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回復した私には罪悪感に苛まれる暇もなかったけれど、後にレミア姫が私の為に祈ってくれたことを聞かされ涙せずにはいられなかった。
今は職務を全うするのみだ。
レロヴァス王国にとっては第六王子誕生であり、王子誕生の年として結婚以上に国を挙げてのお祝いとなる。
この王子については国籍や王位継承権などが議論されることにはなっているものの、祝福すべき王子誕生であることには変わりなく、通例と同じように祝宴が開かれる予定だ。
レミア姫と第六王子が人前に出るのは凡そ半年後になる。
お産から九日目に第六王子の名前が決定した。
両国の名前をそれぞれ持つ形のオーティス=ティウ王子は、今日も元気にレミア姫のお乳を飲んでいる。
「シンシア。あなたの結婚について考えないとね」
「……はい?」
レミア姫のお世話をしながらオーティス=ティウ王子の可愛い姿に釘付けだった私は、一瞬で我が身を省みさせられた。
レミア姫は可愛らしくも畏敬の念を抱かずにはいられない神秘的な母親然とした表情でオーティス=ティウ王子を見つめたまま、私に言った。
「結婚はいつでも好きな時にしたらいいとしても、子どもを産むとなったら私の侍女などという余計なことはさせられないでしょう?」
「よっ、余計なことなどと……そんな!」
愛おしそうに赤子をあやしながら、ふとレミア姫が真剣な目で私を一瞥する。
「〝そなたが命を産む時、そなたは神を纏う〟」
祭祀を執り行う時の口調で言われ、客観的になるほどと納得した。
私が自分の結婚をどう考えているかではなく、レミア姫が私の人生をどう考えているかという話なのだ。
「あの……レミア様。私は、レミア様に生涯お仕えしたく存じます」
「わかってるわ。私もそうしてほしい。あなたが好きだから。だからこそあなたから女の人生を奪おうとは思っていないの。あなたが身篭っている間は、あなたはお休みするのよ。だからあなたの代わりを務められるよう、侍医を教育してほしいの」
「……侍医を?」
レミア姫の考えによると、現段階である程度イゥツェル神教国の宗教観を理解している侍医の指示の下、オーティス=ティウ王子を取り上げた老齢の女官を一時的に侍女として起用したいのだそうだ。
「レミア様がそうお考えなのであれば、勿論、それでよろしいのですが……ただ、私にそのような予定は……」
「サヘルが嫌いか?」
祭祀を執り行う時の声音で問われると、違う意味でもぎくりとさせられる。
「い、いえ、そうではなくて……!」
サヘル王子とは深い絆を感じている。
愛されていると確信している。
けれど、私たちの間には身分差と国の問題がある。
そして私たちの間で具体的な話はしていない。
サヘル王子の口からも出ていない未来の話など、私が考えていいものではない。
そんな私の思いを見抜いていたかのように、レミア姫が威厳を湛えたまま少し優しい笑顔を浮かべた。
「サヘルは私の護衛だから生涯レロヴァス王国にいるのよ」
「え……」
「それに私の兄だから、私の許可なくしては求婚できないの。シンシアがサヘルを望むなら、サヘルは善き夫になるとこのレミアが約束するわ」
「……」
心より頭が先に反応する。
私は、改めて異国の王族を相手にしているのだと思い知らされた。
善きかな、善きかな……
心で古の祝辞が繰り返される。
「心配しないで。サヘルの妻になったからといって、イゥツェルの掟に縛られたりはしない。あなたの生き方を尊重するわ」
「レミア様……」
「でも身篭っている間のあなたは神を纏っているから、大切にさせて」
未だしていない結婚と、未だしていない妊娠について、此処で私の口から答えるのはとても腑に落ちないものだった。
少なくともサヘル王子と話し合ってから考えたい。
「シンシア、大好きよ」
レミア姫が赤子をあやす母親とは思えないほど可愛らしい笑顔を浮かべた。
「あなたが永遠の眠りに就くその日まで、あなたを守ると私は決めたの。サヘル以外の夫を持ってもそれは変わらない。サヘルが邪魔なら私が消すまでよ」
「はいっ!?」
改めて異国の姫君を相手にしているのだと、今、強烈に思い知らされた。
「〝そなたの意思をそなたの口から聞きたいのだ。そなたの想い人は、そなたが人生を共にしたいと思える相手か?〟」
「……」
「ばぁ」
オーティス=ティウ王子が可愛い声をあげる。
和んでいいのかわからず私は更に混乱してしまった。
私がサヘル王子と結婚する。
愛しい人と結ばれる──それは嬉しいことだ。願ってもない幸せだ。けれど望んでいい幸せかどうか、昨日までの私には判断できなかった。判断を許される身分ではないと思っていた。
併し、サヘル王子の国では、そうではないようだ。
「……」
私の想いは許されている。
望んでもいいのだと、今、理解した。
「〝サヘル様を愛しています〟」
レミア姫の目をまっすぐに見つめ、想いを告げる。
それが愛する人の親族に前もって許可を得る行為ではなく、神に自身の愛を宣言し誓う行為に当たると、私は正確に理解している。
「〝そうか〟」
レミア姫が優しく微笑み、頷いた。
そのまま赤子をあやしにかかるレミア姫が、私には途方もなく神々しく見えた。
今は職務を全うするのみだ。
レロヴァス王国にとっては第六王子誕生であり、王子誕生の年として結婚以上に国を挙げてのお祝いとなる。
この王子については国籍や王位継承権などが議論されることにはなっているものの、祝福すべき王子誕生であることには変わりなく、通例と同じように祝宴が開かれる予定だ。
レミア姫と第六王子が人前に出るのは凡そ半年後になる。
お産から九日目に第六王子の名前が決定した。
両国の名前をそれぞれ持つ形のオーティス=ティウ王子は、今日も元気にレミア姫のお乳を飲んでいる。
「シンシア。あなたの結婚について考えないとね」
「……はい?」
レミア姫のお世話をしながらオーティス=ティウ王子の可愛い姿に釘付けだった私は、一瞬で我が身を省みさせられた。
レミア姫は可愛らしくも畏敬の念を抱かずにはいられない神秘的な母親然とした表情でオーティス=ティウ王子を見つめたまま、私に言った。
「結婚はいつでも好きな時にしたらいいとしても、子どもを産むとなったら私の侍女などという余計なことはさせられないでしょう?」
「よっ、余計なことなどと……そんな!」
愛おしそうに赤子をあやしながら、ふとレミア姫が真剣な目で私を一瞥する。
「〝そなたが命を産む時、そなたは神を纏う〟」
祭祀を執り行う時の口調で言われ、客観的になるほどと納得した。
私が自分の結婚をどう考えているかではなく、レミア姫が私の人生をどう考えているかという話なのだ。
「あの……レミア様。私は、レミア様に生涯お仕えしたく存じます」
「わかってるわ。私もそうしてほしい。あなたが好きだから。だからこそあなたから女の人生を奪おうとは思っていないの。あなたが身篭っている間は、あなたはお休みするのよ。だからあなたの代わりを務められるよう、侍医を教育してほしいの」
「……侍医を?」
レミア姫の考えによると、現段階である程度イゥツェル神教国の宗教観を理解している侍医の指示の下、オーティス=ティウ王子を取り上げた老齢の女官を一時的に侍女として起用したいのだそうだ。
「レミア様がそうお考えなのであれば、勿論、それでよろしいのですが……ただ、私にそのような予定は……」
「サヘルが嫌いか?」
祭祀を執り行う時の声音で問われると、違う意味でもぎくりとさせられる。
「い、いえ、そうではなくて……!」
サヘル王子とは深い絆を感じている。
愛されていると確信している。
けれど、私たちの間には身分差と国の問題がある。
そして私たちの間で具体的な話はしていない。
サヘル王子の口からも出ていない未来の話など、私が考えていいものではない。
そんな私の思いを見抜いていたかのように、レミア姫が威厳を湛えたまま少し優しい笑顔を浮かべた。
「サヘルは私の護衛だから生涯レロヴァス王国にいるのよ」
「え……」
「それに私の兄だから、私の許可なくしては求婚できないの。シンシアがサヘルを望むなら、サヘルは善き夫になるとこのレミアが約束するわ」
「……」
心より頭が先に反応する。
私は、改めて異国の王族を相手にしているのだと思い知らされた。
善きかな、善きかな……
心で古の祝辞が繰り返される。
「心配しないで。サヘルの妻になったからといって、イゥツェルの掟に縛られたりはしない。あなたの生き方を尊重するわ」
「レミア様……」
「でも身篭っている間のあなたは神を纏っているから、大切にさせて」
未だしていない結婚と、未だしていない妊娠について、此処で私の口から答えるのはとても腑に落ちないものだった。
少なくともサヘル王子と話し合ってから考えたい。
「シンシア、大好きよ」
レミア姫が赤子をあやす母親とは思えないほど可愛らしい笑顔を浮かべた。
「あなたが永遠の眠りに就くその日まで、あなたを守ると私は決めたの。サヘル以外の夫を持ってもそれは変わらない。サヘルが邪魔なら私が消すまでよ」
「はいっ!?」
改めて異国の姫君を相手にしているのだと、今、強烈に思い知らされた。
「〝そなたの意思をそなたの口から聞きたいのだ。そなたの想い人は、そなたが人生を共にしたいと思える相手か?〟」
「……」
「ばぁ」
オーティス=ティウ王子が可愛い声をあげる。
和んでいいのかわからず私は更に混乱してしまった。
私がサヘル王子と結婚する。
愛しい人と結ばれる──それは嬉しいことだ。願ってもない幸せだ。けれど望んでいい幸せかどうか、昨日までの私には判断できなかった。判断を許される身分ではないと思っていた。
併し、サヘル王子の国では、そうではないようだ。
「……」
私の想いは許されている。
望んでもいいのだと、今、理解した。
「〝サヘル様を愛しています〟」
レミア姫の目をまっすぐに見つめ、想いを告げる。
それが愛する人の親族に前もって許可を得る行為ではなく、神に自身の愛を宣言し誓う行為に当たると、私は正確に理解している。
「〝そうか〟」
レミア姫が優しく微笑み、頷いた。
そのまま赤子をあやしにかかるレミア姫が、私には途方もなく神々しく見えた。
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