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宣言した瞬間から心構えはできていた。
廊下の向こうからサヘル王子が歩いてくる。自惚れではなく、恐らく唐突な求婚が始まるだろうと予感した私は、そうと悟られないよう口を動かした。
「〝失踪ししゃ〟あっ、ん゛ん゛ぁ……〝失踪司書司祭発見中〟」
真剣な場面で妙な発言をしたくないという思いから予め準備をと思ったけれど、緊張でやはり舌が乱れた。
「こんな言い易いわけないわ……あ、〝失踪司祭司書発見中〟……言えたわね。舌なんてないのよ」
「シンシア!」
やや遠くから呼び掛けられ、私は軽く会釈をして応じる。
待ち構えていたというような浅ましい姿を晒してはならないと思うのは、傲慢すぎるだろうか。
「シンシア」
早足で向かって来たサヘル王子が真剣な表情で私の真正面に立つ。
「はい」
「愛してる」
「はい」
「結婚しよう」
「はい」
流暢な言葉で勢いよく求婚され、非常に美しい流れで即答していた。
「本当か?」
「はい」
「ありがとう!」
抱きしめられた。
全くロマンチックではなかったけれど、サヘル王子の腕の中で私は幸福感に満たされた。笑顔が溢れる。サヘル王子の背中に腕を回すと、思わず子どものように力を込めて抱きついてしまった。
今日まで、気持ちが通っていた。
ただ答えだけがなかった。
互いに見つめ合った私たちは、同じ喜びと同じ熱を瞳に宿し、言葉もなく唇を重ねた。
そして幸せなキスの合間に私もサヘル王子の国の言葉で思いを伝える。
「〝愛しています、サヘル様〟」
「シンシア、そなたの想い、後悔はさせぬ」
「〝はい。きっとそうだと信じております〟」
温かな抱擁や眩しい笑顔はサヘル王子の少年らしさや可愛い一面を強調している。
けれど、頼れる逞しさや人格の備わった善き人であることもまた、共に過ごした月日が証明してくれていた。
その信頼に早速応えてくれるサヘル王子である。
「シンシア。そなたの国の作法に則って、そなたの満足する結婚をしよう。だが万が一、気後れしている場合に備えて敢えて今の内に言わせてもらう」
「〝なんでしょう?〟」
私の心には一欠けらの不安もない。
サヘル王子は真剣な表情でありながらも、恐らくは私を緊張させない為に努めて優しい口調で続ける。
「そなたがイゥツェル神教国第二王子の妃としてイゥツェル神教国流の神職に就きたい場合、それは所謂修行を経た結果による。辛い修行になる上、恐らく力量は適わないだろう。年月が違う。そなたが望むなら共に試練の道を歩むと誓うが、こちらから強制はしない」
厳格な宗教国家であるイゥツェル神教国の王子の妃となるのだから、本来ならばその重圧は凄まじいものだっただろう。
けれど、私はその覚悟が必要ないと身を以て理解していた。
私はレロヴァス王国の一貴族。
結婚をしたからという理由くらいでイゥツェル神教国の神聖な存在になれるはずがない。
「〝私は妃の務めがあるのならそれを全うしたいとは思いますが、遠く及ばぬ存在であることは理解しております。そして、できましたら、レミア様に一生仕えたく存じます〟」
私が正直に答えると、サヘル王子は安堵したような笑みを洩らし、すぐに嬉しそうに目を細めた。
「ああ、それがいい。俺も一生、妹の護衛だ。共に歩もう」
「〝はい。サヘル様、命ある限り、あなたと共に〟」
想いを伝えあい、将来を誓いあう。
そして微笑みを交わし、抱擁の中でキスを交わす。
確かな愛を感じつつそうしていながらも、私の頭の片隅ではどうしてもその疑念を無視できなかった。
私は少し、自分でも意外なほど甘える素振りでサヘル王子の胸に頬を摺り寄せながら、制御できず尋ねてしまった。
「〝私、きちんと言えたかしら〟」
「ああ。しかと聞いた」
サヘル王子が力強く応じてくれる。
彼の優しさによって、たとえ私が酷い滑舌であったとしてもそう答えてくれただろうとは思う。
けれど、私の不安も受け止めてくれる絶大な安心感は、抱擁と同じくらいに私を包み込んでくれる。
私は未熟で、至らぬ者だ。
本来は王族の妃など務まらない、只の真面目なだけの、多少語学に心得があるだけの一貴族。
それでも、心が通い合い、愛が育まれ、互いに掛け替えのない存在になった。
私たちの愛が容認される両国の友好関係があってこその幸せだ。幸せという感情とはまた別の、一種の幸運に恵まれているのだと思わずにはいられない。
レミア姫とファロン王子の結婚がなければ、出会わなかった私たち。
レミア姫の存在が女主の域を遥かに超え、どの女神にも喩える必要がない程に神聖であるという確信が芽生えてしまう。
信仰に近い敬愛を抱き、その相手に仕える人生は私によく合っている。
愛する人と、仕える主。
両者に巡り会わされた私は幸せ者だ。
誰と比べる必要もない、私の愛すべき人生が此処にある。
命ある限り。
私は愛する人たちの傍で、その幸せを祈り続ける。
サヘル王子の腕の中で私は、幸福な人生に深く感謝し、熱く込み上げる想いに少しだけ涙した。
サヘル王子の鼓動を、誰よりも近くで聞きながら……
廊下の向こうからサヘル王子が歩いてくる。自惚れではなく、恐らく唐突な求婚が始まるだろうと予感した私は、そうと悟られないよう口を動かした。
「〝失踪ししゃ〟あっ、ん゛ん゛ぁ……〝失踪司書司祭発見中〟」
真剣な場面で妙な発言をしたくないという思いから予め準備をと思ったけれど、緊張でやはり舌が乱れた。
「こんな言い易いわけないわ……あ、〝失踪司祭司書発見中〟……言えたわね。舌なんてないのよ」
「シンシア!」
やや遠くから呼び掛けられ、私は軽く会釈をして応じる。
待ち構えていたというような浅ましい姿を晒してはならないと思うのは、傲慢すぎるだろうか。
「シンシア」
早足で向かって来たサヘル王子が真剣な表情で私の真正面に立つ。
「はい」
「愛してる」
「はい」
「結婚しよう」
「はい」
流暢な言葉で勢いよく求婚され、非常に美しい流れで即答していた。
「本当か?」
「はい」
「ありがとう!」
抱きしめられた。
全くロマンチックではなかったけれど、サヘル王子の腕の中で私は幸福感に満たされた。笑顔が溢れる。サヘル王子の背中に腕を回すと、思わず子どものように力を込めて抱きついてしまった。
今日まで、気持ちが通っていた。
ただ答えだけがなかった。
互いに見つめ合った私たちは、同じ喜びと同じ熱を瞳に宿し、言葉もなく唇を重ねた。
そして幸せなキスの合間に私もサヘル王子の国の言葉で思いを伝える。
「〝愛しています、サヘル様〟」
「シンシア、そなたの想い、後悔はさせぬ」
「〝はい。きっとそうだと信じております〟」
温かな抱擁や眩しい笑顔はサヘル王子の少年らしさや可愛い一面を強調している。
けれど、頼れる逞しさや人格の備わった善き人であることもまた、共に過ごした月日が証明してくれていた。
その信頼に早速応えてくれるサヘル王子である。
「シンシア。そなたの国の作法に則って、そなたの満足する結婚をしよう。だが万が一、気後れしている場合に備えて敢えて今の内に言わせてもらう」
「〝なんでしょう?〟」
私の心には一欠けらの不安もない。
サヘル王子は真剣な表情でありながらも、恐らくは私を緊張させない為に努めて優しい口調で続ける。
「そなたがイゥツェル神教国第二王子の妃としてイゥツェル神教国流の神職に就きたい場合、それは所謂修行を経た結果による。辛い修行になる上、恐らく力量は適わないだろう。年月が違う。そなたが望むなら共に試練の道を歩むと誓うが、こちらから強制はしない」
厳格な宗教国家であるイゥツェル神教国の王子の妃となるのだから、本来ならばその重圧は凄まじいものだっただろう。
けれど、私はその覚悟が必要ないと身を以て理解していた。
私はレロヴァス王国の一貴族。
結婚をしたからという理由くらいでイゥツェル神教国の神聖な存在になれるはずがない。
「〝私は妃の務めがあるのならそれを全うしたいとは思いますが、遠く及ばぬ存在であることは理解しております。そして、できましたら、レミア様に一生仕えたく存じます〟」
私が正直に答えると、サヘル王子は安堵したような笑みを洩らし、すぐに嬉しそうに目を細めた。
「ああ、それがいい。俺も一生、妹の護衛だ。共に歩もう」
「〝はい。サヘル様、命ある限り、あなたと共に〟」
想いを伝えあい、将来を誓いあう。
そして微笑みを交わし、抱擁の中でキスを交わす。
確かな愛を感じつつそうしていながらも、私の頭の片隅ではどうしてもその疑念を無視できなかった。
私は少し、自分でも意外なほど甘える素振りでサヘル王子の胸に頬を摺り寄せながら、制御できず尋ねてしまった。
「〝私、きちんと言えたかしら〟」
「ああ。しかと聞いた」
サヘル王子が力強く応じてくれる。
彼の優しさによって、たとえ私が酷い滑舌であったとしてもそう答えてくれただろうとは思う。
けれど、私の不安も受け止めてくれる絶大な安心感は、抱擁と同じくらいに私を包み込んでくれる。
私は未熟で、至らぬ者だ。
本来は王族の妃など務まらない、只の真面目なだけの、多少語学に心得があるだけの一貴族。
それでも、心が通い合い、愛が育まれ、互いに掛け替えのない存在になった。
私たちの愛が容認される両国の友好関係があってこその幸せだ。幸せという感情とはまた別の、一種の幸運に恵まれているのだと思わずにはいられない。
レミア姫とファロン王子の結婚がなければ、出会わなかった私たち。
レミア姫の存在が女主の域を遥かに超え、どの女神にも喩える必要がない程に神聖であるという確信が芽生えてしまう。
信仰に近い敬愛を抱き、その相手に仕える人生は私によく合っている。
愛する人と、仕える主。
両者に巡り会わされた私は幸せ者だ。
誰と比べる必要もない、私の愛すべき人生が此処にある。
命ある限り。
私は愛する人たちの傍で、その幸せを祈り続ける。
サヘル王子の腕の中で私は、幸福な人生に深く感謝し、熱く込み上げる想いに少しだけ涙した。
サヘル王子の鼓動を、誰よりも近くで聞きながら……
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