序・思わぬ収穫?

七月 優

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四歳

春が訪れる前⑤

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 昼食後、孤児院から来た私たちは、二手に分かれるのが常です。
 一つは、本を借りるなどして孤児院に帰宅する組。お昼寝したい子や、図書館はもう飽きた子たちですね。
 もう一方は、そのまま夕暮れ前まで図書館に残ってから帰る組です。

 当然私は後者となります。
 できるだけ、副院長のいる孤児院には帰りたくありませんからね。

 同い年くらいの子が全員帰る中、本日マリエラは図書館に残ることにしたようです。
 
「リース、一緒に来て」
「うん」

 マリエラに手を取られて、トイレへ直行。
 この年から、「トイレは誰かと」現象あるんですねぇ……。
 私もついでにお花摘みするとしますか。
 大きな図書館とあって、子ども用トイレと洗面台も、バッチリ完備されてますよ。

 そして、女子特有の手を洗った後の鏡チェック。
 先月末辺りから、マリエラは特にそれが念入りになった気がします。髪形とかも、すごく気にするようになりましたし。まさしく女の子って感じです。
 マリエラがそうなるようになったきっかけは不明です。ま、身だしなみに気をつけるのはいいことですよね。
 
 ただ、それらに関して、前世から抱いていた悶々とした思いが少々ございます。
 それは、待つ側は微妙に苦痛問題。
 高校生時代、「お~い。いつまで鏡と見つめ合ってるの?」と、何度心の中で突っ込みを入れたことか……。髪形と顔いじりで、休み時間ギリギリまで、彼女らは時を消費していました。
 私も最低限身だしなみ整えてましたけど、彼女たちの女子としての矜持の足元に及びませんでしたよ。
 前世つるんでいたのは、化粧で化ける子たちではありませんでしたけど……。
 正直、「女(で生きるの)って大変というか、めんどくせえな」と思いましたよ。「化粧するのは、男が主流だったら良かったのに」なんて、くだらないことを考えました。
 まあ、それぞれ異なる辛さがあるに、違いないんでしょうけどね。

「お待たせ。行こう」
「うん」

 現実逃避していたら、マリエラの身だしなみチェックも無事終わりました。
 私たちはまた本の森へと戻ります。


 * * *


 午後は、幼い子どもたちが集まって過ごすスペースに向かいました。クッションマットが引かれたそちらは、靴を脱いで床でごろんとなることが可。
 そこで、マリエラと寛ぎながら絵本を読んで過ごします。

 けれども、マリエラは途中で眠気に負けてダウン。
 私の肩を支えに舟をこぎ始めたマリエラを、私の膝の上で寝かせてあげました。ついでに「道具」の中にあったブランケットをかけてあげます。
 その体勢を維持しながら、私の左側に脚を投げ出しているマリエラの眠りを妨げないよう、右側の床に絵本を広げ読むことに。体を右側にひねりながら読書するのは、慣れません。それでも、数冊の絵本をそこそこ集中して読み耽ることができました。

 気分転換に一度読書を止め、大きく伸びをします。
 マリエラはぐっすり夢の中、起きる気配はありません。これはもう帰るギリギリまで寝かしときますかね。

 まっすぐ伸ばした両足のつま先を、にぎにぎと動かしていたら、右手から誰かがやって来る気配がします。
 顔を向けると、はいはいする獣人族の赤ちゃんがいました。灰褐色の小さめの三角耳が、ぴょこんと頭部に生えています。
 その子はつぶらな瞳で、私を支柱代わりに立ち上がりました。多分そういうことするお年頃なのでしょう。

「あ~」

 何やら喋ってますが、何を言いたいのかは意味不明です。だって、赤ちゃんですもん。
 マリエラに膝枕している一方で、獣人族の赤ちゃんに立ち上がる練習の支えになっている私。無論身動き取れません。
 親御さんは近くにいないんですかね?
 その思いからきょろきょろ周囲を見渡す前に、母親らしき女性が赤ちゃんを連れ戻しに来てくれました。

「ごめんなさいね」
「大丈夫」

 赤ちゃんとお揃いの耳をした彼女と、そんなやり取りをしていれば、赤ちゃんのくしゃみが一つ。
 彼女に抱かれていた赤ちゃんは、獣の姿になっていました。
 えっと、確か前世「う」がつく名前の……。一分かかる前に、前世の通称を思い出しました。
 どうやら親子は、ウォンバット・・・・・・の性質を受け継ぐ獣人族のようですね。
 母親らしき女性と会釈しあうと、二人はその場から離れていきました。途中で父親らしき男性と合流し、図書館から去って行きます。

 こちらの世界、やはり様々な種族がいました。
 前世の人類に相当するのは、人族と呼ばれています。私も根幹は人族らしいです。

 先ほどの母子は、獣人族。
 獣人族は、人族と同様の性質も持ち合わせながら、人族にはない獣や動物の特質や特徴を受け継ぐ種族です。
 耳・角・尻尾などを有するのは、獣人族の血が入っている証拠。
 体の一部が、獣や動物のそれになっている場合もあるそうです。先ほどの母子は、人族の耳がない代わりにウォンバットの耳が生えてましたしね。

 院長先生や書物が教えてくれたことには、獣人族は大きく三種類に分かれるそうです。

 ①外見に顕著に獣・動物の特徴が現れている者。将来、自身に流れる血の獣や動物の姿に、たいてい意識して変身できるようになるそう。
 ②見た目は人族のようでありながら、意識・無意識で変身できる者。
 ③見た目は人族のまま、獣や動物の特質や特徴を受け継ぎ、変身しない者。

 分類すると、そんな風らしいですね。
 また、獣人族は他種族よりも優れた動体視力・スピード・パワーを備えているらしいです。あと、人族よりは長寿なんだとか。

 それにしても……。赤ちゃんウォンバット、可愛かったですね。少し癒されました。
 わずかにほっこりした気分でいれば、背中に何かが当たります。ちょっとした衝撃に、前のめりになりましたとも。
 首を左後ろにひねれば、見知らぬ子に背中合わせで寄り掛かられていました。顔はよく見えませんが、同い年くらいの男の子でしょう。髪の長さはベリーショートで、茶髪と金髪をミックスしたような髪色です。
 獣人族の赤ちゃんといい、次から次へと一体なんなんですかね?

「何?」

 問いかけるも、彼は微動だにせず、返事はありません。
 もしかしたら、孤児院の子かもしれません。いくら子どもでも、見知らぬ私にこんなに馴れ馴れしくしない気がします。
 首をひねり、一応確認もすることにしました。

「誰?」

 彼から返事はありません。私と背中をくっつけたまま、動く気配もないです。
 なんだかなと、私は溜息を流します。

 少しして、「あっち行ってよ」の思いで背中を押せば、同じくらいの力で押し返されました。
 あ、これ、もう一回やると遊びと勘違いされそうです。
 なので、二度目はせず、もうそのままやり過ごすことにしました。彼から去ってくれるのを、待つことにします。
 
 数分後、私の右手の上に、温かい何かが乗りました。
 見ると、背中合わせの人物の左手が、そっと添えられています。

 え~と、なんなんでしょうね、この状況。目を丸くするばかりでございます。
 恋愛観・要素あるシチュエーションなら、私と彼以外の二人なら、もしかしたらいい感じのアクションなのかもしれませんけど。
 いかんせん、こちとら中身高校生以上。
 しかも、手を添えられてる彼は、見知らぬお子ちゃま。

 トキメキなど皆無です。

 私自身、あのたぐいの趣味・嗜好じゃありませんしね。子ども自体そこまで好きでもありませんし。
 「なんでこんなことするん?」と、盛大に訴えたい気持ちしか生じません。疑問と困惑が私を支配します。目をパチクリ瞬かせました。

 手を振り払うか迷っていたら、私の膝枕で眠るマリエラが寝返りをうちます。おまけに早口で寝言が紡がれます。
 直後、背中越しの存在がすっくと立ち上がりました。背後でだっと走る音が聞こえ、私が振り向いた瞬間には、見る影もなかった次第です。

 もう会うことはないでしょうけど、本当、一体何がしたかったんでしょうね?
 初めから終わりまで、謎に包まれた気分です。
 自然と呼気もでっかくなりました。

 子どもとはいえ、「図書館ではお静かに」と消え去った彼に念を送ります。
 そして、眼下の存在には日本語で小さく小さくお願いを。

「マリエラ。血流的にもそろそろ起きて~」
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