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17(ティナ)
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「いやああぁぁぁっ!やめてぇっ!助けてぇっ!!ジュリアン!ジュリアン!!」
私は声の限りに叫ぶ。
朝の静けさを引き裂くように。
「やめてぇっ!いやあぁっ!」
叫びながら自分の手で力いっぱい頬を叩き、髪を掻き毟り、泣き喚く。
「ジュリアン助けてぇぇぇっ!!」
しばらくそんな事をしていると、ランプがあちこちで灯り人が集まってきた。血相を変えて飛んでくる貴族の教員や令息令嬢を見ていると笑いそうになったけれど、そんな馬鹿な真似はしない。
私は力なく木陰に倒れた。
「どうしました……!?」
既に身支度を整えていたレフトウィッチ学長が一早く駆け寄って来る。
「……!」
私はあからさまに怯え、女の教員か上級生が現れるまで待った。やがて花嫁修業でダンスレッスンを担当しているどこかの伯爵夫人が私の傍に跪いて抱き起こす。私は彼女にしがみ付いた。
「一体何が起こったの?怪我をしているじゃないの。大丈夫?」
「あ、あの人……っ」
「あの人?誰のこと?」
私は集まった人垣を裂いてジュリアンが現れたのを見て更に泣きじゃくる。
「ティナ!」
駆け寄ってきたジュリアンが跪いて私を抱きしめた。
「どうしたんだ?何があった?」
「聞いても答えないのよ」
「なんたること……由々しき事態だ……」
これは暴力事件。
そう見えるように熱演した。
ジュリアンが私の髪を撫でながら顔を覗き込んでくる。
私は泣きじゃくりながら声を絞り出す。
「あの人……あなたを奪った仕返しに……私を……っ」
「え?なんだって?」
ジュリアンが声を潜める。
私は怯えながらも勇気を振り絞るふりをする。
「あの人って?誰のことだ?ティナ」
「……エレノアよ」
「え?」
ジュリアンが凍り付く。
辺りが一瞬静まり返り、すぐにざわついた。全員が私に注目し、私の話に耳を傾けている。
「……エレノアが、私を恨んで……男の人を雇って襲わせたの」
決定的な醜聞。
私は心の奥底で快感に浸り笑いを押し殺す。
これでもうエレノアは終わりだ。
ジュリアンも私から離れられなくなる。
その、はずだったのに……
「なんと馬鹿げたことを」
レフトウィッチ学長が呆れた様子で零し、枯れた枝のような手で集まった人々を追い払い始めた。
「……?」
さっきまで私を抱きかかえていた教員の伯爵夫人も、苛立った様子でそっぽを向いてしまう。
そしてジュリアンまでが、抱擁を解いた。
「ジュリアン……!」
信じられないことが起きた。
追いすがる私の手をジュリアンは払い除けたのだ。
そして言った。
「エレノアはそんなことしない」
「そんな……!」
私は縋った。
私がこんなに頑張って準備したのに、私を信じないなんて想定外だ。
「私を疑うの……!?こんなに傷つけられたのに!!」
「お前がそんな女だったなんて……」
ジュリアンが蒼白い顔をして頭を抱えている。
「信じて、ジュリアン!あの女にやられたのよ!」
「黙れ!エレノアを侮辱するな!!」
「ジュリアン!!」
視線が集まる。
でもそれは私が意図した、欲していた視線とは全く違う。
嘘……
この私が、失敗するなんて……
「ジュリアン私を見て!こんなにされたのよ!?」
「黙りなさいティナ・ハーフェン!」
レフトウィッチ学長が声を荒げた。
普段温和な老いた学長は死神さながら私を見下ろす。
「我がフェグレン王立学園の警備は外部からあなたが付き合うようなゴロツキを紛れ込ませるほど緩くはない。馬鹿にするのもいい加減にしたまえ」
「……そんな……」
「それに、ウェリントン伯爵令嬢がどんな人物かはジュリアンでなくともわかっている。あなたに貴族の世界は早かったようだな」
「……間違っています……あの人を、庇うなんて……っ」
「学長」
別の声が割り込んできて、私たちは揃って声の主の方に目を向けた。
マクダウェル侯爵令息だ。
「……」
分が悪いと認めざるを得なかった。
マクダウェル侯爵令息は学長と話しながら塔のひとつを見上げ指差している。中庭から見あげることのできる四つの塔。そこから、もし、私の一部始終を見ていたとしたら……
例えマクダウェル侯爵令息が嘘をついていたとしても、留年で特別扱いを受けているくらいだから、彼の言葉を学長は無条件に信じるだろう。
「……」
あそこから見ていたなんて……
「すべて彼女の自作自演です」
マクダウェル侯爵令息が周囲にも聞こえるよう声を張った。
近くではジュリアンが項垂れている。
私に集まる囁きも視線も、全てが私を蔑み責めていた。
「……ジュリアン」
私の声は虚しく震え、二度と彼と目が合うことさえなかった。
私は退学処分を受けた。
無情だとは思う。でも貴族の令息令嬢が集まる王立学園にはもう、私の居場所は残されていなかった。
私は声の限りに叫ぶ。
朝の静けさを引き裂くように。
「やめてぇっ!いやあぁっ!」
叫びながら自分の手で力いっぱい頬を叩き、髪を掻き毟り、泣き喚く。
「ジュリアン助けてぇぇぇっ!!」
しばらくそんな事をしていると、ランプがあちこちで灯り人が集まってきた。血相を変えて飛んでくる貴族の教員や令息令嬢を見ていると笑いそうになったけれど、そんな馬鹿な真似はしない。
私は力なく木陰に倒れた。
「どうしました……!?」
既に身支度を整えていたレフトウィッチ学長が一早く駆け寄って来る。
「……!」
私はあからさまに怯え、女の教員か上級生が現れるまで待った。やがて花嫁修業でダンスレッスンを担当しているどこかの伯爵夫人が私の傍に跪いて抱き起こす。私は彼女にしがみ付いた。
「一体何が起こったの?怪我をしているじゃないの。大丈夫?」
「あ、あの人……っ」
「あの人?誰のこと?」
私は集まった人垣を裂いてジュリアンが現れたのを見て更に泣きじゃくる。
「ティナ!」
駆け寄ってきたジュリアンが跪いて私を抱きしめた。
「どうしたんだ?何があった?」
「聞いても答えないのよ」
「なんたること……由々しき事態だ……」
これは暴力事件。
そう見えるように熱演した。
ジュリアンが私の髪を撫でながら顔を覗き込んでくる。
私は泣きじゃくりながら声を絞り出す。
「あの人……あなたを奪った仕返しに……私を……っ」
「え?なんだって?」
ジュリアンが声を潜める。
私は怯えながらも勇気を振り絞るふりをする。
「あの人って?誰のことだ?ティナ」
「……エレノアよ」
「え?」
ジュリアンが凍り付く。
辺りが一瞬静まり返り、すぐにざわついた。全員が私に注目し、私の話に耳を傾けている。
「……エレノアが、私を恨んで……男の人を雇って襲わせたの」
決定的な醜聞。
私は心の奥底で快感に浸り笑いを押し殺す。
これでもうエレノアは終わりだ。
ジュリアンも私から離れられなくなる。
その、はずだったのに……
「なんと馬鹿げたことを」
レフトウィッチ学長が呆れた様子で零し、枯れた枝のような手で集まった人々を追い払い始めた。
「……?」
さっきまで私を抱きかかえていた教員の伯爵夫人も、苛立った様子でそっぽを向いてしまう。
そしてジュリアンまでが、抱擁を解いた。
「ジュリアン……!」
信じられないことが起きた。
追いすがる私の手をジュリアンは払い除けたのだ。
そして言った。
「エレノアはそんなことしない」
「そんな……!」
私は縋った。
私がこんなに頑張って準備したのに、私を信じないなんて想定外だ。
「私を疑うの……!?こんなに傷つけられたのに!!」
「お前がそんな女だったなんて……」
ジュリアンが蒼白い顔をして頭を抱えている。
「信じて、ジュリアン!あの女にやられたのよ!」
「黙れ!エレノアを侮辱するな!!」
「ジュリアン!!」
視線が集まる。
でもそれは私が意図した、欲していた視線とは全く違う。
嘘……
この私が、失敗するなんて……
「ジュリアン私を見て!こんなにされたのよ!?」
「黙りなさいティナ・ハーフェン!」
レフトウィッチ学長が声を荒げた。
普段温和な老いた学長は死神さながら私を見下ろす。
「我がフェグレン王立学園の警備は外部からあなたが付き合うようなゴロツキを紛れ込ませるほど緩くはない。馬鹿にするのもいい加減にしたまえ」
「……そんな……」
「それに、ウェリントン伯爵令嬢がどんな人物かはジュリアンでなくともわかっている。あなたに貴族の世界は早かったようだな」
「……間違っています……あの人を、庇うなんて……っ」
「学長」
別の声が割り込んできて、私たちは揃って声の主の方に目を向けた。
マクダウェル侯爵令息だ。
「……」
分が悪いと認めざるを得なかった。
マクダウェル侯爵令息は学長と話しながら塔のひとつを見上げ指差している。中庭から見あげることのできる四つの塔。そこから、もし、私の一部始終を見ていたとしたら……
例えマクダウェル侯爵令息が嘘をついていたとしても、留年で特別扱いを受けているくらいだから、彼の言葉を学長は無条件に信じるだろう。
「……」
あそこから見ていたなんて……
「すべて彼女の自作自演です」
マクダウェル侯爵令息が周囲にも聞こえるよう声を張った。
近くではジュリアンが項垂れている。
私に集まる囁きも視線も、全てが私を蔑み責めていた。
「……ジュリアン」
私の声は虚しく震え、二度と彼と目が合うことさえなかった。
私は退学処分を受けた。
無情だとは思う。でも貴族の令息令嬢が集まる王立学園にはもう、私の居場所は残されていなかった。
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