序・思わぬ収穫?

七月 優

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四歳

春が訪れる前②

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 あれから少年に抱きつかれたまま、五分以上は経過したように思われます。
 辺りも夕方を迎え、徐々に肌寒さが険しくなってきました。
 泣いて興奮しているのもあってか、彼の体温はより温かく感じましたね。子どもだからってのもあるのかも、しれませんけど。

 私の左肩に彼の顔があり、彼の両腕にがっちりホールドされている状態。
 これ、いつまで続くのでしょうか?

 というか、私はこの彼がほとんど記憶にありません。
 正直孤児院の男の子たちは、特に接点がない場合、顔も名前もうろ覚えなんですよね。そんな私でも、彼とはほぼほぼ初対面な確信がありました。
 もしかしたら、この子が先月末孤児院に新しく来た子ですかね?

「俺がここに来 ―― 親 ――――― 」

 平静に戻ってきたのか、少年が語り始めます。
 しかし、彼の話をきちんと聞いて理解してあげたくても、叶いません。
 彼、容赦なくペラペラ話していくんですもん、早すぎて聞き取れないってのがまず一つ。また、私自身まだまだこちらの世界の言語レベルは、ひよっこなのですよ。

「喋る、早い。意味、分からない」

 彼の背を優しくポンポン手で叩きながら、困惑気味に弱音を訴えます。
 この状況で、私はそうするしかありません。
 何を言っているのか皆目見当がつかないのに、したり顔で分かってる風な誤魔化しはできませんでした。この子にも失礼でしょう。

 抱擁が緩められ、少年の泣き顔が私を覗き込みました。灰色の瞳にしばらく見つめられ、まるで私の中の見えない何かを探られている気すらします。

「リース・ファイ・スモンス……」

 少しして、独り言のように彼は言いました。
 自分の愛称を呼ばれたのは分かりますが、後半は何を言われたのかさっぱりです。思い切り首を傾げます。
 私の反応に、なぜか彼の方が困惑したように見えました。

「リース。名前、違うのか?」
「名前、リース。正しい」

 ようやくまともに彼の言った言葉が分かり、ほっとした心地で返事をします。

 それから彼は懸命に私に何かを訴えるのですが、やはりほとんど何が言いたいのか私には分かりません。
 彼はめげずに何度もトライしてくれるも、私の耳には右から左に音だけが流れていきます。途中申し訳なさすぎて、私の方がめげて泣きたくなりました。
 最終的に、彼は私と意思疎通が困難なのを理解し、残念そうに諦めてくれた次第です。

 そしてなぜか、またぎゅっと抱きしめられます。
 う~む。子どもの考えていることは、よく分かりませんね。まんま抱きしめるぬいぐるみ代わりにされている気分です。
 幸いにも、今度は早めに抱擁から解放されました。
 この子は、私が考えるよりも幼いのかもしれませんね。そんな心境から、彼の頭を撫でてしまいます。
 私の撫でる行為に対して、彼はどこか気恥ずかしく、微妙な表情に変化しました。その仕草にどことなく「男の子だな」と思わずにはいられません。ただ、彼は私の手を払うようなことはありませんでした。

「孤児院、帰ろ」

 もうじき日も暮れます。
 私は彼の手を取って、孤児院に戻ることにしました。もちろん、転がっていた剣を彼が回収し、「道具」の中に入れた後でです。
 彼に手を繋ぐことを拒否られるの覚悟していたのですが、予想は外れました。むしろ、ぎゅっと彼の方が私の手を強く握っています。

 孤児院の中に戻れば、院長先生がすぐに私たちを出迎えてくれました。

「リアトリス、ユゴ」

 院長先生が私たちに呼びかけ、直後主に彼に向かって何やら神妙な面持ちで話しかけます。
 流暢にテンポよく飛び交う言葉は、当然私にはちんぷんかんぷんです。二人の会話が早すぎて、知っている単語すら拾い上げるのが至難の業となっています。
 話の区切りが一旦ついたようで、院長先生から「彼と二人で話がある」的なことを伝えられました。
 私が了承しその場から立ち去ろうとするも、彼が繋いでいる私の手を離そうとしません。

「何?」
「一緒 ――― 」

 一生懸命私を引き留めようと、彼は必死の形相です。

「早い。意味、分からない」

 多分、「一緒にいて欲しい」みたいなこと喋ったのでしょうけど、敢えてここは素知らぬふりをしました。
 だって、院長先生の方から、私が彼と一緒だと困るオーラを、びしばし感じるんですもん。空気、読みましたとも。

「ユゴ、リアトリス ――― 」

 駄々をこねていた彼も、その後の院長先生の説得に渋々折れ、ようやく私から手を離します。それには、内心ほっと安堵しましたとも。
 そうして、何度も私の方を振り返りながら、彼は院長先生に連れられて行ったのでした。
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