幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

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新鮮で感動的な新生活に一つだけ小さな滲みが落とされたのは、グレース妃の出産予定日も四ヶ月後に迫ったある晴れた冬の日のことだった。

三ヶ所の昇降椅子も完成し、グレース妃の他、ミルク入りの甕や調度品の運搬にも活用されている。
私も何度か乗せてもらい、その乗り心地には笑いが止まらなかった。巨大な面白い玩具みたいで。
しかもこの昇降椅子は奇術師の提案で稼働中にオルゴールが美しい曲を奏でるのだ。
侍女頭のウォリロウ侯爵夫人まで微笑ませた。

二ヶ月後には、祖母と母親から技術と叡智を叩き込まれた産婆令嬢も到着する。

全てが完璧だった、その日。
マシューから手紙が届いた。

「……」

気が乗らないわけでも、期待したわけでもない。
ただ元婚約者として、私は手紙に目を通すべき存在だったというだけだ。

「……」

マシューからの手紙には心の篭った謝罪の言葉だけが綴られていた。
言い訳や驕り、そしてあの一方的な性格批判は一切なかった。

私を傷つけたことや、私がマシューの思う程強く完璧ではないことを理解してもらえたと、私が納得するには充分な手紙だった。
言ってもらいたかった言葉が全て書かれていた。

彼は本来、優しい人だ。
私は、私を誤解したまま責め立てて一方的に婚約破棄を叩きつけられたことが心残りだった。

終わってしまったけれど、本当の私を理解してくれたという事実は、幾らか私の心の傷を癒してくれた。
彼によって刻まれた心の傷は、次の結婚で塞げるかもしれない。
ただ、癒せるのは彼だけだとわかっていた。
薬になるのは、彼の、気づきだけだと……

「……はぁ」

全て、幻だったらいいのに。
一連の出来事が全て、なかったらいいのに。

信頼し、手を取り合い、笑い合い、語り合い……その全ての時間が優しさに包まれていた。
うまくいっていた期間、私は確かに、幸せだった。

でもマシューには、私の他にも大切な存在がいたのだ。
それは男女の愛という意味では裏切りに値しないかもしれないけれど、マシューは、ハリエットと分け合わなくてはいけない存在だった。
そんな夫は、やはり要らない。

──魂で結ばれておりますので

あの中年間近の平民の真面目でロマンチックな男が言うように、私にも、そんな相手がいたらいいのに。

マシューとの心のわだかまりが一種の解決を迎えた事実は、歓迎すべきことだった。
ところが思いの他、寂しさが私を苛んだ。

敵である間、マシューは私の一部だった。
目を逸らすべき怒りという存在として、私の一部だったのだ。

私はマシューを完全に失った。

本当に、私の結婚は打ち壊され、未来もまた、壊されて消えて無くなってしまった。

私は独りぼっちだ。

「今更なんなの?腹立たしい。私たちの大切なレイチェルを悲しませるなんて、この手で八つ裂きにしてやりたいわ」

膨らんだお腹を愛しそうに撫でながら、グレース妃が怒りをぶちまける。

「ああ……そんな顔しないで、レイチェル。任せて。私が切り刻んで燃やして灰にしてあげる」
「……」
「手紙をよ。本人じゃない」

そんな義憤にかられる愛妻をクリストファー殿下が目尻を下げて愛しそうに眺めている。
勿論、毛先を回して。
その毛先が手の甲に触れた瞬間、グレース妃が吠えた。

「レイチェルは愛していたのよ!だから悲しいの!なにを笑っているの!?」
「グレース様。落ち着いてください。殿下は、グレース様の優しさに心を和まされ微笑まれているだけです。私を笑っているのではありません」

思いの他、マシューとの破談が今になって私を落ち込ませている。
元気が出ない……

「無神経に手紙なんて寄こしてレイチェルの心の傷をほじくり返して……!」

グレース妃は元気。
爆発しそうな力を抑え込んで震えている。
私の為に。

光栄だわ……

「殿下、お腹の子に障ります。レイチェルはグレース様との生活ですっかり立ち直りました。一時的な感傷です。相手にするまでもありません。小者です」

侍女頭ウォリロウ侯爵夫人はいつも頼りになる。
私は縋る思いでウォリロウ侯爵夫人を見上げた。ウォリロウ侯爵夫人は眉を顰めた。

「あなたじゃなくコルボーン伯爵家の馬鹿息子が小者だと言ったんです。しゃきっとしなさい。何のために此処にいるの?」

私への叱責も忘れない。
優しくされるより、此方の方が体面も保てるし元気も沸いてくるというものだ。

私はその日の夜、グレース妃とクリストファー殿下の目の前で、マシューからの謝罪の手紙を自らの手で破り、暖炉へと放り込んだ。メラメラ燃えた。

「その意気よ!」

グレース妃がご機嫌を取り戻したので、この件は全て丸く収まった……かに思えた。

これ以降、グレース妃の出産までに六通の謝罪の手紙が届いたのだ。
内容は私への謝罪と、私のための祈りの言葉。
誰の目に晒しても誠実な謝罪の手紙である。

問題は、送り主がマシューで、受け取るのが私ということだけ。

「……」

苛々してきた。
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