序・思わぬ収穫?

七月 優

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四歳

春が訪れる前①

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 ディソンの月が終わり、ヤニュスの月(≒前世の一月)に入りました。
 新年と、私の四歳の年の幕開けです。
 新年辺りになると、前世の年越しそばやおせち料理、またなんといっても餅が恋しくなる私がいます。
 ま、こちらでは主食はパンですので、今のところ諦めるしかありませんね。

「米食べたい」
「コメ?」

 食事中、世界を跨いだ二か国語をミックスして呟けば、隣にいたマリエラが反応します。

「うん、米」
「それ、食べ物? おいしいもの?」
「う~ん、多分」

 マリエラからの素朴な疑問に、そんな返答をします。食べ慣れないとか、好みはありますからね。
 その後マリエラから「いつか食べられるといいね。一緒に食べたいね」的な、優しいお言葉をいただきました。


 * * *


 もう四歳というべきか、まだ四歳というべきか。四歳になった私です。
 ちなみに、こちらの年齢に対する捉え方は、前世とは微妙に異なります。
 日本ですと、「同学年≒同い年」だと思う方が、ほとんどなのではないでしょうか?
 どうやらこちらは、完全に生まれた年で判断します。
 つまり、ヤニュスの月始めからディソンの月末にかけてどこで生まれようと、「生まれた年が同じ=同い年」となるのです。

 また、学校の新学期は、ウルターヌスの月だそうです。
 前世どこかの外国のように九月が新学期始まりのようなもので、日本のように四月が新学期という感覚ではありません。
 前世の小学校に相当する学校に入学するのは、六歳になる年が主流。ですが、本人と家族の意思次第では、五歳以下でも入学できるそうです。
 試験や勉学を疎かにしすぎると、留学の可能性もあるみたいですよ。
 ですので、がり勉とまではいきませんが、子どもたちは ” Work hard, play hard.” をモットーに、切磋琢磨した日々を営んでいるように思えます。

 学校、義務教育、ね……。
 このまま順当に行けば、私もこちらの世界の学校に通うことになるのでしょうか?
 正直、可能であれば通いたくありません。

 某漫画やアニメの世界では、毎年同じ学年繰り返したり、幼くなってもう一度小学生の授業受けさせられたりしてますけど……。あれ、人によってはある意味で羨ましい反面、地獄の要素も持ち合わせてるんですよね。
 そして、漫画やアニメの人気が衰えず長く連載され続けると、子どもだった読者がどんどん作中の主人公たちの年齢に追いつき追い越していくという虚しさも、ありましたね。

 空想に逃げるのは、ここまでにしてと。
 魔法使えないですし、言語やこの世界のことは独学でもできなくはありませんしで、学校に通うのを拒否してる私がいます。
 同い年くらいの友人も、あんまり望んでませんしね。
 最近どっかの誰かさんのせいで、人付き合いが前世より一層煩わしく感じるのも要因でしょう。少し人間不信になっている感が否めません。

 ええ、相も変わらず副院長とは鬼ごっこし、逃げ切れない際はいびられていますとも。
 ただ、昨年末頃から、ほんの気持ち程度、副院長の追手が緩んだ気がするのです。
 理由は分かりません。分かってたら、大いに活用しますしね。

 昨年末頃何かあったと言えば、そういや新しく孤児院に誰か来た記憶は朧気にあります。副院長から逃げるのに必死で、あまりよく覚えていませんけど。
 副院長が私を目の敵にしているとあって、マリエラや年上の子たち以外、私は今や腫れ物扱い気味。ですから、以前よりも子どもたちとの交流は当然減りました。情報も入ってきにくくなったのです。
 けれども、新しく孤児院に来た子が原因とは考えにくいでしょう。多分その子が、副院長が私の揚げ足取りするのを抑止しているわけでは、ないと思います。

 ほんと、あの副院長に弱点があるなら、追い払うのに利用するんですけどね。上手くいかないものですよ。
 某RPGの即死魔法を、副院長にぶつけたいとは思いませんけど……。経験値すら不要の消滅魔法か、敵を一定時間遠ざけるらしいあの魔法は、彼女に効果あるならぶつけてしまいたい心境には至っています。


 * * *


 ヤニュスの月中旬の、太陽が顔を出している昼間。
 他の子たちは寒いようで外出したがりませんが、私は今いる気候の冬はまだ平気です。前世の故郷の冬と比較すれば、少し肌寒いくらいなのです。
 ですので、本日もカリカリ状態の副院長の八つ当たりを防ぐべく、孤児院敷地内の外に避難していました。
 副院長のイライラ具合を目の当たりにしていると、若年性更年期障害に思えて仕方ありませんよ。前世、「若年性更年期障害」という言葉を知ったあのドラマ、個人的には面白かったですねぇ。

 そんなことを考えながら、座り心地のそこそこいい大石が置かれた場所に到着します。
 周囲の木々で木陰ができて、日が差す明るい場所ではありません。
 他の子は陰鬱な印象を持ち来たがらない場所でも、今では私の憩いの場の一つであります。
 さて、今日もその大石の上に座って、読書でもしましょう。

 それから、読書に夢中になって、そこそこ時間が流れたかと思われます。
 私、読書に集中してると、そこそこ周囲の音や気配に疎くなるタイプです。
 だとしても、突如耳に入ってきた、無視できずにはいられない慟哭が、読書する意欲を大いに妨げました。
 読書は中止。子どもの泣き声をBGMに、平然と読書できはしないでしょう。さすがに憚られる良心は、残ってました。
 念のため原因を探るべく、私は嗚咽が聞こえる方向に行ってみることにします。

 泣き声の主は、思いの外身近にいました。私の座っていた大石の背後を少し進んだ、プチ林の中にその主はいた次第です。
 泣いているのは、今の私とさほど年齢の違わないであろう、坊主頭の少年でした。
 地面に座り込み泣きじゃくる少年の傍らには、大人向けの剣が転がっています。推測するに、それを振り回して体勢を崩し、転んで泣いたってところですかね。
 現に彼の体のあちこちに、擦り傷や切り傷が見受けられます。血が滲み出ている箇所もありました。

 私はしばし悩みます。悩んだ挙句、一応手当だけでもしようという決断に至りました。
 しかしですよ。

「来るなっ! あっち行けっ!」

 彼は私の姿を認めるなり、顔を赤らめ、ものっそい早口を投げつけてきました。
 彼の気持ちも、分からなくはありません。泣いているのを見られたくないのも分かります。ほっといて欲しいことだってあるのは知っています。
 ですが、このまま見て見ぬ振りをするのも、どうかと思うわけでして。
 当初の目的通り、彼の傷の応急処置だけして、すぐに去ることにします。

「来る ―― 、俺に ―― 」

 涙目で剣呑に捲くし立てられるも、私は彼に近づきました。
 彼的には精一杯威嚇してるつもりでしょうが、こちとら中身は高校生以上。さほど怯むわけもなく。
 また、彼が喋るのが早すぎて、何言ってるか聞き取れず、威嚇力が私には低いってのもあったでしょうね。
 「ギャーギャー何か言ってらあ」と思いながら、私は「道具」から水や消毒効果有りの傷薬を出し、容赦なく彼の傷を対処していきました。
 副院長の理不尽な仕打ちがあってから、年上の子たちがこの世界の応急処置グッズを持たせてくれたのです。おかげさまで、副院長のせいで少しの傷を作っても、すぐに対処できるようになりました。

「いっ!」

 威勢を張っていても、傷口は染みたようですね。
 それでも、こちらの世界の魔法のような傷薬を塗れば、傷はあっという間に完治しました。きれいな皮膚に元通りです。
 目に見える箇所の傷は、取り合えず全部対処しました。
 それでは、彼のお望み通り、去ることにしましょう。
 
 踵を返し、去ろうとすれば、右手首を掴まれます。
 驚いて振り向けば、縋るように私を見つめる少年がいました。
 グレーの瞳だなと思っていたら、彼の口が動きます。
 
「行くな」
「え……」

 ユー、さっき私を邪険に追い払おうとしたくせに。
 一体この様変わりはなんなんでしょうね? これももしかしてツンデレの一種ですか?
 困惑と呆れの胸中でいれば、予想だにしなかった事態になりました。

 咄嗟の行動って、回避できないものなんですね。
 私は今、思い切り抱きしめられています。
 この世界で、小さい子に抱きつかれはすれども、こんなに必死に抱きしめられたのは、初めてな気がしました。

 彼に今抱きしめられていることが引き金となり、思い出したくなかった前世の過去が、蓋を開きます。
 元彼・・との思い出が脳裏をよぎり、いろんな感情が私の中で渦巻きました。
 感情の多くを占領する辛苦と嫌悪感に、抱きしめている彼を引っぺがして、突き放したい衝動に駆られます。
 ですが、すんでのところで、それは思いとどまれました。

 先ほども泣くじゃくり、今も泣き震える子どもに、それをしてはいけないでしょう。実行したら、彼は余計傷つくかもしれません。
 心の奥底の自分が、そう訴えてきたおかげで、彼を拒絶するのは免れた次第です。

 嫌な動悸がして、目の奥が熱くなれど、私は必死に平生を保つことに努めました。
 悲しみに浸ってここで泣くのは絶対に嫌です。

 辛い心境を誤魔化すべく、泣き震え必死に私を抱きしめる存在の背や頭を、私はそっと撫でたのでした。
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