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四章 これが人生
初夏の悪夢⑤
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「はい、施術終了! 栞ちゃーん、終わったよー」
匠さんの現実的な声で、閉じていた目を、パッと解放させる。顎を揺らされたかのように、頭の中の靄が晴れていった。
一発で眠気を飛ばせられると、案外気持ち良いことに気がつく。
足裏の鈍さが解消されると、体全体がスーっと軽くなったみたいで、満足感が顔に出てしまう。
「どう? ちょっとは温まったでしょ?」
「ちょっとどころじゃないですよ! やっぱり匠さんは凄いです!」
素直な感想を伝えると、匠さんは嬉しそうにクシャっとした笑顔を作る。
それを見ていたら、ボヤボヤとしていた疑問も、今は考えないようにしようと思えた。
「良かった。前と比べると見違えるくらいに柔軟さがあるよ。これもリフレクソロジーの賜物かな?」
「間違いないです。セラピストになるために勉強しているおかげで、自分の健康にも繋がっている気がします」
「それあるよねー。俺もリフレクソロジーを始めた時くらいから、体が軽くなっていったもん」
血液が全身を駆け巡るようで、じわじわと汗が滲み出てくる。
リフレクソロジーを学び始めると、施術を受けることも多くなるので、自然と健康促進に繋がっていくみたいだ。
匠さん自身もその経験があるみたいだし、本当に良い分野を学べていると思える。
匠さんは私と会話をしながら、施術で使ったタオルを丁寧に畳んでいた。
私も出しっぱなしにしていた教材やら筆記用具やらをカバンに入れて、帰る準備をする。
施術の感想と感謝を伝えてから、店の前まで出ると、匠さんは営業終了と書かれたプレートをひっくり返した。
営業中というサインに変化したプレートを見ながら、匠さんは「最後まで頑張るか」と一言呟く。
私を送ってくれた後、まだお客さんを迎え入れるつもりらしい。
「匠さん、無理しないでくださいね」
「栞ちゃんの顔見てたら、もっと施術したくなってさ。大丈夫、まだお客さんが来る時間だから」
凛々しい顔つきのまま送り出されると、自分も頑張ろうという気になれる。
サロンから自宅までの帰り道、匠さんの温もりを存分に受けたおかげで、私の足は自動的に動いていってしまうくらいに軽く感じた。
こんな感覚を味わえるなら、一生匠さんにセラピストの勉強を教えてもらいたいくらいだ。
今日の施術も心地良かった……心地良かったけど……。
ーードクンっと心臓が脈を打つ。
歩道のど真ん中で、勝手に動いていた私の足が急停止した。
固く結ばれていた紐が一気に解けるように、施術中に考えていた謎たちがまた出現してくる。
匠さんから施術終了の合図が出されて、一旦保留になっていた思考回路だけど、一人になった途端に再び機能を始めた。
夏が好きなのは、春から一番遠いからで、匠さんは春を恐れている。
そこがわからない……匠さんが春を嫌う要素が全く見当たらない。
私が屋上にいた時の疑問もそうだ……どうして屋上に現れたのか、その理由も見当がつかない。
誰も入らないであろう裏口から侵入して、あの屋上に行くなんて、私のように自殺を考えた人しか行かないと思う。
自殺を考えた人しか……?
「もしかして……」
焦りが独り言となって口から落ちると、私は行く先を変えた。
考え過ぎだ、考え過ぎでどんどん良からぬ方向に妄想してしまう。
全身を巡っていたはずの血の気がサーっと引いていき、体中の毛穴から冷や汗が滲み出てくる。
自宅までのルートから遠回りするように、一心不乱に走り出す。
行き先は、ちょうどフットサルサークルが練習を終えたであろう、大学の体育館。
匠さんの現実的な声で、閉じていた目を、パッと解放させる。顎を揺らされたかのように、頭の中の靄が晴れていった。
一発で眠気を飛ばせられると、案外気持ち良いことに気がつく。
足裏の鈍さが解消されると、体全体がスーっと軽くなったみたいで、満足感が顔に出てしまう。
「どう? ちょっとは温まったでしょ?」
「ちょっとどころじゃないですよ! やっぱり匠さんは凄いです!」
素直な感想を伝えると、匠さんは嬉しそうにクシャっとした笑顔を作る。
それを見ていたら、ボヤボヤとしていた疑問も、今は考えないようにしようと思えた。
「良かった。前と比べると見違えるくらいに柔軟さがあるよ。これもリフレクソロジーの賜物かな?」
「間違いないです。セラピストになるために勉強しているおかげで、自分の健康にも繋がっている気がします」
「それあるよねー。俺もリフレクソロジーを始めた時くらいから、体が軽くなっていったもん」
血液が全身を駆け巡るようで、じわじわと汗が滲み出てくる。
リフレクソロジーを学び始めると、施術を受けることも多くなるので、自然と健康促進に繋がっていくみたいだ。
匠さん自身もその経験があるみたいだし、本当に良い分野を学べていると思える。
匠さんは私と会話をしながら、施術で使ったタオルを丁寧に畳んでいた。
私も出しっぱなしにしていた教材やら筆記用具やらをカバンに入れて、帰る準備をする。
施術の感想と感謝を伝えてから、店の前まで出ると、匠さんは営業終了と書かれたプレートをひっくり返した。
営業中というサインに変化したプレートを見ながら、匠さんは「最後まで頑張るか」と一言呟く。
私を送ってくれた後、まだお客さんを迎え入れるつもりらしい。
「匠さん、無理しないでくださいね」
「栞ちゃんの顔見てたら、もっと施術したくなってさ。大丈夫、まだお客さんが来る時間だから」
凛々しい顔つきのまま送り出されると、自分も頑張ろうという気になれる。
サロンから自宅までの帰り道、匠さんの温もりを存分に受けたおかげで、私の足は自動的に動いていってしまうくらいに軽く感じた。
こんな感覚を味わえるなら、一生匠さんにセラピストの勉強を教えてもらいたいくらいだ。
今日の施術も心地良かった……心地良かったけど……。
ーードクンっと心臓が脈を打つ。
歩道のど真ん中で、勝手に動いていた私の足が急停止した。
固く結ばれていた紐が一気に解けるように、施術中に考えていた謎たちがまた出現してくる。
匠さんから施術終了の合図が出されて、一旦保留になっていた思考回路だけど、一人になった途端に再び機能を始めた。
夏が好きなのは、春から一番遠いからで、匠さんは春を恐れている。
そこがわからない……匠さんが春を嫌う要素が全く見当たらない。
私が屋上にいた時の疑問もそうだ……どうして屋上に現れたのか、その理由も見当がつかない。
誰も入らないであろう裏口から侵入して、あの屋上に行くなんて、私のように自殺を考えた人しか行かないと思う。
自殺を考えた人しか……?
「もしかして……」
焦りが独り言となって口から落ちると、私は行く先を変えた。
考え過ぎだ、考え過ぎでどんどん良からぬ方向に妄想してしまう。
全身を巡っていたはずの血の気がサーっと引いていき、体中の毛穴から冷や汗が滲み出てくる。
自宅までのルートから遠回りするように、一心不乱に走り出す。
行き先は、ちょうどフットサルサークルが練習を終えたであろう、大学の体育館。
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