19 / 65
19
しおりを挟む
楽しい一日はあっという間に時間が過ぎて、気づくと美しい夕焼けがジェイドの館を包み込んでいだ。
そしてすっかり暗くなり間もなく夕食という頃、本来の館の主であるジェイドが帰って来た。
「まあ!私まで頂けるんですかぁ?まぁまぁ、嬉しい!ありがとうございます!あらまぁ」
ロヴネル夫人が小さな花束を受け取り大喜びしている。
フローラ姫も同じ花束を受け取っており、覗き込むように鼻先を埋めたのですぐさまロヴネル夫人に取り上げられた。
「食べられませんよ、姫様」
「馬鹿にしないで!匂いを嗅いでいただけよ!!」
「食用の花を栽培している植物学者の噂を耳にしたことがありますよ」
乳母に戒められる一国の姫を軍人が優しく庇っている。
微笑ましくも不思議な光景に、私も貰った花束を胸に抱えながら和んでしまった。
「おかえりなさい、ジェイド」
声を掛けると、ジェイドの優しい眼差しが此方に向いた。
「スノウ。寛いでくれたようですね。今日はどんな一日でしたか?」
「きょ」
「料理をしたわ!」
フローラ姫が代わりに答える。
「聞いて驚きなさい!スノウは小さい頃ひたすらイモの皮を剥く仕事をしていたのよ!その手捌きときたらあんたの料理人もびっくりの見事なものだったんだから!」
「そうですか……まさか、そんな!」
ジェイドは快くフローラ姫の発言に驚いて見せ、ちらりと私に視線を送る。
知られてしまったのは少し恥ずかしい気もするが、おかげで手先が器用になったことは数少ないよい経験でもあった為、幼稚かもしれないがやや誇らしい。
「本当ならそんなことさせちゃいけないんでしょうけど、姫様が止められなくて。すみませんね」
にこやかに言いながらロヴネル夫人が私の花束にも手を伸ばした。
「大丈夫ですよ。スノウさんの分は別の花瓶でそれだけお部屋に飾れるようにしますから」
「ありがとうございます」
私はジェイドから受け取った花束をロヴネル夫人に預けた。
三つの花束を抱えたロヴネル夫人が鼻歌を歌いながら扉の奥へと消えると、フローラ姫は無邪気な笑顔を浮かべて私の手を握った。
「!」
極自然なその触れ合いに驚きながら、私は心の奥にあたたかなぬくもりが生まれるのを感じた。
ダンスの授業中に互いの体に触れるのは普通のことだが、個人的に手を繋ぐなどということは今までなかった。親密な人間関係が齎す心地よさに私は眩暈がするほど嬉しくなる。
小さなフローラ姫の手を握り返す。
そして、ジェイドと三人で談笑する。
それぞれが立場に捉われない一人の人間として相手の笑顔に喜びながら他愛ない会話を楽しむ。
こんな時間、今までなかった。
私はジェイドが与えてくれたものの大きさに心底驚きながら、この束の間の幸せを余すところなく味わおうと心に決めた。
長くは続かない。
すぐに、私は現実に戻る。
スカーレイが帰ってきて、ヴィクターと結婚する。
私は貴族の忘れ形見である赤子の養母になり、フローラ姫の成長をお助けする。
生活の中で私は度々この日々を思い出すことになるだろう。
ジェイドの優しい微笑みが、声が、かけがえのない思い出として私の中で輝き続けるはずだ。
「……」
私はジェイドを見つめた。
絶えず喋り続けるフローラ姫に父性というより母性に近い優しさで応じているジェイドの穏やかな微笑みを、目に焼き付ける。
……ああ、私はこの人に惹かれているのだ。
ヴィクターに傅きながら心に誓った服従と愛が砕け散り、私自身が偽りの婚約者だったと理解する。自覚する。
でも欲張ってはいけない。
私は〝罪の子〟なのだから、普通の女の幸せなど望んではいけない。もう夢は見ない。
ジェイドは友達だ。
将来を約束された軍人。誠実で堅実な彼の人生を、私の罪で汚しはしない。
「なるべく壁と床を傷つけないよう気を付けてはいるのだけど……」
「ねえ、あんたも見てごらんなさいよ!スノウは綺麗よ?明日は家にいて私たちの踊ることろを見てなさいって!どうせ暇なんでしょ?ねえねえ!」
二階に上がってすぐの廊下は大きな窓から陽が射し込み、フローラ姫のお気に入りの場所になっていた。一部屋の物を片付けるより彫刻とランプを移すだけで楽だと言って、ジェイドの使用人が場所を空けてくれたのだ。午後はずっとそこで踊っていた。
「では、明日はお供します」
いとも簡単にジェイドが快諾する。
「えっ?」
「イヒヒ……」
驚いた私を、フローラ姫がにやりと見あげた。
その後ジェイドは当たり前と言えばそうなのだが私たちと夕食を共にした。それからフローラ姫がロヴネル夫人によって就寝を促されるまで共に寛いだ後、私を夜の散歩に誘った。
嬉しかった。
そしてすっかり暗くなり間もなく夕食という頃、本来の館の主であるジェイドが帰って来た。
「まあ!私まで頂けるんですかぁ?まぁまぁ、嬉しい!ありがとうございます!あらまぁ」
ロヴネル夫人が小さな花束を受け取り大喜びしている。
フローラ姫も同じ花束を受け取っており、覗き込むように鼻先を埋めたのですぐさまロヴネル夫人に取り上げられた。
「食べられませんよ、姫様」
「馬鹿にしないで!匂いを嗅いでいただけよ!!」
「食用の花を栽培している植物学者の噂を耳にしたことがありますよ」
乳母に戒められる一国の姫を軍人が優しく庇っている。
微笑ましくも不思議な光景に、私も貰った花束を胸に抱えながら和んでしまった。
「おかえりなさい、ジェイド」
声を掛けると、ジェイドの優しい眼差しが此方に向いた。
「スノウ。寛いでくれたようですね。今日はどんな一日でしたか?」
「きょ」
「料理をしたわ!」
フローラ姫が代わりに答える。
「聞いて驚きなさい!スノウは小さい頃ひたすらイモの皮を剥く仕事をしていたのよ!その手捌きときたらあんたの料理人もびっくりの見事なものだったんだから!」
「そうですか……まさか、そんな!」
ジェイドは快くフローラ姫の発言に驚いて見せ、ちらりと私に視線を送る。
知られてしまったのは少し恥ずかしい気もするが、おかげで手先が器用になったことは数少ないよい経験でもあった為、幼稚かもしれないがやや誇らしい。
「本当ならそんなことさせちゃいけないんでしょうけど、姫様が止められなくて。すみませんね」
にこやかに言いながらロヴネル夫人が私の花束にも手を伸ばした。
「大丈夫ですよ。スノウさんの分は別の花瓶でそれだけお部屋に飾れるようにしますから」
「ありがとうございます」
私はジェイドから受け取った花束をロヴネル夫人に預けた。
三つの花束を抱えたロヴネル夫人が鼻歌を歌いながら扉の奥へと消えると、フローラ姫は無邪気な笑顔を浮かべて私の手を握った。
「!」
極自然なその触れ合いに驚きながら、私は心の奥にあたたかなぬくもりが生まれるのを感じた。
ダンスの授業中に互いの体に触れるのは普通のことだが、個人的に手を繋ぐなどということは今までなかった。親密な人間関係が齎す心地よさに私は眩暈がするほど嬉しくなる。
小さなフローラ姫の手を握り返す。
そして、ジェイドと三人で談笑する。
それぞれが立場に捉われない一人の人間として相手の笑顔に喜びながら他愛ない会話を楽しむ。
こんな時間、今までなかった。
私はジェイドが与えてくれたものの大きさに心底驚きながら、この束の間の幸せを余すところなく味わおうと心に決めた。
長くは続かない。
すぐに、私は現実に戻る。
スカーレイが帰ってきて、ヴィクターと結婚する。
私は貴族の忘れ形見である赤子の養母になり、フローラ姫の成長をお助けする。
生活の中で私は度々この日々を思い出すことになるだろう。
ジェイドの優しい微笑みが、声が、かけがえのない思い出として私の中で輝き続けるはずだ。
「……」
私はジェイドを見つめた。
絶えず喋り続けるフローラ姫に父性というより母性に近い優しさで応じているジェイドの穏やかな微笑みを、目に焼き付ける。
……ああ、私はこの人に惹かれているのだ。
ヴィクターに傅きながら心に誓った服従と愛が砕け散り、私自身が偽りの婚約者だったと理解する。自覚する。
でも欲張ってはいけない。
私は〝罪の子〟なのだから、普通の女の幸せなど望んではいけない。もう夢は見ない。
ジェイドは友達だ。
将来を約束された軍人。誠実で堅実な彼の人生を、私の罪で汚しはしない。
「なるべく壁と床を傷つけないよう気を付けてはいるのだけど……」
「ねえ、あんたも見てごらんなさいよ!スノウは綺麗よ?明日は家にいて私たちの踊ることろを見てなさいって!どうせ暇なんでしょ?ねえねえ!」
二階に上がってすぐの廊下は大きな窓から陽が射し込み、フローラ姫のお気に入りの場所になっていた。一部屋の物を片付けるより彫刻とランプを移すだけで楽だと言って、ジェイドの使用人が場所を空けてくれたのだ。午後はずっとそこで踊っていた。
「では、明日はお供します」
いとも簡単にジェイドが快諾する。
「えっ?」
「イヒヒ……」
驚いた私を、フローラ姫がにやりと見あげた。
その後ジェイドは当たり前と言えばそうなのだが私たちと夕食を共にした。それからフローラ姫がロヴネル夫人によって就寝を促されるまで共に寛いだ後、私を夜の散歩に誘った。
嬉しかった。
38
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
【完結】六歳下の幼馴染に溺れた夫。白い結婚を理由に離縁を申し立てたら、義弟(溺愛)に全力で求婚されました
恋せよ恋
恋愛
夫が愛でるのは、守ってあげたくなるような「可憐な少女」。
夫が疎むのは、正論で自分を追い詰める「完璧な妻」。
「シンシア、君はしっかりしているから、大丈夫だろう?」
六歳年下の幼馴染ジェニファー子爵令嬢を気遣う貴方。
私たちは、新婚初夜さえ済ませていないのよ?
完璧な家政、完璧な社交。私が支えてきたこの家から、
ニコラス、貴方って私がいなくなったらどうなるか……。
考えたこともないのかしら?
義弟シモンは、学生時代の先輩でもあるシンシアを慕い
兄ニコラスの態度と、幼馴染ジェニファーを嫌悪する。
泣いて縋るあざとい少女と、救世主気取りの愚かな夫。
そして、義姉であるシンシアを慕うシモン。
これは、誇り高き伯爵夫人、シンシアの物語である。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
【完結】愛とは呼ばせない
野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。
二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。
しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。
サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。
二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、
まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。
サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。
しかし、そうはならなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる