序・思わぬ収穫?

七月 優

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三歳

異世界にも算数・数学はありました

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 長期休暇の宿題、みなさんはどうしますか?
 もしくは、過去どうしていましたか?

 ①長期休暇始まりにがーっと終わらす人。
 ②計画を立てて、毎日こつこつノルマをこなす人。
 ③長期休暇終わりが迫り、短期集中型で追い込みをかけてなんとか終わらす人。
 ④最初から最後まで何も手を付けない人。

 その他、いろんな人がいる・いたでしょう。

 ちなみに私は、③寄りです。
 長期休暇始まりに好きな宿題に手を付けてあらかた終わらした後、残っている嫌いな宿題をぎりぎりまでほっといて、休暇終わりに締め切りが迫る中で終わらしたタイプでした。
 元来そうでしたので、高校は腱鞘炎になりかけましたよ。特に高一の夏休みの数学の宿題は、頭パンクしそうでした。ギリギリまで手を付けなかった、自業自得なんですけどね。
 そもそも夏休みと称して、高校一・二年ほぼほぼ休みなかったです。夏休みでも普通に高校行かなくちゃいけなくて、蒸し暑い教室で授業受けてた記憶ばかりが、こびりついています。
 今思うと、私国内で受験進学する立場じゃなかったし、あんまり意味なかったなと嘲笑えますね~。死ぬまで真面目に皆勤していたのが、馬鹿みたいですよ。

 さて、どうして私がそんな話題を振ったか……。
 現在、孤児院の学校に通う子どもたちの中で、③タイプの者たちがヒイヒイしながら宿題に手を付けているからです。

 今の季節は夏。
 こちらは、前世ほど蒸し暑くはありません。
 体質なのか、汗もあまりかかないですね。前世汗っかきで、特に顔汗で悩んだ身としては嬉し限りです。

 それはさておき。
 アティアの月がまもなく終わりを告げます。アティアの月は、前世八月に相当する月みたいな感じです。
 先月のホフミの月初旬から、孤児院の学校に通う子たちはずっとバカンスだったのですよ。
 バカンスといっても、遊ぶ子もいれば、孤児院に来たアルバイト依頼を受けてそれに勤しむ子もいたみたいです。
 しかし、バカンスも来月のウルターヌスの月には終わりを迎えます。去年そうでしたしね。
 つまり、学校の宿題のタイムリミットは、間近に迫ってきているのです。

 孤児院の大人たちは、学校に通う子どもたちの宿題などに対して、積極的に指導していません。
 そりゃもちろん、子どもたち側から宿題などで分からない所があって質問されれば、最低限フォローはしています。
 けれど、大人側から子どもたちに、毎日学校の宿題をきちんとするよう促したり、強制でテスト勉強させたりしている風景は、今まで一度も見ていないのです。
 おそらく、学業面においては、完全に子どもの自立を促しているといった具合なのでしょう。
 だからこそ、③タイプの子がいても、大人側から特に注意や説教はなし。子どもたちがどんな結果になろうと、見守る姿勢を貫いています。

 私個人的には、それでいいと思います。
 宿題とか、学業の成績は、あくまで元来本人の問題。自己責任ですものね。
 おまけにここにいる立場上、尚更その方がいいと私には思えます。
 誰かに依存し甘えてばかりいては、自立はできません。
 干渉や過保護は、ときに考えもの。適度な放任も、世の中には必要なんですよね。

「あ~」

 こちらの言葉で悪態をつきながらも、とある少年が眉間に皺を寄せて宿題をこなしていました。彼の傍には、宿題であろう問題集らしきものが転がっています。
 私は邪魔しないようにそろりそろりと、彼の背後に近づきました。そして、こっそり転がっていた問題集を拝借します。
 以前からこちらの学業がどんなものか、気にはなっていたのですよ。本日とうとうそれを知ろうと、行動に移したわけなのです。
 多少、こちらの言葉や孤児院には慣れましたしね。というか、一人で言語習得はたまに飽きるので、少々暇つぶしを兼ねています。
 問題集をパラパラめくってみると、見事に宿題やってありません。ブランクばっかり。おいおい。
 だけど、この中身、どう見ても数学じゃあありませんか。見た感じ、中一数学の総復習ってところでしょうか?
 わ~、なんかいっそ懐かしいですね。

 解いちゃ、駄目かな?
 いけないとは分かっているんですが、心の中で意欲がうずきます。
 ちらり、持ち主の背中を眺めます。目の前の宿題に集中していて、私には気づいてません。
 「解いちゃえよ。ばれたところで私は所詮三歳児だぞ、いくらでも誤魔化せらあ」と、愚かでずるい内なる私は告げました。……解いちゃえ。

 決意したら、私は行動を早めます。
 「道具」から鉛筆と消しゴムを取り出し、その場に寝そべりました。
 懐かしき正負の数から、やっつけていきましょう。


 * * *


 それから、方程式や比例と反比例などの問題を、私は集中して終えていきました。
 ちなみにまだまだ言語の勉強が不足しているので、文章問題は飛ばしています。明らかな計算問題くらいしか、手は付けていません。

 図形問題に入った途端、私は一気に熱が冷めました。
 図形は好きじゃないというか、個人的に可愛く思えないんですよね。
 方程式・比例&反比例・平方根などは可愛い部類。割合・空間図形などは、可愛くない部類に相当します。
 そういや、内接円・外接円作るのは好きでしたけど、あれは図形関係ないんでしたっけ? もうよう覚えとらん。

 そんなわけですので、ぱたんと問題集を閉じます。もう十分満足しましたしね。
 その瞬間、頭上から咳払いが聞こえました。
 体が自然とびくつきます。なんだか、とっても嫌な予感。
 寝そべっていた体を起こし、頭上を見上げれば、にこやかな院長先生と目が合います。笑顔の方が怖いことってあるんだなと、つくづく思い知らされました。
 取り合えず、私が勝手にやったということは白状せねばいけません。問題集の持ち主は、何も悪くありませんから。問題集を胸に抱え、私が進んで勝手をしたことを、院長先生にアピールしました。こういうとき、言葉で伝えられないのって、不便ですね。

 なんとかジェスチャーで私が悪戯したことは、院長先生には伝わった次第です。
 問題集の持ち主は、心根の優しいというか、寛大な少年だったみたいでして。私の行いに怒るべきはずなのに、苦笑いして許してくれました。

「ごめんね」
「いいよ」

 きちんと謝ったら、仕方ないという風に笑って許してもらえた次第です。
 許してくれてありがとね、少年よ。
 まあ、見た目幼女に怒るのも憚られたのかもしれません。……幼女で良かった助かったというべきでしょう。

 しかし、当然そこでおしまいとはいくわけがなく……。私は院長先生に連行されていきます。
 この後のことを思うと怖いです。それに意思疎通が困難を極めるため、上手な説明や言い訳のしようがないんですよね。

 院長室的な部屋の近くの部屋に到着。二人きりで、私的には気まずい空気が流れます。ていうか、院長先生と目が合わせられません、あはは。
 その後、促されるまま向かい合って椅子に座ります。けれども、私が想像していたお叱りはありませんでした。院長先生は頭ごなしに怒る人ではなくて、一応救われましたね。
 院長先生が私にでも分かるように絵などを用いて諭し、私も出来うる限り院長先生に自分の意見は伝えます。そうして、他人が宿題などの仕事を勝手に奪うことのメリット・デメリットや、もしあの少年が私のせいで学校の先生に怒られるなどしたらどうすればいいかを、奇跡的に意思疎通できた気がします。
 それで院長先生との話は終了。特にお咎めなしで解散となりました。


 * * *


 明日みょうにち、私は院長先生に呼び出されました。
 普段使われていない個室で、院長先生が持ってきた算数・数学の問題集を、好きなだけ解いていいことになったのです。
 水分補給や食事休憩を疎かにしないことを約束に、私は子どもたちの学校が始まるまで、毎日個室で算数・数学の問題集を解きまくってました。
 いやあ、いい暇つぶしになりましたね。
 問題集に孤児院の子どもの誰かの名前が記入されていた気がするのは、気のせいでしょう。

 時々、院長先生が部屋に来て、私が敢えて解かない分野があることを指摘してきました。
 文章問題は仕方ないとして、空間図形だけでなく、微分積分・三角比・数列などの高校レベル的数学問題は、全くの手つかずにしましたからね。
 指摘される度に、私は笑顔でこう言いました。

「(それ)好きじゃない。可愛くない」

 遠回しに、その分野問題は嫌いと告げた私です。
 それには、院長先生は声を押し殺して笑ってましたね。
 可愛い・好き関連の言葉、マリエラのおかげで早々に覚えましたが、こうして活用させてもらった次第です。

 また、マリエラといえば。
 私があまりにも問題集に白熱しすぎて、食事の時間になっても気づかないことがあり、彼女に無言で怒られました。
 怒られたというか、説教を身をもってくらったといいますか……。
 同い年くらいの子マリエラに、両足持たれて食堂まで床を少々引きずらされれば、さすがに反省しましたとも。
 私が問題集に夢中になり、あまりにもマリエラを構わなかったのも、いけなかったのかもしれません。
 お詫びといってはなんですが、合間を見ては、マリエラと彼女好みの可愛らしい絵本を一緒に読んで過ごしました。





 ~ ~ ~ ~ ~





 当時の私は、自分のしでかした失敗を、深く気に留めてはいませんでした。
 その頃の私は、「小さい子が難しい問題を解いていても、成長すればどうしてかつてそんなことができたのか覚えてない現象」を利用して、そんな阿呆なことをしていたわけなんですけどね。
 いくらなんでも、普通の幼児がなんの知識もなしに、学校行ってる子の問題を解けるわけがありません。
 異常・おかしいと周囲が騒がなかった理由を、私はそこでもっと深く追究すべきでした。
 しかし、愚かな私は十八歳になるまで、その事実に・・・・・気づけなかったのです。
 転機が訪れる十八歳になる年、私はそれをとても大切な人から教えられるなど、幼少時の私は予想だにできませんでした。
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