愛され幼馴染はときどきオオカミ

あさつき

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第二話『日常と非日常』

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 鍵を外してドアを開けると、ハンガーに掛かったままのワイシャツを胸に抱えた悠斗がひょこっと顔を覗かせた。
 
「うわぁ~いい匂い!」
 
 玄関に顔を突っ込みながら開口一番そう言った悠斗は、次にふと瑛を眺めてくすくすと笑う。
 
「僕、アキちゃんがお母さんのエプロンを躊躇なくつけてる姿大好きだよ」
 
「え? ああ……」
 
 その指摘に、思わず首から下を見下ろした。
 すっかり外すのを忘れていたエプロンは肩にフリルがついているし、全面にやたらと豪奢な赤い薔薇がデカデカと踊っている。
 エプロンなんて機能性第一だし、こうしたことに日頃から無頓着なので、誰に何を言われても動じないのだが、間違いなく自分よりもこのエプロンが似合うであろう悠斗に指摘されるのは少しだけ気恥ずかしい。
 
 脱ごうかなと思って肩紐を引っ張ると「いいよいいよ、そのままで。素敵だから」と悠斗は肩を揺らして、「お邪魔しまーす」とローファーを脱ぎ、瑛の脇をさっさとすり抜けて行いく。
 
「これ部屋に掛けてもいい? とりあえず着替えちゃおうかな」

 そう言って家の中を勝手知ったる風に立ち回る姿はずいぶん見慣れたものになった。
 悠斗の着替え一式が部屋に置かれるようになったのはいつからだろうなどとぼんやりと思う。

「ご飯炊けるのにもう少しかかるけど、先に風呂入る?」

 そう言うと、洗面所から「そうするー!」と大きな声が上がった。
 すぐにキッチン横にあるパネルのお湯はりボタンを押すと、

「アキちゃんはどうする? いっしょに入る?」

 レースのハンカチで手を拭いながらリビングにやって来た悠斗は、そう言ってにやりと笑った。

「うーん、それは今度でいいや」

「そう言って今度があった試しがないんですけど~!」

「そうだっけ?」
 
 と適当に返事をしながら肉じゃがの味見をしていると、「本当につれないなぁ~」とソファにふんぞりかえる悠斗が見えた。





 ダイニングテーブルに向かい合って座り、「いただきます」と挨拶を済ませると悠斗はすぐに肉じゃがに箸を伸ばす。
 
「おいしい~! アキちゃんの料理はいつも美味しいけど、特に和食は絶品だよね。なんでこんな美味しいんだろう。やっぱり出汁? 週末にこつこつと引いてる出汁のおかげ?? 本当にお鍋ごと食べられそう」
 
 頬に手を当てながらうっとりと言われればこちらの顔も自然と緩む。
 美容にうるさい悠斗だが、代謝に関しては男子高校生のそれで、食事制限などは一切せずに下手をすれば瑛よりもよく食べる。
 見た目の可憐さを裏切らない箸遣いの綺麗さだが、茶碗からみるみるうちに白米が消えていく様子は見ていていっそ気持ちがよかった。

「そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」
 
「本当に美味しいんだよ! アキちゃんの想像してる五百倍は美味しいから!」

「ちゃんと味見してから出してるけど」

「そういう意味じゃなくて……!」
 
 前のめりに意気込む悠斗に「わかってるよ、ありがとう」と苦笑を返せば、「ほんとにわかってるのかなぁ~」などと言われる。
 
「アキちゃんは殊勝だよね。もっと天狗になってもいいのに。いや、でもそこがアキちゃんのすごくいいところなんだけど」
 
「そう?」
 
「そうだよ~。アキちゃんって全然オラついてないもん。優しいよね。だから女子にモテるんだ」
 
「悠斗に言われてもあんまピンとこない」と小さく肩を竦めると、悠斗は呆れたようにため息をついた。
 副菜を順に口に運んでから「あーあ」としみじみと言う。
 
「アキちゃんをお嫁さんにするか、アキちゃんのお嫁さんになりたいな」
 
「え?」
 
「それが叶うならこの際どっちだっていいや。だってこの豆腐の上の薬味のバランス、僕のために考えられたとしか思えないもん……なんでこんな絶妙なの? もう一生アキちゃんのごはんを食べて生きていきたい。これをおふくろの味にする」
 
「支離滅裂だぞ。それに、そんなこと言ったらあかりさんが悲しむだろ」
 
「ほら~またそうやって優しい! そんなこと言うから母さんだってどこまでもつけあがるんだからね! そういう天然は今すぐやめてください」
 
「悠斗ってほんと愉快だよな。一緒に居ると全然飽きなくてびっくりするよ。いつもありがとな」
 
「もー! だからーー!!」

 箸を握りしめて叫んだ悠斗は、自棄になったように次々と皿を平らげていった。





 その後は悠斗の最新ゴシップトークが花開き、どこから仕入れてくるのか、という情報を聞くともなく聞いていた。
 テーブルの上があらかた片付いたところでふと悠斗に訊ねる。

「泊まってく?」
 
「もち。何のためにシャツ持参で来たと思ってるの」

 まぁ想像はしてたけど、と言いながら立ち上がり、シンクに食器を下げる。

「布団敷くか」
 
「いいよベッドで」
 
「いいよって俺のだぞ」
 
「別にいいじゃん。一緒に寝ようよ」
 
「悠斗寝相悪いんだもん」
 
「ひどいっ」

 泣き真似をした悠斗だったが、瑛が水栓レバーを引くと「あ、あとはやるよ」と悠斗が席を立ち、キッチン脇に掛けてあった薔薇エプロンを適当に首から引っ掛ける。

「悠斗ってちょいちょい雑だよな」

「別にいいの。ちょっと濯いで食洗機様に突っ込むだけなんだから」

 ろくに結ばれていない腰紐を後ろから引っ張って、きちんとリボン結びをしてやりながら「俺なんかよりもずっと似合うのに」と苦笑する。

「まぁ、悠斗のそういうところ嫌いじゃないよ」

 そう言うと悠斗は、

「どうせなら好きになってほしいなぁ」

 と唇を尖らせた。
 それに笑ってキッチンを出ると、リビングに移動してソファに座りテレビを付ける。
 そうしていつも通りの夜が更けていった。
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