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その夜。
素晴らしい美容クリームをあの忌々しい中年鷲鼻男から享受したという現実に私の手は戦慄いた。
「なんなの……!?この瑞々しさ、尋常じゃないわ……!!」
赤い斑点があった部分には、顔も体も薬として渡された方の臭いクリームを塗っている。
しかし顔の右半分は今まで通りの私の肌であり、今まで通りの手入れで満足してきた。その常識が覆された。
興奮でしばらく寝付けずにいたものの、明日からの重責を背負う密命に想いを馳せ、集中して睡眠に落とし込んだ。
翌朝。
起床と同時に教育係イデアとして行動を始める。
私は愛人ではない。
愛人の部屋で寝起きしていようとも。
詰襟の黒いドレスに、黒いベール付きの帽子を被る。
ベールは顔半分が現れるように真珠があしらわれたピンで留め、酷い肌荒れにも見える半分には黒いレースの影が落ちるよう整えた。
鏡を覗き込む。
「……」
私は厳しい教育係イデア。
平民上がりのシャーロット姫を隣国王家に嫁がせるため躾け直す。
強く、厳しく。
────コンコン。
「イデア。支度はできたかな?」
キャタモールが扉の向こうで血縁者らしい親しさを声に込め、私を呼んだ。
「はい、すぐに参ります」
私は媚びを売らない。
厳しい教育係に他者への甘えは似合わない。
煌びやかな廊下へ出ると、キャタモールは肩眉を上げて笑った。
「凄まじい気合いだ。感心感心」
そして腕を組むよう促してきたので、無言で拒絶し、やがて並んで歩き出す。
国王陛下との謁見。
間違いなく謁見の間に通されると思い込んでいた私は、王族の住まう棟の一角、日当たりのいい小さな小部屋に案内され驚いた。
そこでは椅子に腰かけた国王エルズワース3世陛下と、円卓を挟んで壁際に立つシャーロット姫、その傍らで円卓に手を突き項垂れる青年──王太子カール殿下の三人だけが、重苦しい沈黙を共有していた。
「陛下」
「来たか、キャタモール」
初老に差し掛かった国王陛下は、苦悩を湛える嗄れた声で宮廷医師を呼んだ。
「参りました」
「その女が、お前の言う教育係か」
「はい。遠縁の娘でイデアと申します。イデア、ご挨拶を」
私が完璧なカーテシーの後、一歩進み出た時。
王太子カール殿下が顔を上げた。
「……」
まるで午睡の最中に敵の存在を察知した獅子のように、その精悍な美しい王子は強い眼力で私を見据える。
私は国王陛下に目を移し、更に深く頭を垂れた。
「この度は誉れ高い御役目を頂き、誠に感謝申し上げます。イデアでございます。命を懸けてシャーロット様をお助けする覚悟でございます」
「……っ」
壁際に貼り付いていたシャーロットが喉を詰まらせる。
予想に反し気弱で細身の少女がすっかり委縮しているのを一目見て、私は自分が勘違いしていた事に気づいた。
平民上がりだから、手が付けられない程に粗暴な娘なのかと思っていた。
違う。現実はもう少し厄介だ。
嫌がる村娘を無理矢理、一国の姫に作り直さなければならない。
しかもその後で隣国に嫁がせるのだ。
追い詰めて自棄を起こされないよう加減しなくてはいけない。
ただ厳しくするだけでは拗れる。
「イデア」
国王陛下に名前を呼ばれるのが初めてであっても、感慨は試練の前に霞んでしまう。
しかし現実に引き戻された。
国王陛下は支配者の声で私に命じる。
「シャーロットを立派な姫に仕上げ、隣国王子に嫁がせるのだ。心して掛かれ」
「畏まりました」
「……っ」
シャーロットがすすり泣きを始め、私は静かに目を閉じた。
心を乱れさせてはいけない。簡単ではない事くらいわかっていたはずだ。
まずはそれをシャーロットにわからせなければならない。
素晴らしい美容クリームをあの忌々しい中年鷲鼻男から享受したという現実に私の手は戦慄いた。
「なんなの……!?この瑞々しさ、尋常じゃないわ……!!」
赤い斑点があった部分には、顔も体も薬として渡された方の臭いクリームを塗っている。
しかし顔の右半分は今まで通りの私の肌であり、今まで通りの手入れで満足してきた。その常識が覆された。
興奮でしばらく寝付けずにいたものの、明日からの重責を背負う密命に想いを馳せ、集中して睡眠に落とし込んだ。
翌朝。
起床と同時に教育係イデアとして行動を始める。
私は愛人ではない。
愛人の部屋で寝起きしていようとも。
詰襟の黒いドレスに、黒いベール付きの帽子を被る。
ベールは顔半分が現れるように真珠があしらわれたピンで留め、酷い肌荒れにも見える半分には黒いレースの影が落ちるよう整えた。
鏡を覗き込む。
「……」
私は厳しい教育係イデア。
平民上がりのシャーロット姫を隣国王家に嫁がせるため躾け直す。
強く、厳しく。
────コンコン。
「イデア。支度はできたかな?」
キャタモールが扉の向こうで血縁者らしい親しさを声に込め、私を呼んだ。
「はい、すぐに参ります」
私は媚びを売らない。
厳しい教育係に他者への甘えは似合わない。
煌びやかな廊下へ出ると、キャタモールは肩眉を上げて笑った。
「凄まじい気合いだ。感心感心」
そして腕を組むよう促してきたので、無言で拒絶し、やがて並んで歩き出す。
国王陛下との謁見。
間違いなく謁見の間に通されると思い込んでいた私は、王族の住まう棟の一角、日当たりのいい小さな小部屋に案内され驚いた。
そこでは椅子に腰かけた国王エルズワース3世陛下と、円卓を挟んで壁際に立つシャーロット姫、その傍らで円卓に手を突き項垂れる青年──王太子カール殿下の三人だけが、重苦しい沈黙を共有していた。
「陛下」
「来たか、キャタモール」
初老に差し掛かった国王陛下は、苦悩を湛える嗄れた声で宮廷医師を呼んだ。
「参りました」
「その女が、お前の言う教育係か」
「はい。遠縁の娘でイデアと申します。イデア、ご挨拶を」
私が完璧なカーテシーの後、一歩進み出た時。
王太子カール殿下が顔を上げた。
「……」
まるで午睡の最中に敵の存在を察知した獅子のように、その精悍な美しい王子は強い眼力で私を見据える。
私は国王陛下に目を移し、更に深く頭を垂れた。
「この度は誉れ高い御役目を頂き、誠に感謝申し上げます。イデアでございます。命を懸けてシャーロット様をお助けする覚悟でございます」
「……っ」
壁際に貼り付いていたシャーロットが喉を詰まらせる。
予想に反し気弱で細身の少女がすっかり委縮しているのを一目見て、私は自分が勘違いしていた事に気づいた。
平民上がりだから、手が付けられない程に粗暴な娘なのかと思っていた。
違う。現実はもう少し厄介だ。
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しかもその後で隣国に嫁がせるのだ。
追い詰めて自棄を起こされないよう加減しなくてはいけない。
ただ厳しくするだけでは拗れる。
「イデア」
国王陛下に名前を呼ばれるのが初めてであっても、感慨は試練の前に霞んでしまう。
しかし現実に引き戻された。
国王陛下は支配者の声で私に命じる。
「シャーロットを立派な姫に仕上げ、隣国王子に嫁がせるのだ。心して掛かれ」
「畏まりました」
「……っ」
シャーロットがすすり泣きを始め、私は静かに目を閉じた。
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まずはそれをシャーロットにわからせなければならない。
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