幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~

希猫 ゆうみ

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激戦によって勝利を収めるような戦いではなかった。
流れた血のほとんどが〝血の噴水〟による作り物で、多少の負傷者を出したものの戦死者を一人も出さずに国境を守り抜いた形になる。奇跡だ。

これを祝い、盛大な祝宴が催された。

「国王陛下とマクシームが申し上げます」

何処に隠れて待機していたのか、祝宴の初日の夕方には国王付首席近侍マクシームが到着。

「我が王国の勇敢な戦士たちよ、あなた方の勇気と忍耐、そして知恵に感謝しています。この防衛戦争において、あなた方の指導と献身は我々の王国を守り平和を齎しました。あなた方の勝利は、我々全員の勝利です。祝福された日を記念し、我々はあなた方の名前を刻み、勲章を授けます。国王陛下、万歳。ゴールトン=コリガンに栄光あれ」

第二の生ける英雄と称えられたマシューは悉く遜り、讃えられる度に硬い笑顔で応じている。

このマクシームと入れ違いになる形でモードリンも到着。
目尻と口元の皴も美しく見せる貴婦人は、ゴールトン=コリガンの女たちを労う様々な品を持ち込んで民を元気付けた。

「安全になってからやってきてごめんなさいね。レイチェル様」
「いいのよ、来てくださって本当にありがとう。皆とても喜んでいるわ」

ドレスに宝石に化粧品。
そして極めつけはモードリンの美容法。

これには無口なアイラも大興奮である。
人生最高のお洒落をしてフィンリー侯爵と熱い視線を交わしている。

モードリンは女たちだけではなく、子どもたちの為に莫大な私財を携えて来ていた。戦争孤児の全員を引き受け、養育する決意だったのだという。
併し、幸いにも今回の防衛戦争では戦死者がおらず、危惧した悲しい子どもたちもいなかった。

「エルウィンちゃま~♪」

気楽になったモードリンは私の下の息子に夢中。
かといって、ダニエルに興味がないわけでもなかった。

「ダニエル様ね……」

私と同じ、特別な想いを抱いている。
私は話を聞いたに過ぎないけれど、モードリンは本人と面識がある。彼女の性格を考えれば、きっと、いつものように、小さなウォリロウ侯爵令息を溺愛したはずだ。

私がウォリロウ侯爵夫人、親愛なるキャサリンへの敬愛を込めて、その名前を受け継いだ。
ウォリロウ侯爵夫人は手紙で喜びを伝えてくれるとともに、私の息子ダニエルには名前の由来を告げないことを望んでいた。落馬事故を恐れたり、過ぎ去った死の運命に惑わされないように。

モードリンの優しさに幾許かの悲しみが潜んでいるのを、幼いダニエルは敏感に感じ取ったようだった。
ダニエルは真顔でモードリンを抱きしめ、小さな手でその背中を熱心に撫でていた。

だからモードリンからウォリロウ侯爵夫人の手紙を手渡されたのは、極めて自然な成り行きだったように思う。

「……!」

いつもの、心温まる挨拶。
手に取るように伝わる近況。
艱難に立ち向かうゴールトン=コリガンへの激励と祈り。

その中に、驚くべき事実がそっと書き添えられていた。

「……」

正直、忘れていた名前だった。
私にとって、もう忘れてしまった過去だった。

かつて私から当時婚約していたマシューを奪い去り、思えば私の命さえ狙った、ハリエット。
彼女が落雷により絶命したという。

「神様は見ていらっしゃったのね」

私が何に衝撃を受けたのか悟ったモードリンが、静かに呟いた。
私は手紙を胸に寄せ、一旦、その死を悼み、マシューを想った。

知っていたはずだ。
手紙には日付が記されている。

マシューは大切な幼馴染の非業の死を知った上で、こちらに駆けつけ、寡黙に、謙虚に、王国の危機を救った。
それは私個人への情とは考え難い。
国王陛下の命によるものだったのだ。

それでも、マシューがハリエットを喪いながらも黙したまま私の傍に来たことは、私にとって大きな意味があった。
失った人生の一部が、蘇ったような、不思議な感覚だった。

だからといって今更マシューとどうこうということはない。
私が愛しているのはトレヴァーで、マシューに男女の愛を感じることはない。

別れの日、私はマシューを追いかけ、呼び止めた。
マシューは身重の私が小走りで近寄ったのを心底驚き、若干蒼褪めつつ戻ってきた。

「は、は、走らないで……!」
「マシュー。あなたに、お悔やみを……」
「……」

すぐにハリエットの話だと気づき、マシューが表情を変える。
そこに哀しみはなかった。けれど、私は無情とは思わなかった。マシューの中で片付いている感情について、私は何かを言及する立場にはいない。

マシューが静かに言った。

「君の言葉が届けばよかった」
「……」

マシューにも、ハリエットにも。
そういう意味でとらえ、さすがに感傷的過ぎるだろうと思い直した。

過去は変えられない。
ハリエットについて、私には責任がない。マシューにも。

マシューにお悔やみを伝えるのは間違っていた。
私は、こう言いたかったのだ。

「来てくれて、ありがとう。あなたが傍にいてくれて心強かった」

マシューが静かに微笑む。
見たこともない、穏やかで深い、そして少し遠い、微笑み。

「役に立ててよかったよ」
「素晴らしい働きだったわ。あなた、こんなに頭がよかったのね」
「ははっ」

マシューが声を出して笑った。
それで少し、昔の面影が見えた。

「今度は女の子かな」

唐突にマシューが話題を変える。
今を生きる、優しく賢い旧友の瞳が、私の腹部にそっと労わりの視線を注ぐ。

「どうかしら。そんな気はしないのだけれど」

私はお腹を撫でながら笑顔で答えた。

マシューは、私の健康と幸せを祈っているという言葉を残し、フィンリー侯爵と共にゴールトン=コリガン辺境伯領を発った。
フィンリー侯爵はアイラとの婚約の為に五日後に引き返して来たけれど、マシューは二度と戻らなかった。


時が経ち、三人目の息子フェリクスが産まれた。
安産だった。

フェリクス・パンディアーニが天寿を全うしたのはその四年後、アイラが遠くの地でフィンリー侯爵令息を産んだ半年後のことだった。
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