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第三話『複雑な模様』
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「というわけなんだ、山田よ」
「山田よ。じゃねーんだわ」
翌る日の放課後。
一人で悶々とすることに見切りをつけた瑛は、山田を誘って学校近くのカフェに向かい、自分が目撃した一部始終を話した。
フレーバーティーを啜りながらうんうんと聴いていた山田は、瑛が話を締めるなり呆れたようなため息を吐き出す。
「で? 今日はそのご本人様はどちらへ?」
「いつもの仲良し女子グループでデパートへ。夏コスメのリサーチって言ってた」
「なるほど」
そう言ってグラスを持ち上げて、カラカラと氷を合わせる音を立てると、仕方なしというようにつぶやいた。
「つまり瑛くんは気になるんだ。相手の男のこと」
「うーん……正直よくわからない」
「なんだよそれ」
「気にしちゃいけないのかなって」
「ふうん、じゃあ気にしなければいい」
ずばりと言われて黙り込むと、「いやいや、めっちゃ気にしてんじゃん」と山田は軽く笑った。
瑛の手元に置かれたグラスの側面を水滴が滑り落ちていく。
その様子を眺めながら、心の中で燻っている気持ちをぽつりぽつりと吐き出した。
「小さい頃から一緒で、仲がいいと思ってきたけど、本当にそうなのかなって」
仲がいいのは上辺だけで、本当は悠斗のことを何も知らない。
そう思わされることが、最近、確実に増えてきている。
「別にそんなのは当たり前で、知らなくてもいいんじゃないかとも思う。いくら家族同然に過ごしてきたと言っても、所詮は他人なわけだし。だけど、知らない悠斗の顔を見るとなぜか――」
――動揺する。
すると、山田は乾いた笑みを漏らした。
「こじらせてるね」
「これが思春期ってやつかな」
「ちげーよ」
山田はテーブルに点々と落ちた水滴を紙ナプキンで拭う。
じわり、と水を吸ったナプキンが濃い染みを作った。
「要は独占欲ってやつでしょ。誰にだってあるよ」
「独占欲? これが?」
「じゃないの。ほんとは相手の全てを知っていたいって気持ちが心のどっかにあるんでしょ。自分が相手の一番の理解者でありたいって思ってるんだよ」
「そういうことになる?」
「うん、なるなる」と山田は大きく頷く。
「これは俺がただ面白いから言うんだけど」
「お前本当にいい性格してるな」
山田はストローを咥えて、上目に瑛を見て言った。
「お前らもう付き合っちゃえばいいんじゃない?」
放たれた言葉に、瑛は思わず脱力する。
「適当なことを言うなよ」
「それがこっちはあながち本気だ。時代が変わってきたとはいえまだまだ厳しいことが多いのもわかってる。でもあえて言わせてもらうぞ。結論的にそれしかないんだよ」
「もちろんお付き合いするにはお互いの同意が必要だけどな」と当たり前のことを念押しされたが、一応神妙に頷いてみせた。
「相手のことを全て知りたいってさ、それにはもう既成事実を作るしかないわけ。自分の『特別』にするしかない。そうして初めて言えるんだ。お前は俺の特別だから、知りたいと思う権利があるって」
「自分の『特別』……」
「そう。相手を自分の特別にする。自分も相手の特別になる。そうして初めて踏み込める場所があるし、この相手なら見せてもいいかなって場所を晒せるんだと思うよ。ちなみに俺はそれが嫌だから、こんないい加減なことをしてる」
「いい加減だって自覚あるんだ」
笑いながら言い返せば、「そりゃあるよ」と山田は深いため息を吐いた。
「俺は来る者を拒まないけど、去る者は追わない。詮索しない代わりに、詮索はさせない」
「楽か」
「楽だな」
「いや、実際楽ばっかりではないけど。自分を曝け出すよりは楽だ」と言いながら山田は端が濡れた紙ナプキンを小さく折りたたんでいく。
「でもまぁ――」
言いながら、山田はソファに背中を預けた。
「要するに俺は、そうまでして独占したいと思える相手に出会ってないんだろうな」
ポツリとつぶやいてすぐに「だってさ」と再びこちらへ身を乗り出す。
「幸い今は同じ環境にいるからまだいいけど、これから先そういうことが今以上にどんどん増えていくんだぞ。だからどこかで気持ちに決着をつけて、手を離してそれぞれが選んだ道を勝手に行くか、心を繋いで選んだ道はこっちだよって教え合いながら進んで行くか、だと思うんだけどなぁ」
「そしてこの話するの二度目なんだけど」と小さく落とされたつぶやきに首を傾げると、山田は誤魔化すように笑って、テーブルに頬杖をついた。
「蔵川はなんで彼女作らないの? モテないわけじゃないじゃん。そりゃ確かに顔が好みじゃないとか性格云々とか色々な理由はあるとは思うけど、ほんとはそれだけじゃないんじゃないの」
「相手のことを知りたいと思わないし、知ってほしいとも思わないから、かな。そんな相手を大切にできるとは思えないし」
「それだよ」と山田はびしっと指を向ける。
そして一音一音、はっきりと言った。
「だったら、誰とだったらそう思えるの?」
「簡単なことなんだよ」と瑛の顔を真っ直ぐに見据える。
「これから先、気になる相手の隣に自分じゃない誰かがいて、二人が仲良く微笑み合って手を取り合い、キスして抱き合ってセックスしてる場面を想像してみればいい。逆もだ。自分は誰のそばでそれをしたいのかを想像する」
「誰の……」
浮かんだ顔はただ一つ。
「まさか」と思う自分と「やっぱり」と思う自分が両方いることに心底動揺した。
「簡単だろ?」と笑う山田に真面目な顔で首を振る。
「いや、全然簡単じゃないだろ」
「お前らほんとめんどくせーな!」
叫ぶように言い、大仰にため息をつく山田の一方で、瑛の心の中は大恐慌に陥っていった。
「山田よ。じゃねーんだわ」
翌る日の放課後。
一人で悶々とすることに見切りをつけた瑛は、山田を誘って学校近くのカフェに向かい、自分が目撃した一部始終を話した。
フレーバーティーを啜りながらうんうんと聴いていた山田は、瑛が話を締めるなり呆れたようなため息を吐き出す。
「で? 今日はそのご本人様はどちらへ?」
「いつもの仲良し女子グループでデパートへ。夏コスメのリサーチって言ってた」
「なるほど」
そう言ってグラスを持ち上げて、カラカラと氷を合わせる音を立てると、仕方なしというようにつぶやいた。
「つまり瑛くんは気になるんだ。相手の男のこと」
「うーん……正直よくわからない」
「なんだよそれ」
「気にしちゃいけないのかなって」
「ふうん、じゃあ気にしなければいい」
ずばりと言われて黙り込むと、「いやいや、めっちゃ気にしてんじゃん」と山田は軽く笑った。
瑛の手元に置かれたグラスの側面を水滴が滑り落ちていく。
その様子を眺めながら、心の中で燻っている気持ちをぽつりぽつりと吐き出した。
「小さい頃から一緒で、仲がいいと思ってきたけど、本当にそうなのかなって」
仲がいいのは上辺だけで、本当は悠斗のことを何も知らない。
そう思わされることが、最近、確実に増えてきている。
「別にそんなのは当たり前で、知らなくてもいいんじゃないかとも思う。いくら家族同然に過ごしてきたと言っても、所詮は他人なわけだし。だけど、知らない悠斗の顔を見るとなぜか――」
――動揺する。
すると、山田は乾いた笑みを漏らした。
「こじらせてるね」
「これが思春期ってやつかな」
「ちげーよ」
山田はテーブルに点々と落ちた水滴を紙ナプキンで拭う。
じわり、と水を吸ったナプキンが濃い染みを作った。
「要は独占欲ってやつでしょ。誰にだってあるよ」
「独占欲? これが?」
「じゃないの。ほんとは相手の全てを知っていたいって気持ちが心のどっかにあるんでしょ。自分が相手の一番の理解者でありたいって思ってるんだよ」
「そういうことになる?」
「うん、なるなる」と山田は大きく頷く。
「これは俺がただ面白いから言うんだけど」
「お前本当にいい性格してるな」
山田はストローを咥えて、上目に瑛を見て言った。
「お前らもう付き合っちゃえばいいんじゃない?」
放たれた言葉に、瑛は思わず脱力する。
「適当なことを言うなよ」
「それがこっちはあながち本気だ。時代が変わってきたとはいえまだまだ厳しいことが多いのもわかってる。でもあえて言わせてもらうぞ。結論的にそれしかないんだよ」
「もちろんお付き合いするにはお互いの同意が必要だけどな」と当たり前のことを念押しされたが、一応神妙に頷いてみせた。
「相手のことを全て知りたいってさ、それにはもう既成事実を作るしかないわけ。自分の『特別』にするしかない。そうして初めて言えるんだ。お前は俺の特別だから、知りたいと思う権利があるって」
「自分の『特別』……」
「そう。相手を自分の特別にする。自分も相手の特別になる。そうして初めて踏み込める場所があるし、この相手なら見せてもいいかなって場所を晒せるんだと思うよ。ちなみに俺はそれが嫌だから、こんないい加減なことをしてる」
「いい加減だって自覚あるんだ」
笑いながら言い返せば、「そりゃあるよ」と山田は深いため息を吐いた。
「俺は来る者を拒まないけど、去る者は追わない。詮索しない代わりに、詮索はさせない」
「楽か」
「楽だな」
「いや、実際楽ばっかりではないけど。自分を曝け出すよりは楽だ」と言いながら山田は端が濡れた紙ナプキンを小さく折りたたんでいく。
「でもまぁ――」
言いながら、山田はソファに背中を預けた。
「要するに俺は、そうまでして独占したいと思える相手に出会ってないんだろうな」
ポツリとつぶやいてすぐに「だってさ」と再びこちらへ身を乗り出す。
「幸い今は同じ環境にいるからまだいいけど、これから先そういうことが今以上にどんどん増えていくんだぞ。だからどこかで気持ちに決着をつけて、手を離してそれぞれが選んだ道を勝手に行くか、心を繋いで選んだ道はこっちだよって教え合いながら進んで行くか、だと思うんだけどなぁ」
「そしてこの話するの二度目なんだけど」と小さく落とされたつぶやきに首を傾げると、山田は誤魔化すように笑って、テーブルに頬杖をついた。
「蔵川はなんで彼女作らないの? モテないわけじゃないじゃん。そりゃ確かに顔が好みじゃないとか性格云々とか色々な理由はあるとは思うけど、ほんとはそれだけじゃないんじゃないの」
「相手のことを知りたいと思わないし、知ってほしいとも思わないから、かな。そんな相手を大切にできるとは思えないし」
「それだよ」と山田はびしっと指を向ける。
そして一音一音、はっきりと言った。
「だったら、誰とだったらそう思えるの?」
「簡単なことなんだよ」と瑛の顔を真っ直ぐに見据える。
「これから先、気になる相手の隣に自分じゃない誰かがいて、二人が仲良く微笑み合って手を取り合い、キスして抱き合ってセックスしてる場面を想像してみればいい。逆もだ。自分は誰のそばでそれをしたいのかを想像する」
「誰の……」
浮かんだ顔はただ一つ。
「まさか」と思う自分と「やっぱり」と思う自分が両方いることに心底動揺した。
「簡単だろ?」と笑う山田に真面目な顔で首を振る。
「いや、全然簡単じゃないだろ」
「お前らほんとめんどくせーな!」
叫ぶように言い、大仰にため息をつく山田の一方で、瑛の心の中は大恐慌に陥っていった。
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