序・思わぬ収穫?

七月 優

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四歳

春が訪れる前⑥

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 フェブリエの月が終わりに近づき、春の芽吹きの予感を、ひしひしと感じるようになりました。

 生まれ変わって良かったと思えることの一つに、「花粉症で悩まない」ことも入っています。
 今のところ、花粉症の兆候は見られません。いつか発症する可能性もあるでしょうが、現在苦しまずに済むことを幸いに思います。
 まあ、孤児院の者たちを観察していると、ひどい花粉症にかかった者は、今のところ誰一人見たことないんですけどね。
 魔法ありの世界ですし、前世よりも治療方法や治療薬が特化している可能性もあります。
 何はともあれ、あのノンストップ鼻水とくしゃみと涙に悩まされないのは、いいことでしょう。あれまじきっついですから。
 「鼻水啜ればいいじゃん」っていう人、地味にイラっとしましたね。啜れたら苦労しないっちゅう話です。
 花粉症酷いときには熱出ますしね。
 そんなやばい状態で耳鼻科行って「こんなになるまで何してたっ」って先生に怒られても、「真面目に高校生活送ってました」と心の中で嘆くしかなかったですよ。

 何はともあれ、花粉症にかかっていない私は、今日も孤児院の外に避難中。
 副院長が就任する前の体制ならともかく、今は勝手に私がそんなことをされるのは許されています。
 副院長の件がありますからね。そこら辺、大目に見てもらっていますよ。じゃなきゃ、やってられません。

 愚痴ってしまうと、副院長、もう本当に手の施しようがないんですよね。
 「他人の不幸は蜜の味」とはいうもので。副院長は、そういう系統の呪いにかかっているといっても、過言ではなく。
 私をターゲットに嫌がらせ・いじめをするのが、生きがい・目標にすり替わっているんでしょうね。副院長の頭の中では、本来であれば理不尽で非人道的なことでも、私にはそれは該当せず、正当化されているのでしょう。実に嫌な変換の仕方です。
 そうやって愉悦感に浸り、優位に立つことでしか、彼女は己を保てなくなっているのだと思います。


 だって、院長先生不在且つ孤児院の他の子どもたちの目が届いていないところで、私に暴力まで振るうようになったのですから。


 私をどこかに連れて行く際の彼女の力加減のおかしさから、その傾向はありました。ですので、そうなったのもなんら不思議はないんですけどね。彼女終わったなって、思わずにいられません。
 正当な理由なく、なんの躊躇もなしに平手打ちはお手の物。彼女が個人的に何か嫌なことがあって、すこぶる機嫌が悪いときは、頭部をグーパンですものね。突き飛ばされて、壁や床に体を打ちつけることだってありました。

 憎悪のこもった暴力は、遠慮ない痛みを伴いました。
 強がっていても涙目になりましたし、実際涙を流しましたが……。副院長に「やめて」や「ごめんなさい」などと、決して言いはしません。
 「やめて」といったところで、この手の人物には逆効果です。エスカレートする想像しかできない悪手は、避けるに越したことはありません。
 また、私は彼女に謝るようなことはしていないつもりです。だから、この件ばかりは安易に日本人的思考で謝罪など、意地でもしませんよ。
 それに、「私の存在自体が悪」とはなっから決め込んでいる副院長に、謝罪などしたって無意味なのです。
 彼女が私を無関心でいられない限り、私か副院長の片方か両方が存在しなくならない限り、この負の連鎖は終わりません。
 今のように、孤児院という同じテリトリー内に、相容れない私たち二人が属しているのは、最低最悪に違いないのです。
 それらのことを、私は嫌というほど知っています。
 だって、嫌がらせやいじめって、大抵そんなもんですもん。

 副院長の私へのバイオレンスですが、誰かに告げ口や相談をする気は、今のところまだありません。

 そりゃ、内心「おいこら、てめえ」ですよ。
 罷りなりにも、孤児院の副院長、いわば子どもの保育士&教師的な立場の人間が、何しやがるなんですけどね……。

 私一人にはそんな副院長ですけど、料理面と私以外には、本当に文句ありません。
 他の子どもたちへの接し方は、目を剥くほどまとも。多分、この世界の常識に適っています。
 そんな風に、別人と見まごうほど、真面目にきっちり仕事自体はこなしているのですよ。

 私以外には私という犠牲で、副院長はある意味正常を保てています。
 それが、褒められたものではないことは承知しています。
 私が我慢し、このことを露見しないことは、本来であれば許されることではないのも理解しています。多分、副院長のためにはきっとならないのであろうことも、承知の上です。

 けれども、副院長が私を虐げることで、精神面ギリギリの綱渡りを頑張っているなら、もうそれでいいと思いました。
 別に私は被虐趣味があるわけじゃありません。
 ただ、副院長が綱から転落した見るも無残な姿は見たくないだけです。その程度の同情と憐れみは、一応持ち合わせています。
 それに、副院長の自業自得で、零落や己を顧みないことされても、こちらとしては後味悪いですからね。
 身から出た錆なのに、最悪私が罪悪感抱かされるような事態はごめんですよ。

 一応今のところ、副院長も私への暴力の証拠隠滅はかなり徹底しています。
 痕が残らない程度の手加減は、彼女なりにしているみたいです。「そんなところで優秀さを発揮するなっ」て感じですけどね。
 人目につく目立つ傷跡が出来れば、副院長なりに嫌々応急処置証拠隠滅。「私に触わるのも嫌なら最初から暴力振るうなよっ」て話です。
 私も私で、自分でそれなりに応急処置しますしね。一時的に赤くなって腫れた頬や、泣いて充血した目は転んだとかで誤魔化してます。
 ですので、周囲にはバレていないと信じるしかありません。

 こんな事態に陥っているのは、私が「未だ上手く他者と意思疎通ができない」と大いに副院長に思われているのも要因でしょう。
 実際、私の言語レベルは、マリエラたちと大きな差が開いていますし。

 あんまし言いたくはないですけど……。
 「いじめられる側にも問題がある」って意見は、皮肉にも理解している部分はあります。
 だからって、いじめをする奴が悪くないとは決して思いません。
 さすがに副院長の私への仕打ちは、度を越しています。一生許しはしませんよ。

 とはいえど、まだ我慢できます。
 副院長の私への理不尽を明るみにするのは、今じゃないのです。
 これでも、なけなしの頭でどのタイミングがいいか、きちんと考えています。
 その来たるべき瞬間が訪れるまで、私は耐えねばなりません。

 この世界で生き抜くために、私はまだ知識が足りません。
 今後ここを出て一人で生き抜いていくために、最低限の知識と条件が満たされていないのです。
 せめてそれらを揃え、副院長がとんだぼろを出すまで、どんなに辛くても我慢してみせます。

 私がそんな考えに至るのも、良くも悪くも前世培った経験のおかげでしょう。
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