愛され幼馴染はときどきオオカミ

あさつき

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第二話『日常と非日常』

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 翌朝目を覚ますと、肩口すっぽりと収まる悠斗の頭があった。
 大きくはないベッドで男二人で寝ればこうなるしかないのだが、それにしてもこの収まりの良さはなんなのだろうと思う。
 とはいえ懸念していた通り、夜中に何度か肘だ膝だを食らって安眠妨害された記憶がなきにしもあらずなのだが、終わり良ければ全て良しというやつだろうか。
 覚醒前の微睡みの中で小さな頭に顔を寄せて、滑らかな髪の中に鼻先を擦りつける。
 しばらくして朝食の献立を考え始められるところまで来れば、目が覚めてきた証拠だ。
 体を少し離してぐんと伸びをすると、いまだ寝息を立てている悠斗を起こさないようにそっと布団から抜け出した。


 ベーコンを焼き、スクランブルエッグを作るべくフライパンを振っていると、悠斗がバタバタと起き出してくる。

「おはよう」
「はよ」

 短い挨拶を交わすと、「ありがと」と言いながら悠斗は手際よくコーヒーメーカーをセットする。

「アキちゃんパン焼く?」
「ん、お願い」

 必要な言葉だけの忙しないやりとりを何度か繰り返し、食卓に二人分の朝食が並んだところで、リビングに面した寝室のドアがガチャリと開いた。

「あれ、母さん帰ってたんだ。おはよう、起こした?」

「おはよう。ううん、大丈夫。昨日は割と早かったから」

「おはようございます。お邪魔してます」

「悠斗くんもおはよう。相変わらず素敵ね」

 そう言って笑顔を向ける母に、悠斗は少し照れた笑みを返す。

「朝ごはん食べる?」

「いい。コーヒーだけもらえる?」

「またすぐに仕事?」

「今日は昼からだから……もう一寝入りするかも」

「あ、だったら」

 と、立ち上がったのは悠斗で、戸棚から取り出したティーバックをカップにセットするとお湯を注ぐ。
 ほどなくしてテーブルに運ばれてきたのは深い赤色のルイボスティーだった。

「たまにはカフェイン追い出さないと体に悪いですよ」

 そう言って笑う悠斗に、母は「敵わないわぁ」とどこか嬉しそうにつぶやいて額を抑える。
 そして三人揃ってテーブルにつき、「いただきます」と声を上げた。
 ルイボスティーをひと口啜った母が「そうだ」と顔を上げる。

「瑛、いつもごはんありがとう。肉じゃがとっても美味しかったわ。残りはお弁当にしてもいい?」

「もちろん。でもいつものわっぱじゃダメだよ。ちゃんと密閉容器に入れていって」

「あら、そんなことまで心配してくれるの?」

「うん、心配心配。そういえば悠斗と母さんはちょっと似てるよね。肝心なところで雑というか、お弁当入ったバッグを平気で振り回すタイプ」

「なにそれ。僕さすがに振り回したりは――」

「ほんとにしてない?」

「う、そう言われると自信ないから黙ろうかな」

「あはは、二人は相変わらずね」
 
 肩を揺らして笑った母が、ふと瑛と悠斗を見て「あら」と言う。

「そっか、衣替えしたのね」

 眩しそうに目を細めた母を見て、そういえば夏制服を着ている時間に出会うのが初めてだったなと思い出す。
 母は、「時間が経つのが早すぎるなぁ」としみじみとつぶやいた。

「次クールのドラマが始まってるから、しばらくはこんな感じかも」

「父さんには?」

「会えてるの?」と問えば、母は「ううん」と首を振る。

「しばらくすれ違ってるかも。昨日からロケで羽田空港に張り込み中みたいだし」

「うわぁ、ご愁傷様」

「まったくよね」

「晃一さん相変わらずなんですね。でも、羽田ならもしかすると姉さんたちに会ってるかも」

「ボサボサすぎて気づいてもらえないんじゃない?」

 くつくつと笑い合う母と悠斗を見ながら、自分以外の誰かがいる食卓はやはり楽しいと改めて思う。
 食パンに皿の上のものを乗せて挟み、それを頬張ると、回しておいた洗濯機の終了音が聞こえた。

「あ、ごめん。今週シーツまだ洗えてないんだ。時間あったら出しておいて」

 そう言うと母は呆れたように溜息を吐き出した。

「そうやって家のことばかりに気を回してて。私たちもすっかり甘えちゃってるからいけないんだけど、ほどほどにしてね。少しは高校生らしいことも楽しまないと」

「ちゃんとやってるの? 好きな子と青春するとか。瑛ったら実はそんなにモテないのかしら」とぶつぶつつぶやく母の声を「はいはい」と流してコーヒーを啜る。
 するとそこへ、唐突に悠斗の声が割り込んだ。

「それはご心配なく。つい一昨日、後輩の女の子に告白されてましたよ」

 予想だにしなかった悠斗の言葉に思わずコーヒーを吹き出した。

「えっ? 悠斗見てたの?」

 慌てて手元のおしぼりで胸元を拭う。

「ほらこれです~」

「なんで写真まであるんだよ!」

 母に向かって得意げにスマホを掲げて見せる悠斗に、「あらまぁ」と目を丸くしながらそれを覗き込む母の姿に盛大なため息がこぼれる。

「ああもうシャツに飛んだし」

「それくらいなら全然大丈夫だよ。ほら、ベスト貸してあげる」

 すかさず放り投げられたニットベストを被れば、なるほど確かに汚れは見えなくなった。
 その後、トイレの順番を争ったり、なかなか洗面所を空けない悠斗を叱ったりしながら、バタバタと支度を整える。
 二人のドタバタを笑って眺めていた母が、ふと悠斗に声をかけた。

「いつも瑛と一緒にいてくれてありがとう。本当に心強いわ。また勉強見てあげてね」

「いえ、相変わらず僕がアキちゃんに甘えてばかりで」

 そう言ってはにかむように笑う悠斗がよっぽど可愛らしかったのだろう。

「時々本当に可愛すぎて心配になっちゃう。芸能界に興味があったらいつでも言ってね」

 と、口説きにかかる母を制して、「そろそろ行くぞ」と声をかける。
「仕事頑張って」と続けて言うと、母はにこやかに両手を広げて瑛と悠斗を交互にハグをした。

「ありがとう瑛、大好きよ」

「これはお父さんのぶんね」とぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 
「悠斗くんも。いつでも来てね。大好きよ」
 
「うん、ありがとう美咲さん」
 
「いってきます」
 
「いってらっしゃい。気をつけて」

 両親は、そばにいる時間が少ない代わりに必要な言葉をちゃんとくれる。
 そのおかげで、変にひねずにそこそこ真面目な高校生をやれているのだと思う。
 先に玄関の外に踏み出す悠斗の背中を追いながら、久しぶりに送り出される心地よさを感じていた。
 
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