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第一話『幼馴染』
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「ただいま」
玄関を開けてそう声を落とすが、迎えてくれる人がいるわけではない。
忙しい両親に家を出た兄。今の瑛は半一人暮らし状態だ。
自宅は学校からバスで二十分ほど揺られ、さらに最寄りのバス停から十分ほど歩いた場所にある。
分譲マンションで、相楽家とは隣同士。
両家の交流は瑛や悠斗が生まれるずっと前に遡る。
両親たちがお互いに第一子――瑛の兄と悠斗の姉たち――を連れ、このファミリー向けマンションに引っ越してきたのが同じ頃。そしてよっぽど馬が合ったのか、ふた家族はすぐに意気投合したらしい。
その後、偶然にも同級生として誕生し家族に加わった瑛と悠斗は、生まれた時からずっと一緒だった。
保育園から高校までまるきり一緒に進学したので、名実ともに腐れ縁の幼馴染なのである。
自室に向かい、部屋の中に鞄を放り込んだ瑛はまず洗面所へ行き手を洗う。それからキッチンの冷蔵庫に向かうと、扉を開けて中身を確認した。
「うーん、なんとかいけるかな」
インゲンかサヤエンドウが欲しかったが、ストックが切れてたので今日は割愛することにする。
一旦自室に入り着替えを済ませ、恐らく悠斗と一緒にやることになる宿題の準備まで終えると、エプロンを引っ掛けてキッチンに立った。
時計を見ると時刻は16時過ぎ。
ボウルに集めたじゃがいも、にんじん、玉ねぎを調理台へ並べ、順番に包丁を入れて行く。
瑛の両親はテレビ関係の職についていて、いわゆる業界人というやつだ。
「テレビ関係の人」というと、やれ深夜残業はお手のものでなかなか家に帰れないなどと労働基準法に抵触すれすれの生態が世間一般のイメージとして定着しているが、事実それはほとんど現実で、瑛の両親は本当に滅多に家に帰ってくることがなかった。
バラエティ番組を中心にディレクター業をしている父とドラマプロデューサーの母は、そこそこのキャリアを積んでこの数年、ほぼ休みなく働いている。
時々瑛が在宅している時間帯に、久しぶりの帰宅を果たすこともあるが、生きる屍状態であることが多く、廊下やリビングのソファで倒れていてぎょっとさせられることがしょっちゅうだった。
さすがに母は、瑛が中学を卒業するまでは仕事をセーブしていたが、高校進学を期に本格復帰して以降は華麗にザ・業界人にカムバックしたので、両親それぞれの行き倒れ現場にこの数年でもう何度遭遇したかわからない。
もはや人生の大半を会社もしくは仕事現場で過ごしている両親をもって、寂しい思いをしたことがないと言えば嘘になるが、それでもテレビ番組のクレジットに両親の名前を見つければ素直に誇らしい気持ちになった。
そんな両親だが、常にそばにいない代わりに愛情表現はストレートでとても豊かだった。
二人とも忙しい合間を縫って、一日一度は必ず連絡をくれるし、父親は主に『今にも死にそうな自分』をテーマにした自撮り画像を頼んでもいないのに通話アプリの家族グループに投下してくる。
その画像に毎回大袈裟に反応してみせるのは、七つ歳上の兄だ。
世界市場の荒波に乗る証券マンとなった兄は、社会人になると同時に家を出て、現在は社員寮で一人暮らしをしている。
今では体の空いた週末や、長期の休みになると実家に時折顔を出す。
「基本的にみんな個人主義なんだよな」
と家族の面々の顔を思い浮かべた瑛は、戸棚から鍋を出しながらひとりごちる。
もちろん瑛自身その個人主義かつ個性的な部分を少なからず継承しているのだが──実際にこうしてマイペースに生活しているのは悪くはないと思っている──しかし瑛としては「それに比べて自分は普通」という自己評価だった。
身長は平均よりも少し高いが、よく言う中肉中背というスタイルで、勉強の出来はまあ普通。
運動神経は悪くはないが飛び抜けているわけでもなく、歌は下手でも特別上手くもない。
趣味は映画鑑賞と読書と無難だし、女子にモテないこともないのだが、交際経験は中学時代にほんの少しあるだけ。
つまり、ザ・凡人である。
唯一胸を張って特技と言えるのは料理だけだ。
一度食べた味は大抵再現できるし、段取り通りに物事を進める作業が性に合っているのだと思う。
生きるために必要なスキルでもあったが、いつからか料理をしている時間そのものが好きになっていたし、それを美味しいと食べてくれる人がいればより張り合いが出るというものだ。
ふと帰り際の期待混じりのきらきらな視線を思い出して、「よし」と腕まくりをすると、熱した鍋に油を引いて基本レシピよりも少し多めの豚肉を炒めはじめる。
高校生男子二人の腹を満たすため、なかなかに贅沢な使い方だ。
火が通った豚肉を一度取り出して、今度は野菜類を豚肉の油を絡めながら炒めていく。
適度な焼き色がついたら料理酒と水を加え、冷凍庫からブロック状に凍っただし汁を取りだして鍋へと落とす。
煮汁がふつふと沸いたら、豚肉を戻してしらたきを放り込み、目分量で調味料を加え味見をすれば、あとは落とし蓋をして煮含めるだけだ。
瑛が平凡な高校生をやれているのは、両親の努力の他に、悠斗の存在も大きく関係していると思う。
実は悠斗の家も、瑛と似たり寄ったりの環境だった。
国内を中心に活躍していたカメラマンの父と、お抱えの芸能人を多数持つスタイリストの母。
悠斗とは八つ離れた姉二人が社会人となり、一人息子が高校生になったのをきっかけに、カメラマンの父は「世界で勝負したい」と日本を飛び出し、はたからみても悠斗父を溺愛していた悠斗母は、当然の如くそれについていった。
今では蔵川家宛に季節のハガキがまめに届き、悠斗母が頻繁に更新するSNSで相変わらず仲睦まじい二人の様子が伺える。
そして今の悠斗が出来あがったのには、八つ上の双子の姉たちの存在がかなり大きい。
すれ違う人全てが振り返ってしまうような美貌の持ち主で、二人は揃って国際線の客室乗務員をしている。
スタイリストであった母の影響もあってか、この姉たちにとって悠斗は生まれた時から恰好の着せ替え人形だった。
姉弟の母もそれを止めることはせずに、幼い頃などは美人三姉妹として世間に通っていたのをよく覚えている。
そんな姉二人の存在が、今の悠斗のアイデンティティの一部となっているのは間違いない。
今では彼女たちもすでに家を出ているので、相楽家は正真正銘悠斗の一人暮らしだ。
そんなこんなで、図らずしも同じような時期に一人暮らし状態となった瑛と悠斗は、自然とお互いの家をより頻繁に行き来するようになっていった。
「あ、忘れてた」
鍋の中の野菜にしっかり火が通ったころ、セットしていた炊飯器のスイッチを慌てて入れた。
落とし蓋を少し持ち上げて、
「やっぱり何か緑が欲しいな」
とひとりごち、冷蔵庫を漁る。
野菜室からほうれん草の束を取り出すと、ボウルに放り込んだ。
鍋にたっぷりの湯を沸かし、よく洗ったほうれん草を根の方からゆっくりとくぐらせていく。
一煮立ちさせて引き上げ、冷水に晒しておひたしにした。
「あとは……豆腐とひじきでいいか」
密封容器にある常備菜を確認して、豆腐の薬味に添える生姜をすりおろして、小ねぎと大葉を刻んでおけば、とりあえず今日の献立の準備は一通り完了だ。
休憩しよう、とテレビのニュース番組を付けて、合間に淹れたカフェオレを片手にソファに腰を下ろす。
先ほどスイッチを入れた炊飯器から軽い音を立てて蒸気が吹き上がり始めた頃に、インターフォンが鳴った。
玄関を開けてそう声を落とすが、迎えてくれる人がいるわけではない。
忙しい両親に家を出た兄。今の瑛は半一人暮らし状態だ。
自宅は学校からバスで二十分ほど揺られ、さらに最寄りのバス停から十分ほど歩いた場所にある。
分譲マンションで、相楽家とは隣同士。
両家の交流は瑛や悠斗が生まれるずっと前に遡る。
両親たちがお互いに第一子――瑛の兄と悠斗の姉たち――を連れ、このファミリー向けマンションに引っ越してきたのが同じ頃。そしてよっぽど馬が合ったのか、ふた家族はすぐに意気投合したらしい。
その後、偶然にも同級生として誕生し家族に加わった瑛と悠斗は、生まれた時からずっと一緒だった。
保育園から高校までまるきり一緒に進学したので、名実ともに腐れ縁の幼馴染なのである。
自室に向かい、部屋の中に鞄を放り込んだ瑛はまず洗面所へ行き手を洗う。それからキッチンの冷蔵庫に向かうと、扉を開けて中身を確認した。
「うーん、なんとかいけるかな」
インゲンかサヤエンドウが欲しかったが、ストックが切れてたので今日は割愛することにする。
一旦自室に入り着替えを済ませ、恐らく悠斗と一緒にやることになる宿題の準備まで終えると、エプロンを引っ掛けてキッチンに立った。
時計を見ると時刻は16時過ぎ。
ボウルに集めたじゃがいも、にんじん、玉ねぎを調理台へ並べ、順番に包丁を入れて行く。
瑛の両親はテレビ関係の職についていて、いわゆる業界人というやつだ。
「テレビ関係の人」というと、やれ深夜残業はお手のものでなかなか家に帰れないなどと労働基準法に抵触すれすれの生態が世間一般のイメージとして定着しているが、事実それはほとんど現実で、瑛の両親は本当に滅多に家に帰ってくることがなかった。
バラエティ番組を中心にディレクター業をしている父とドラマプロデューサーの母は、そこそこのキャリアを積んでこの数年、ほぼ休みなく働いている。
時々瑛が在宅している時間帯に、久しぶりの帰宅を果たすこともあるが、生きる屍状態であることが多く、廊下やリビングのソファで倒れていてぎょっとさせられることがしょっちゅうだった。
さすがに母は、瑛が中学を卒業するまでは仕事をセーブしていたが、高校進学を期に本格復帰して以降は華麗にザ・業界人にカムバックしたので、両親それぞれの行き倒れ現場にこの数年でもう何度遭遇したかわからない。
もはや人生の大半を会社もしくは仕事現場で過ごしている両親をもって、寂しい思いをしたことがないと言えば嘘になるが、それでもテレビ番組のクレジットに両親の名前を見つければ素直に誇らしい気持ちになった。
そんな両親だが、常にそばにいない代わりに愛情表現はストレートでとても豊かだった。
二人とも忙しい合間を縫って、一日一度は必ず連絡をくれるし、父親は主に『今にも死にそうな自分』をテーマにした自撮り画像を頼んでもいないのに通話アプリの家族グループに投下してくる。
その画像に毎回大袈裟に反応してみせるのは、七つ歳上の兄だ。
世界市場の荒波に乗る証券マンとなった兄は、社会人になると同時に家を出て、現在は社員寮で一人暮らしをしている。
今では体の空いた週末や、長期の休みになると実家に時折顔を出す。
「基本的にみんな個人主義なんだよな」
と家族の面々の顔を思い浮かべた瑛は、戸棚から鍋を出しながらひとりごちる。
もちろん瑛自身その個人主義かつ個性的な部分を少なからず継承しているのだが──実際にこうしてマイペースに生活しているのは悪くはないと思っている──しかし瑛としては「それに比べて自分は普通」という自己評価だった。
身長は平均よりも少し高いが、よく言う中肉中背というスタイルで、勉強の出来はまあ普通。
運動神経は悪くはないが飛び抜けているわけでもなく、歌は下手でも特別上手くもない。
趣味は映画鑑賞と読書と無難だし、女子にモテないこともないのだが、交際経験は中学時代にほんの少しあるだけ。
つまり、ザ・凡人である。
唯一胸を張って特技と言えるのは料理だけだ。
一度食べた味は大抵再現できるし、段取り通りに物事を進める作業が性に合っているのだと思う。
生きるために必要なスキルでもあったが、いつからか料理をしている時間そのものが好きになっていたし、それを美味しいと食べてくれる人がいればより張り合いが出るというものだ。
ふと帰り際の期待混じりのきらきらな視線を思い出して、「よし」と腕まくりをすると、熱した鍋に油を引いて基本レシピよりも少し多めの豚肉を炒めはじめる。
高校生男子二人の腹を満たすため、なかなかに贅沢な使い方だ。
火が通った豚肉を一度取り出して、今度は野菜類を豚肉の油を絡めながら炒めていく。
適度な焼き色がついたら料理酒と水を加え、冷凍庫からブロック状に凍っただし汁を取りだして鍋へと落とす。
煮汁がふつふと沸いたら、豚肉を戻してしらたきを放り込み、目分量で調味料を加え味見をすれば、あとは落とし蓋をして煮含めるだけだ。
瑛が平凡な高校生をやれているのは、両親の努力の他に、悠斗の存在も大きく関係していると思う。
実は悠斗の家も、瑛と似たり寄ったりの環境だった。
国内を中心に活躍していたカメラマンの父と、お抱えの芸能人を多数持つスタイリストの母。
悠斗とは八つ離れた姉二人が社会人となり、一人息子が高校生になったのをきっかけに、カメラマンの父は「世界で勝負したい」と日本を飛び出し、はたからみても悠斗父を溺愛していた悠斗母は、当然の如くそれについていった。
今では蔵川家宛に季節のハガキがまめに届き、悠斗母が頻繁に更新するSNSで相変わらず仲睦まじい二人の様子が伺える。
そして今の悠斗が出来あがったのには、八つ上の双子の姉たちの存在がかなり大きい。
すれ違う人全てが振り返ってしまうような美貌の持ち主で、二人は揃って国際線の客室乗務員をしている。
スタイリストであった母の影響もあってか、この姉たちにとって悠斗は生まれた時から恰好の着せ替え人形だった。
姉弟の母もそれを止めることはせずに、幼い頃などは美人三姉妹として世間に通っていたのをよく覚えている。
そんな姉二人の存在が、今の悠斗のアイデンティティの一部となっているのは間違いない。
今では彼女たちもすでに家を出ているので、相楽家は正真正銘悠斗の一人暮らしだ。
そんなこんなで、図らずしも同じような時期に一人暮らし状態となった瑛と悠斗は、自然とお互いの家をより頻繁に行き来するようになっていった。
「あ、忘れてた」
鍋の中の野菜にしっかり火が通ったころ、セットしていた炊飯器のスイッチを慌てて入れた。
落とし蓋を少し持ち上げて、
「やっぱり何か緑が欲しいな」
とひとりごち、冷蔵庫を漁る。
野菜室からほうれん草の束を取り出すと、ボウルに放り込んだ。
鍋にたっぷりの湯を沸かし、よく洗ったほうれん草を根の方からゆっくりとくぐらせていく。
一煮立ちさせて引き上げ、冷水に晒しておひたしにした。
「あとは……豆腐とひじきでいいか」
密封容器にある常備菜を確認して、豆腐の薬味に添える生姜をすりおろして、小ねぎと大葉を刻んでおけば、とりあえず今日の献立の準備は一通り完了だ。
休憩しよう、とテレビのニュース番組を付けて、合間に淹れたカフェオレを片手にソファに腰を下ろす。
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