籠の鳥、雲を慕う

七月 優

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第一部

No.6 約束

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 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 一時貸した石を嬉しそうに手に取るセラを、俺はまじまじと見ていた。

 セラはおそらくこの石の価値を知らないだろう。
 この石、ある時あいつがどこからかとってきてくれたのだが、何でも売れば最低でも十万ユルはすると鑑定屋がいっていた。仲間たちにもこのことは告げていない。冗談でよく行く飲み屋で働く女の子たちにあげるといったこともあったが、きらびやかに美しく飾ることに夢中な彼女たちにこんな地味な石はいるはずもなく、ほしいのほの字すら言われたことはない。

 それが、目の前にいる少女はどうだ。今までにない返しをしてきた。やはり変わっているというか、なんというか。

 でも、これで意地でも出国前にセラにお金を返しに会う理由も出来た。

 ん、そういやどう返せばいいんだ?

「結局、どこに住んでるんだ?」

 その質問に、ミルクティーを飲んでいたセラはむせた。

「だいじょうぶかよ」

 半ば呆れて聞くと
「だ、大丈夫です。でも、住所なんてどうして聞くんですか?」
何故か恐る恐る聞くような感じでセラが言うと
「だって、住所とか分からないと金返せねぇだろ?」
ここ首都で人多いんだし。

 だいたいの場所でも分からないと待ち合わせ場所も決められない。

「いい、いいですよ。このケーキ屋つきあってくれたことでチャラってことで」

 ある意味挙動不審な彼女に
「それじゃ、俺が納得いかねぇよ。つーか、さっきの物質いみねぇし」
「あ、そっか・・・・・・。じゃ、じゃあ、中央公園で待ち合わせしませんか?」
「中央公園?」
「はい、あそこは一年中きれいなんですけど、今はお祭りで飾られてていっそうきれいなんですよ。お祭り終わったあともしばらく装飾はそのままだから」

 うれしそうに話す彼女。仕方ない、そこを待ち合わせにするか・・・・・・。

「中央公園ってどこ?」
「ここから、十分くらい歩いたところにあるんです」
「一回行けば分かるから、案内してよ」

 そう、俺は土地勘がなくてもだいたい道を覚えられる。今の職についてからそういうことも身につけたのだ。

「分かりました。じゃあ、行きましょうか」

 ケーキを食べ終えた様子の彼女がそう言って、俺はあることに気がついた。




 * * * * *




「あ、あのさっ、支払いのことなんだけど」

 彼はいきなりそう切り出した。

 困ったような彼に
「なんですか?」
首を傾げる私。

「俺に支払わせてくれない?」

 両手を顔の前で合わせ、小声で申し出た。

「・・・・・・はい?」

 一瞬何がなんだか分からなくなって、私はそう言ってしまった。

「だってさ、こういうの払ってもらうって、なんていうか、俺、ひもみたいじゃん」

 顔をそらし、気恥ずかしそうに彼は言った。
 
 あぁ、そういうこと。

「た、しかに、そう、かもしれませんね。でも、私の財布ピンク色なんですよ。しかも花柄の。支払いはやっぱり私がするんで、先に外出て待っててください。それなら、いいでしょ?」

 私の提案に
「分かった、それなら」
納得したような彼に
「男の人って、何で女の子にそんなにおごってあげるとか何か買ってあげるとかするんですかね」
 イノセンシオもそうだ。たまに、私によく服やらなにやら買ってくる。

 あんな高そうな服、好みじゃないのだが。

「さぁ? 俺も聞きたいよ」

 彼は苦笑いしながら言った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 彼女が支払いを済ませてるのを、俺は店の外で待っていた。

 意外に気がきくんだな、彼女の提案に俺は内心びっくりした。

 男慣れしていなさそうな彼女が。ここまで気がきくとは思えなかったからだ。今まで彼氏がいなかったとかじゃ、ないのかも知れない。
 でも、今男がいるとは思えない。彼女の性格からして、彼氏がいるのに違う男と食事はしないだろう。初対面とはいえ、そう思った。

 でもなぁ、女は見かけによらないからなぁ。

 そんなことを考えていると
「お待たせしました」
彼女が店から支払いを済ませて出てきた。

 そしてとことこ俺のところに来ると
「ユファさんこそ、意外と律儀ですよね。私が支払い済ませている間に逃げることもできたのに」
ほほえむ彼女に
「そういりゃそうだな」
つい納得してしまう俺。

 でも、別にばっくれる気おきないんだよな、こいつって。
 それにやっぱり、盗賊まがいの職についているとはいえ、金があったのにあいつらのせいで脅しちゃったんだもんな。しかもこんな女の子を。やろうにおごらせても、女の子におごられるのはやはり俺のポリシーに反する。

「初対面の人にあんなことするから悪い人かと思ってたけど、意外にいい人なんですね」
「いや、確かに俺はまだいいやつの部類かもしれないけど、お前簡単に他人信用するなよ。世の中、いいやつなんてそんないないんだから」

 余計なお世話かと思ったが、俺はそう忠告した。だってこいつ騙されやすそうだしなぁ。

「そう、ですよね・・・・・・。信用して裏切られるのは哀しいですもんね」

 伏し目がちにセラが言った。

 俺は『冷たい人ですねぇ』とかいう反応を想定していたのだが、まさかこいつの口からこんな言葉が出てくるとは思わず動揺してしまう。

 こういう時なんと声をかければいいのだろうか? 

 そう思っていると
「さ、行きましょうか」
さっきとは打って変わって明るく言う彼女に
「あ、あぁ、そうだな」
俺はそんな返答しかできなかった。

 


 * * * * *
 



 中央公園には、あっという間についた気がする。

 彼は見るなり
「さすが、中央公園っていうだけあるな」
そう称賛し辺りを見渡した。

 青々と茂った木々たち、手入れが行き届いた花壇の花々。中央の噴水には人が行きかい、清潔そうなベンチには人が座っていないところはない。この公園は敷地も広く、きれいなので休日や夕方には人がたくさんにぎわう。

 そして、柵や電灯には夜になればイルミネーションがきれいになりそうな電球や、昼には普通の造花、夜になれば蛍光色でほのかに光る花になる装飾、色彩豊かな布や紐がお祭り用にあたりを彩っていた。

「明日はきっと一番きれいでしょうね」

 ぼそりといった一言に、
「じゃあ、明日にするか」
彼は何を思ったのかそう言ってきた。

「えっ?」
「だから、明日ここで会おうぜ」

 あ、あしたぁっ! 明日は確か、仕事を入れてしまったはず・・・・・・。

「あの、明日実は仕事は入ってて」

 言い出しにくかったがそう言うと
「何時から何時?」
「朝から、夜九時まで・・・・・・」
「あちゃー、ちょうど祭りの時間とかぶってるな」
苦笑いする彼に
「はい」
私は溜め息をついてしまう。

 そんな私を見て
「じゃあさ、祭りは終わってるけど、仕事終わりこここれないか?」
彼のその提案に
「いいん、ですか?」
うれしさをなるべく外に出さないように訊ねる。

「あぁ、待ってるから」
「じゃあ、十時くらいにここに来ます」
「分かった、すっぽかすなよ。俺が言うせりふじゃないけど」

 頭をかきながら言う彼に
「絶対来ますよ」
私はもううれしさを隠せずそう言ってしまった。

 誰かと待ち合わせなんて、いつ以来だろう? それがあんな出会いをしてしまった人とはいえ、楽しいものなんだな。そんなことを思い出した。

 もっと、こういう出会いが、人との付き合いが広がればいいのに・・・・・・。

 そう思い空を見上げた。青い空に、雲がゆっくりとたなびいていた。


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