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四歳
春が訪れる前③
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剣を振り回し、怪我をしたらしき男の子の手当てをした後日。
私は、院長先生に呼び出されました。
院長先生の雰囲気から、怒られる気配は微塵も感じません。悪い予感も、しませんでした。
テーブルを挟んだソファ椅子に対面になるように座り、院長先生が切り出します。
「リアトリス、あなたはこの前会った男の子を覚えていますか?」
院長先生が私に聞き取りやすいようにゆっくりと、何度か繰り返し問います。
内容を理解した私は、「はい」と首を縦に振りました。
あの日以来、孤児院で彼を見かけていません。彼が私の視界に入った記憶もありません。
そもそも、彼の顔をはっきり思い出せないので、仕方ないものがありますが……。グレーの瞳と坊主頭ということ以外、朧気なんですよね。
彼に抱きつかれた際、嫌な思い出がよみがえり、私が彼を思い出したくないと思っているのも要因なんでしょうけど。
「彼の ――― ? 」
院長先生にされた次の質問に、小首を傾けます。
私に質問の内容が伝わっていないと分かると、院長先生が紙に言葉を書いてくれました。
見せられた紙に、こちらの世界の言葉で、「この前」・「男の子」・「何」・「思う」と書かれているのは拾い上げられました。ワード的に、「この前会った男の子についてどう思う?」というところでしょうか?
どう思うと言われましてもね……。
「分からない。会う、一度」
困った顔を、院長先生に返します。あの初対面だけで、どう思うも何もないでしょう。
私の意見に、院長先生は苦笑しながら納得してくれます。
「彼は好きですか?」
続けざまの質問に、私は少々眉を顰めます。先ほどの私の言い分を理解した、院長先生らしくないと思われたのです。
「会う、一度。好きじゃない。会う、一度、彼、分からない」
院長先生の意図は分かりません。
ですが、問われたので、私の知るボキャブラリーで精一杯自分の気持ちを伝えるしかなかったです。
私の返事に、院長先生はやや視線を伏せます。それからすぐに「そうですね」的な言葉を、私に告げました。
それから、院長先生は紙に言葉や絵を示し、あの時の男の子が私に伝えたかったことなどを、根気よく教えてくれます。
付随して、彼の孤児院に来るまでの境遇を知りました。
彼の両親が先月死んだこと。
ご両親は剣で戦い、魔物などを倒し、誰かを守っていたこと。院長先生の説明から、それとなく腕利きの剣士であったことがうかがえます。
そんなご両親が彼は大好きだったこと。
いきなりそんな大切な存在を失った悲しみの傷を癒す目的もあり、孤児院に来た彼は、両親のように強くなろうと彼なりに鍛錬していたことを、知った次第です。
「彼、今、辛い」
「ええ。だから……」
院長先生が告げた続きの内容に、私は微妙な顔になります。
だって、「優しく」とか「仲良く」してと、私にお願いされましても。正直困ります。
「彼、一番、会う、私、好きじゃない。彼、男の子、私、女の子。友だち、難しい」
私は片言で、懸命に「彼自身が私と仲良くする気はない。異性だから仲良くするのは難しいこと」を、院長先生に訴えました。
初対面の印象で決まるっていうアレ、中々馬鹿にできないとは思うんですよ。ですので、私と彼が仲良くなれる気はさらさらしません。私とあの男の子の出会いは、悪い方の部類に属しますでしょうから。
それに何より、彼の方が私と仲良くする気はないでしょう。あのとっつきの悪さは、それを如実に物語っていました。
「彼はあなたが嫌いじゃないですよ」
院長先生が、私に分かるように、ゆっくりとそんな意味の言葉を繰り返します。
けれども、私はそれを鵜呑みにはできそうにありません。信じられないと首を横に振り、肩をすくめてみせます。
そんな私の意固地とも判断できる態度に、院長先生は眉を下げました。
「孤児院、子ども、たくさん。彼、友だちたくさん。私、不要」
「分かりました」
頑なに提案を拒む私に、院長先生は仕方なさそうに額に手を当て、ようやく諦めてくれました。
罪悪感はありません。むしろ、ほっとします。
第一、副院長に目の敵にされている私と仲良くしても、彼にはデメリットしかないでしょうよ。
それに、私は自分のことで手一杯なのです。
私だって、未だ過去と決別も踏ん切りもついていません。それなのに、他人の繊細な出来事と関わり、寄り添ってあげることなどできはしません。
他の誰かは、傷を分かち合い、それを乗り越えていけるのかもしれません。
でも、私には極限無理ですね。持ちつ持たれつで、互いの過去の傷をなめ合ったところで、私の場合、上手くいかない気しかしません。むしろ、傷口を大きく抉られる予感ばかりがよぎります。
ま、どうせ私は胸に抱える痛みを、他人に打ち明けられりゃしないでしょうけど。
酷い話、あの男の子に変に懐かれても困るのです。依存なんかされたら、後々互いに迷惑です。
私はおそらく、この孤児院に長居はしないでしょうからね。
早い別れがある者と仲良くするよりは、長い付き合いのある者と仲良くした方が、彼のために決まってます。
同情や憐れみで優しくして仲良くなって、早すぎる別れで彼を傷つけるくらいなら、最初から仲良くならない方がいいのです。少なくとも、私はそう確信しています。
その考えは、この先多分揺るぎません。
まだ何か言いたげな顔をしている院長先生に退出を促され、私は早々とその場から去ったのでした。
私は、院長先生に呼び出されました。
院長先生の雰囲気から、怒られる気配は微塵も感じません。悪い予感も、しませんでした。
テーブルを挟んだソファ椅子に対面になるように座り、院長先生が切り出します。
「リアトリス、あなたはこの前会った男の子を覚えていますか?」
院長先生が私に聞き取りやすいようにゆっくりと、何度か繰り返し問います。
内容を理解した私は、「はい」と首を縦に振りました。
あの日以来、孤児院で彼を見かけていません。彼が私の視界に入った記憶もありません。
そもそも、彼の顔をはっきり思い出せないので、仕方ないものがありますが……。グレーの瞳と坊主頭ということ以外、朧気なんですよね。
彼に抱きつかれた際、嫌な思い出がよみがえり、私が彼を思い出したくないと思っているのも要因なんでしょうけど。
「彼の ――― ? 」
院長先生にされた次の質問に、小首を傾けます。
私に質問の内容が伝わっていないと分かると、院長先生が紙に言葉を書いてくれました。
見せられた紙に、こちらの世界の言葉で、「この前」・「男の子」・「何」・「思う」と書かれているのは拾い上げられました。ワード的に、「この前会った男の子についてどう思う?」というところでしょうか?
どう思うと言われましてもね……。
「分からない。会う、一度」
困った顔を、院長先生に返します。あの初対面だけで、どう思うも何もないでしょう。
私の意見に、院長先生は苦笑しながら納得してくれます。
「彼は好きですか?」
続けざまの質問に、私は少々眉を顰めます。先ほどの私の言い分を理解した、院長先生らしくないと思われたのです。
「会う、一度。好きじゃない。会う、一度、彼、分からない」
院長先生の意図は分かりません。
ですが、問われたので、私の知るボキャブラリーで精一杯自分の気持ちを伝えるしかなかったです。
私の返事に、院長先生はやや視線を伏せます。それからすぐに「そうですね」的な言葉を、私に告げました。
それから、院長先生は紙に言葉や絵を示し、あの時の男の子が私に伝えたかったことなどを、根気よく教えてくれます。
付随して、彼の孤児院に来るまでの境遇を知りました。
彼の両親が先月死んだこと。
ご両親は剣で戦い、魔物などを倒し、誰かを守っていたこと。院長先生の説明から、それとなく腕利きの剣士であったことがうかがえます。
そんなご両親が彼は大好きだったこと。
いきなりそんな大切な存在を失った悲しみの傷を癒す目的もあり、孤児院に来た彼は、両親のように強くなろうと彼なりに鍛錬していたことを、知った次第です。
「彼、今、辛い」
「ええ。だから……」
院長先生が告げた続きの内容に、私は微妙な顔になります。
だって、「優しく」とか「仲良く」してと、私にお願いされましても。正直困ります。
「彼、一番、会う、私、好きじゃない。彼、男の子、私、女の子。友だち、難しい」
私は片言で、懸命に「彼自身が私と仲良くする気はない。異性だから仲良くするのは難しいこと」を、院長先生に訴えました。
初対面の印象で決まるっていうアレ、中々馬鹿にできないとは思うんですよ。ですので、私と彼が仲良くなれる気はさらさらしません。私とあの男の子の出会いは、悪い方の部類に属しますでしょうから。
それに何より、彼の方が私と仲良くする気はないでしょう。あのとっつきの悪さは、それを如実に物語っていました。
「彼はあなたが嫌いじゃないですよ」
院長先生が、私に分かるように、ゆっくりとそんな意味の言葉を繰り返します。
けれども、私はそれを鵜呑みにはできそうにありません。信じられないと首を横に振り、肩をすくめてみせます。
そんな私の意固地とも判断できる態度に、院長先生は眉を下げました。
「孤児院、子ども、たくさん。彼、友だちたくさん。私、不要」
「分かりました」
頑なに提案を拒む私に、院長先生は仕方なさそうに額に手を当て、ようやく諦めてくれました。
罪悪感はありません。むしろ、ほっとします。
第一、副院長に目の敵にされている私と仲良くしても、彼にはデメリットしかないでしょうよ。
それに、私は自分のことで手一杯なのです。
私だって、未だ過去と決別も踏ん切りもついていません。それなのに、他人の繊細な出来事と関わり、寄り添ってあげることなどできはしません。
他の誰かは、傷を分かち合い、それを乗り越えていけるのかもしれません。
でも、私には極限無理ですね。持ちつ持たれつで、互いの過去の傷をなめ合ったところで、私の場合、上手くいかない気しかしません。むしろ、傷口を大きく抉られる予感ばかりがよぎります。
ま、どうせ私は胸に抱える痛みを、他人に打ち明けられりゃしないでしょうけど。
酷い話、あの男の子に変に懐かれても困るのです。依存なんかされたら、後々互いに迷惑です。
私はおそらく、この孤児院に長居はしないでしょうからね。
早い別れがある者と仲良くするよりは、長い付き合いのある者と仲良くした方が、彼のために決まってます。
同情や憐れみで優しくして仲良くなって、早すぎる別れで彼を傷つけるくらいなら、最初から仲良くならない方がいいのです。少なくとも、私はそう確信しています。
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