恐ろしい仮面の王妃様 ~妹に婚約者を奪われた私が国王陛下に愛されています~

希猫 ゆうみ

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「婚約おめでとう、フィオナ」

泣き腫らした目元が落ち着いた翌日、私は妹に声を掛けた。
今まで通りの姉妹関係を壊さないように、努めて冷静に微笑んだ。

「……!」

フィオナはあからさまに私を避け、目を逸らし走り去った。

「……」

虚しさというより呆れが胸を突く。
宙を見つめ私は失笑した。

私の婚約者であったフランクリン様の求婚を受け、嬉しそうに笑い声をあげていたというのに、私を前にすると逃げるだなんて度胸がなさ過ぎて怒る気にもなれない。

私が妹に抱いたのは失望だった。
仲の良かった姉妹、幸せな家族であったはずなのに、完全に壊れてしまったと認めざるを得ない。

婚約破棄されても誇りを失わず、気品を保ち、凛として妹を祝福するグレンフェル伯爵令嬢イデア。
私は静かな微笑みをたたえ淡々と日々を過ごしている。

「イデア」

ある時、廊下を歩いていると、父に名を呼ばれた。
振り向くと、父は父で私を探していたわけではなく、通りがかりに偶然見つけて声を掛けただけであると体の向きで察する事ができた。

「なんでしょう」
「お前のウェディングドレスを燃やすよう下男に命じた」

ああ、なるほど。
そういうお話ですか、お父様。

「わかりました」
「一応伝えておいた」
「ええ。伺いました」
「いいな?」
「承知しました」
「聞き分けがよくて助かる。それでこそ私の娘だ」

私は会釈してその場を後にする。

色の無い毎日を送りながら、一日、また一日と妹の結婚が近づいてくる。
あれきりフィオナは徹底して私を避けている。変に追いかけて話しかけるのも馬鹿馬鹿しい。

別々の生活リズムとはいえ朝から浮かれている等の騒がしさは感じ取れるため、アロイシャス侯爵家の馬車が前庭に停まろうと、そこからフランクリン様が颯爽と下り立とうと、そしてその馬車に着飾ったフィオナが乗り込もうと、何ら疑問は抱かない。

心を殺し、感情を殺し、私は聞き訳のいいイデアで居続けた。

凡そ2ヶ月。
じわじわと異変は現れる。

最初それは左のふくらはぎから始まった。
そら豆ほどの赤い斑点がいつのまにかできていて、痛みも痒みもなく、私は気にしなかった。それしきの事で心は動かなかったといった方が正しい。

しかし謎の斑点は忽ち範囲を広げ、腿を這いあがり、腰に及び、手首を回り、背中を渡り、首筋に現れ、やがて顔の左側を醜く覆った。

まるで巨大な蛇に巻き付かれたかのように、赤い斑点が私を穢していた。

ああ、これは心の血だ。
無理に塞いだ心の傷から溢れる事を許されなかった血が、こうして皮膚に現れたのだ。

私は自らを納得させ、いつも通り過ごそうとした。
妹はそれを許さなかった。

久しぶりに部屋に訪ねて来たかと思えば、妹は気まずそうに目を伏せて言う。

「お姉様、お願いだから結婚式には参列なさらないで」
「……」
「お母様はうつらないと仰るけれど、もしもの事があるし……気持ち悪いの。ごめんなさい」

妹がやっと発した謝罪の一言は、私の体を嫌悪し存在そのものを拒絶するものだった。

「ああ、そう」

私はそれだけ言うと衣装箪笥を漁り、ありったけのベールと手袋をベッドの上にぶちまけた。その間に妹は逃げ去った。

恨むまでもない。

醜い私を愛する人など現れない。
人前に出る事さえ叶わない私は既に死人も同然。

妹の結婚式など論外だ。
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