幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

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次期コルボーン伯爵と称しても何ら違和感のない働きを見せてくれたマシューが作った防衛設備は、ゴールトン=コリガンに充分な修繕の時間と心の余裕をも齎してくれた。

王国の英雄であるフィンリー侯爵の一団が絶えず睨みを効かせてくれており、そもそもゴールトン=コリガン辺境伯領の兵士たちも強いので、いざ戦闘となっても恐れる必要はない。
必ずこの地を守り抜くだろう。

私たち女は戦場へ立つ予定はないものの、砦の修繕や、それに駆り出された男たちの代わりに日々の務めを果たしたり、それこそ大量に消費されていく食事の用意をしている。

身重の私は民を励ます目的で城下町を練り歩き、これが妊婦として良い散歩にもなっている。
ちょっと作業を手伝おうとしようものなら全方位から止められ、いくら私がやりたいと言っても通用しない。
侍女たち、モイラ含む女騎士団、そして民の中の誰かの妻や母や娘たち。ゴールトン=コリガンの女たちは強かった。

私の姿を目に映すだけで目を輝かせ明るい表情を見せてくれる民たちに私は愛しさを感じ、日々それは大きくなっていった。

そんなある日、民への励ましを口実にした散歩、或いは妊婦の散歩を口実にした応援の見回りから帰った私たちをパンディアーニが髭を揉みつつ待っていたので、少し驚き微妙に空気が張り詰めた。

パンディアーニは私にとても優しい髭もじゃ老戦士といえるけれど、基本的にはトレヴァーと一緒にいる。私が息子たちといれば、息子たちと遊ぶためにやってくる。
私個人に会いに来ることは、それほど多くなかった。

「奥様」
「何かあったの?」
「妙な男が来ています」
「……?」

妙な男?
私は、自身の貞操を疑われている可能性は皆無と確信した上で、ある一人の人物を思い出した。勿論、国王付首席近侍マクシームである。あれほど奇妙な男性はいない。

「貴族?」
「いえ、平民です」

でも、先代のゴールトン=コリガン辺境伯に仕えたパンディアーニほどの人物が、マクシームの存在を知らないということが果たしてあるだろうか。

腑に落ちず、お腹を摩りながら暫し思案していた私の耳に思わぬ名前が飛び込んで来た。

「ウォルトン・ヴェゼンティーニという男です」
「!」

ああ、ウォルトン!

「男、女、子ども、全部で十八人。一族のようです」
「命の恩人よ!」
「ええっ?」

私は自ずと笑顔が浮かび、頼りになる水力技師たちとの再会に心が躍った。
侍女たち、女騎士団、そしてパンディアーニを引き連れて向かった先は応接室でもなければ広間でもなく、庭園だった。

そこには何かを組み立てている水力技師たちと、水遊びを楽しむ息子二人とそれを見守る夫の姿があった。
乳母は困惑している。

「国王陛下ご自慢の、教皇宮殿前の広場の噴水を作った一族よ」
「ほぉう。あ、確かにそんなことを……」
「レイチェル様!」

ウォルトンが私に気づき、溌溂とした笑顔で駆け寄ってくる。
トレヴァーが一度息子たちから視線を外し、私を見て軽く手をあげた。私は頷いて応え、トレヴァーの目は再び息子たちを見つめた。

「おめでたですね!こんな時ですが、お祝いから言わせてください」
「ありがとう」

ゴールトン=コリガン辺境伯領は落雷に興じて進軍を決めた二国から宣戦布告を受けている。
確かに危機ではあるものの、修繕は順調に進み、却って以前より強固な防衛設備まで整っているというのが実情だ。

ウォルトンが跪き、私のお腹に向かって頭を垂れ、祝福の祈りを呟いた。
そしてすぐ立ち上がった。

「レイチェル様の嫁がれた地が危機と聞いて、丁度よい奴らを見繕って駆けつけたんですが、さすがに遠くて遅くなってしまいました」
「いいのよ。来てくれてありがとう。早速、息子たちの水遊びの何かを作ってくれたのね」

小さな噴水と大きな浴槽を組み合わせたような、小ぶりな施設に目を注ぐ。

「はい。石の方が頑丈ですが、今回は取り急ぎ木で作って釉を塗ります。あいつが従姉の婿なんですが……」

示された男性を見ると、確かにヴェゼンティーニ一族とは顔の造りが違った。

「ジェレミアという彫刻家で、いい仕事をするんです。で、俺たちが何をするかというと……」

今回、ヴェゼンティーニ一族が造ったのは、謂わば血の噴水。
二国からの宣戦布告を逆手に取り、侵攻してきた片方の軍に、既にもう片方の軍が壊滅しかけていると錯覚させる風景を造り上げたのだ。

これはマシュー発案の組み立て式投石器という移動式防壁の外側に作られた広範囲に渡るオブジェで、要は兵士に見える人型の像から血しぶきのような赤い噴水が吹き上げるというものだった。

人型の像をジェレミアとその弟子二人が粘土で大量生産し、水路と仕掛けをウォルトンたちヴェゼンティーニ一族の水力技師が造った。
女たちは肥料になる赤黒い液体を〝血の桶〟で作り続け、ひたすら水路に流し込む。子どもたちはそれを手伝っていた。

遠目から見て、非常に恐ろしい戦場に見える物々しいオブジェだった。
ウォルトン率いるヴェゼンティーニ一族によって作られた〝血の噴水〟は、事実、侵攻の足を止めることとなる。

そして足が止まったところへマシューの投石器が巨大な石を投げ込んだ。
本来、城壁を崩す為に用いられる投石器も、組み立て式であるが故に多少小ぶりだったけれど、それは対歩兵型、対騎馬兵型として作られているからだった。

それでも攻め込んで来た敵国の兵もいた。
併しフィンリー侯爵の一団とゴールトン=コリガンの屈強な兵士たちによって、民も城壁も守られた。

宣戦布告した二国は、それほど粘る姿勢も見せず、其々あっさりと手を引いたのだった。
マシューによって増設されたペダル式振り払い棒や矢の発射装置はその役目を果たす機会もなく、新しく誂えられた専用の倉庫に収納された。

「坊ちゃんも頑張りましたが、ほぼ奥様の人徳による援軍に追い返してもらったようなものですね」
「坊ちゃんと呼ぶな」

パンディアーニとトレヴァーの他愛ない会話を以て防衛戦争は終結し、再び、平和が訪れたのだった。
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