婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ

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飲みかけた酒で噎せながら私は傅くその男の頭頂部を凝視した。
身を低くして謝罪から報告を始めたセランデルは、彫刻のように微動だにせず此方の反応を待っている。放っておけば夜が明けるまでその姿勢を維持しそうな実直さには感心を通り越し呆れていたはずだった。

だがこの一件で気を良くした私は、グラスを置き、自らの手で一部下の為に酒を注いだ。

「では、唯一の王位継承者であるフローラ姫と〝罪の子〟が、今、お前の家にいると言うのか」
「はい。未だストール卿の所在は知れず、件の赤子を発見できておりません。申し訳ありません」
「……お前」

わざとなのか?
血筋の賜物で顏がいいだけのつまらない男だとばかり思っていたが、意外な行動力を発揮している。

何に突き動かされたのかは明白だった。
ルビーは美しい娘だ。

失うものがない男を使い捨てるつもりが、どうやら、生きる意味を与えてしまったらしい。

本来であれば度が過ぎた自己判断を咎めるべきだが、好奇心が勝りこの男の行く末を見てみたくなった。
こんな取るに足らない只の庶子が歴史を証明する程の存在である〝罪の子〟に勝手に惑わされ、軍人の本分である任務遂行を疎かにしているのだ。

暇潰しには充分すぎる喜劇になるかもしれない。

「頭を上げろ。ほら、飲め」
「……私のような者が」
「命令だ。飲め」

セランデルが頭を上げ迅速に距離を詰めてグラスを取った。そして生真面目な顔で酒を呷る。
正直この部下に興味がなかったせいで、酒に強いのか弱いのかも知らない。一応、顔色を変えなかったのでもう一杯注いでみた。セランデルは二杯目も無言で飲み干した。

「美味いか?」
「はい。ありがとうございます」

喜んではいない。

「それで、ベケイア伯爵家の若き父親の反応は?」
「……」

酔ったか?
吐くか?

私は興味深い部下に三杯目の酒を注ぐ。
セランデルはまたしても飲み干してから一歩分うしろへ身を引いて跪き、再び頭を垂れた。

「申し訳ありません、総帥」
「まさか、私の祝辞を伝え忘れたのか」
「はい」
「何しに行ったんだ」
「申し訳ありません。明日こそ……」

そこで私はついに噴き出した。
褒美か懲罰のどちらになるか不明だがとりあえずセランデルからグラスを取り上げる。

「いい」
「総帥……!」

任務を解かれると思ったか、セランデルが初めて焦りを表した。
私は身を乗り出すとセランデルの肩を叩き軽く揉んでやった。これには明確に驚いたようで、弾かれたように身を弾ませた。

「想像以上の働きだった。よくやった。もう自分で伝える」
「総帥が……?」
「お前は姫と〝罪の子〟の面倒を見てやれ」
「……」

どんな表情で喜んでいるかとそれとなく覗き込み注視してみたが、セランデルは表情を変えず更に頭を下げ項を見せた。

「はい」

此処で軍に王族一人分の生活費でもせがんでくれれば可愛かったが、堅実で面白味に欠けるセランデル中尉は文句の一つも洩らさずに身を低くしたまま次の指示を待っている。

やはり、つまらない男だ。

「手を出すなよ?」
「はい。婚約者の在る女性に……」
「違う。王族のフローラ姫を手懐けて要らぬ野心を抱くなと言っているんだ」
「…………」

全く揶揄い甲斐もない。

せいぜい気性の荒いフローラ姫の玩具にされながら惨めな片恋に陶酔していればいい。その程度で満足できる男だろう。
それでいい。
女二人を預けるのには無難という見方もある。

「旧王家の末裔を始末する時が来るまで、遊んでおけ」
「……はい」

代わりはいくらでもいる。

とはいえ些細な娯楽を見つけたことに内心いくらか満足していた私は、結局、セランデルに金を握らせた。
現段階に於いてアスガルド王国唯一の王位継承者であるフローラ姫が手の内に飛び込んできたのだ。これを楽しまなければ、生きる価値もない。
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