
「は……あら、やだ。うっかり」
「うっかりこっくり寝てるんじゃないわよ!だから太るのよ!」
「姫様。大きな男の子を二人も産んだんですよ?体にガタが来ているんです。ふわぁあ」
「出て来た時から二人があの大きさならあなたは二回死んでるわ。それか、化物」
私はベッドの端から飛び降りて、勢いに任せて腰掛けた。おしりがベッドに沈んだ瞬間、パウラが明らかにほっとしたように揺り椅子の上で寛ぐのを私は見逃さなかった。
自堕落な中年女め。
でも私は乳母のパウラが大好きだ。
優秀で冷たいスカーレイより、愚鈍でも愛情深いパウラのほうがいいに決まっている。
「今度スノウ先生の授業を一緒に受けましょう?痩せるわよ」
「結構ですよ。今更、痩せたところで誰に見せるわけでもないですし」
そんなことを言っているが別に未亡人というわけではない。
パウラの夫アルヴァー・ロヴネルは騎士学校の校長を務めており、子ども相手とはいえ未来の騎士を育てるのにその辣腕を奮っている至極健康な中年男だ。
私はロヴネル夫婦の次男ラーシュと乳兄弟。
昨年、ラーシュが騎士学校に入ってしまった関係で大変暇を持て余している。
だからダンスの授業は楽しかった。
スカーレイが実家に帰ったせいでスノウとの楽しい時間まで奪われて私は退屈で発狂寸前なのだ。この通り、パウラは役に立たないし。
「?」
ふと、窓の外に気配を感じた。
鳥?
こんな時スカーレイが傍に居れば数ヶ国語で鳥をなんというかだの突発的な試験を始めるかもしれないから嫌だが、スノウだったら鳥のように踊ってくれるだろう。
あああああ。
早くスノウと遊びたい。
スカーレイには、まあ、早いところ帰って来てほしい。
「……」
鳥ではないようだ。
布に包まれた小石が投げ込まれた。
「……ひへへ」
ラーシュかも!
「!」
見るとパウラは揺り椅子にだらしなく身を委ね惰眠を貪っている。
よく考えれば、騎士学校の二年生というラーシュが、厳しい校長の目をかいくぐり私のところへ遊びに来てくれるはずはないのだが、退屈すぎて頭がぼんやりしていたのだろう。
とにかく私はラーシュだと思って有頂天で窓から身を乗り出した。
「ラー……」
私は、木陰から此方を見上げる人物に心底がっかりし溜息をつく。
「……」
役立たずのセランデルが意味深な視線をこちらに向けて佇んでいるが、正直、用はない。
あれだけ私が頼んだのに、スカーレイに怖気づいてろくでなしのヴィクター・ストールをやりに行ってくれなかった。
私は窓枠に手を掛けて、無言で役立たずの軍人を見下ろした。それはもう今のうんざりした気持ちを全て込めた渾身の眼差しだった。
「……何よぅ」
セランデルの口がもごもごと動いている。
よく口の動きを見るようにというスカーレイの小言が無駄に役に立った瞬間だった。
どうもセランデルは布を開いて欲しいらしい。木陰から懇願している。そこまで頼まれれば私も悪魔ではないから見てあげなくもない。
第一、退屈で死にそうだ。
出会ったばかりの軍人が秘密を持ち込もうとしている。
「まあ、遊んであげなくもないけど!」
私は窓辺から飛び退くと、豪快なパウラの鼾を聞きながら意気揚々と小石を包む布を解いた。
「──」
そこに書かれた文字を見て私が、
「はあああぁぁっ!?」
腹が立つに任せて叫んだもので、
「はっ!なんですか!姫様!蛇!?」
パウラが飛び起きて、急に揺り椅子から立ち上がったせいでドテンと転んだ。
そんなパウラにこっそりセランデルを連れて来てもらったのだが、まさか、これが深い付き合いの始まりになるとはこの時微塵も思いはしなかった。
──この後、セランデルは命の恩人になる。悲しい別れがすぐそこに迫っていたのだ。
「起きて!」
「!」
普段は二人の家庭教師に私を預けている日中、乳母のパウラがどれだけ惰眠を貪っていたのかがよくわかる。さっきから眠気に逆らえず、白目をむいて舟をこぐし手拍子はずれるし本当に役に立たない。
「は……あら、やだ。うっかり」
「うっかりこっくり寝てるんじゃないわよ!だから太るのよ!」
「姫様。大きな男の子を二人も産んだんですよ?体にガタが来ているんです。ふわぁあ」
「出て来た時から二人があの大きさならあなたは二回死んでるわ。それか、化物」
私はベッドの端から飛び降りて、勢いに任せて腰掛けた。おしりがベッドに沈んだ瞬間、パウラが明らかにほっとしたように揺り椅子の上で寛ぐのを私は見逃さなかった。
自堕落な中年女め。
でも私は乳母のパウラが大好きだ。
優秀で冷たいスカーレイより、愚鈍でも愛情深いパウラのほうがいいに決まっている。
「今度スノウ先生の授業を一緒に受けましょう?痩せるわよ」
「結構ですよ。今更、痩せたところで誰に見せるわけでもないですし」
そんなことを言っているが別に未亡人というわけではない。
パウラの夫アルヴァー・ロヴネルは騎士学校の校長を務めており、子ども相手とはいえ未来の騎士を育てるのにその辣腕を奮っている至極健康な中年男だ。
私はロヴネル夫婦の次男ラーシュと乳兄弟。
昨年、ラーシュが騎士学校に入ってしまった関係で大変暇を持て余している。
だからダンスの授業は楽しかった。
スカーレイが実家に帰ったせいでスノウとの楽しい時間まで奪われて私は退屈で発狂寸前なのだ。この通り、パウラは役に立たないし。
「?」
ふと、窓の外に気配を感じた。
鳥?
こんな時スカーレイが傍に居れば数ヶ国語で鳥をなんというかだの突発的な試験を始めるかもしれないから嫌だが、スノウだったら鳥のように踊ってくれるだろう。
あああああ。
早くスノウと遊びたい。
スカーレイには、まあ、早いところ帰って来てほしい。
「……」
鳥ではないようだ。
布に包まれた小石が投げ込まれた。
「……ひへへ」
ラーシュかも!
「!」
見るとパウラは揺り椅子にだらしなく身を委ね惰眠を貪っている。
よく考えれば、騎士学校の二年生というラーシュが、厳しい校長の目をかいくぐり私のところへ遊びに来てくれるはずはないのだが、退屈すぎて頭がぼんやりしていたのだろう。
とにかく私はラーシュだと思って有頂天で窓から身を乗り出した。
「ラー……」
私は、木陰から此方を見上げる人物に心底がっかりし溜息をつく。
「……」
役立たずのセランデルが意味深な視線をこちらに向けて佇んでいるが、正直、用はない。
あれだけ私が頼んだのに、スカーレイに怖気づいてろくでなしのヴィクター・ストールをやりに行ってくれなかった。
私は窓枠に手を掛けて、無言で役立たずの軍人を見下ろした。それはもう今のうんざりした気持ちを全て込めた渾身の眼差しだった。
「……何よぅ」
セランデルの口がもごもごと動いている。
よく口の動きを見るようにというスカーレイの小言が無駄に役に立った瞬間だった。
どうもセランデルは布を開いて欲しいらしい。木陰から懇願している。そこまで頼まれれば私も悪魔ではないから見てあげなくもない。
第一、退屈で死にそうだ。
出会ったばかりの軍人が秘密を持ち込もうとしている。
「まあ、遊んであげなくもないけど!」
私は窓辺から飛び退くと、豪快なパウラの鼾を聞きながら意気揚々と小石を包む布を解いた。
「──」
そこに書かれた文字を見て私が、
「はあああぁぁっ!?」
腹が立つに任せて叫んだもので、
「はっ!なんですか!姫様!蛇!?」
パウラが飛び起きて、急に揺り椅子から立ち上がったせいでドテンと転んだ。
そんなパウラにこっそりセランデルを連れて来てもらったのだが、まさか、これが深い付き合いの始まりになるとはこの時微塵も思いはしなかった。
──この後、セランデルは命の恩人になる。悲しい別れがすぐそこに迫っていたのだ。
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