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第一部
No.8 もどかしさといらだち
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どうしたのだろうか?
私は、ちらりと隣に座る彼を見た。さっきから、こちらに見向きもせず、じっと眉一つ動かさずにいる。本当にどうしたのだろうか?
もしかして・・・・・・。さっきのことで、気を使わせちゃってる・・・・・・? もし、もしそうなら何か言わないと・・・・・・。でも、一体何を言えばいいか。
私が困惑しているまさにそのときだった。
「なぁ」
彼が私に話しかけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一瞬、こいつにあのことを全部言ってしまおうかと思った。全部言ってしまいたかった。でも、出来なかった。何かが俺をそうさせた。あのことを全部吐き出せたなら、どんなに楽だったことか、考えればすぐに知れたことなのに・・・・・・。
落ち着け。俺は自分にそう言い聞かせた。
第一、初対面のやつに、いくら同じような境遇だからって、こんなこという必要ないんだ。そんなの馬鹿げてる。
でも、心の中のもう一人の俺が言った。こいつにこんだけ個人的なこと聞いといて、俺だけ何も言わないのか? それってフェアじゃないんじゃないか?
それでもいい。俺は自分に言い聞かせた。俺には、ないんだ。まだ。こいつに、他の誰かに、あの過去を、自分の過去をさらけ出せない。そんな勇気、俺には、まだないんだよ。
いったん、あのことはまた忘れてしまおう。片隅に、使われない倉庫の中にでも、しまっておけばいい。
無理やり、俺はあの過去を払拭した。眼前に広がるは、おだやかな青空。隣には、偶然にも、同じ過去を持つ少女。こいつも、俺なりに苦労したのかもしれない。俺までとは行かなくとも、赤の他人の家に居候させてもらってるくらいなのだから。・・・・・・待てよ。俺は身寄りがなかった。でも、こいつは? こいつまで、そんな境遇まで一緒なのか?
俺は思い悩んだ挙句、結局
「なぁ」
そう声をかけた。
「は、はい。なんですか?」
数秒後、彼女は何故かどぎまぎしながら言った。
「その、親戚とかいなかったのか? 頼れる人」
その質問に彼女は少し間をおいてから
「・・・・・・いえ、いなかったわけじゃないんです」
彼女のその言葉に俺はほっとした。良かった、両親が死んで本当に独りになった、ってわけじゃなさそうだ。
「でも、最終的にはそうなりました。」
彼女は膝上で握った自分の小さな手に目を落としながら言った。
それに俺は
「えっ?」
思わずそう言ってしまう。
セラは苦笑い気味に
「母は他国の出身で、私母方の親族誰一人分からないんです。母も私に母方の祖父母はいないといっていたし。父のほうは・・・・・・」
そこまで言って、セラは口を閉ざしてしまった。そこまで言えばだいたい想像はつく。俺はセラに
「無理して言わなくていいぞ」
「いえ。実は事故のあと、父方の祖父母を訪ねたんです」
「一人で?」
「いいえ、今お仕えしているだんな様ご一家が付き添ってくださいました」
「そうか、いい人たちなんだな」
俺が率直に言ったその言葉に、セラは目を細めてから、いったん目を閉じ肩の力を落とし、何故か空のほうを見た。しばしの沈黙のあと
「・・・・・・はい」
そう言った。何か不自然に思われたが、多分その使えている人に今までの感謝の気持ちで感情が高ぶったのかなと勝手に思いつけてしまった。セラは続けて
「事故の話をだんな様が代弁してくださったあと、祖父母は父の死を悲しみました。でも、私を引き取る話になると顔色を変え、すぐにイエスとは言いませんでした。祖父母は叔父夫婦と住んでいましたし、私も正直祖父母にかわいがれているとは言えなかったので。一番の原因は、両親が祖父母の反対を押し切って結婚してしまったことにあったとは思うんですけど」
「どうして反対なんて」
「母はさっき言ったように外国人みたいなものでしたし、祖父母のところではただでさえよそ者にあまりいい印象を持たず、集落内の結婚と言えばいいのでしょうか? そういう結婚が当たり前だったんですよ。ですからもちろん両親の結婚は祖父母に反対されました。だから、両親の結婚は祖父母の承諾を得ずに、ある意味かけおちみたいだったそうです。そのせいか、私たちは祖父母のところより遠いところに住んでいたこともあって、祖父母にあったのは指で数えるほどしかなかったし、何より母そっくりの外見でかわいがられなかったんですよ。唯一父に似たのは赤目くらいで。でも、一応私を引き取ることに承諾してくれたんですよ。しぶしぶでしたけど」
「ならどうして?」
「・・・・・・だんな様がその祖父母の様子を見て、あとだんな様の息子が私より二つ年下なんですけど、その子が私と離れたくないとおっしゃって泣くものですから、祖父母の代わりによければ面倒を見るとおっしゃってくださって。・・・・・・祖父母は、最初は断りましたが、だんな様が三人だけで話をしたいとおっしゃって、席をはずし、しばらくして三人が戻ってくると、もう私がだんな様の元にお世話になると決まってしまいました」
かわいたような笑顔で言って、俺はそんな彼女に
「お前、は、それでよかったのか?」
そう訊ねるしか出来なかった。
「だいたい、今となっては三人が何を話していたのか予想はつきますし、私も父方の親族は苦手でしたから。それに、あの頃は、両親が死んだショックで正直それどころじゃなかったんです」
「そうか・・・・・・」
俺は、深呼吸してからセラを見た。セラは、何を見ているのか知らないが、まっすぐ前を向き俺の視線に気づかない。
どうして、あの事故はこうも俺を悩ませるのだろう。どうして、こんな子にまでおそらく辛い人生を歩ませたのだろう。どうして、あんな事故が起き、あの人は事故が起きることを知っていて、何故俺を助けたのだろう?
わからないことだらけだ。俺は、嘆息をこぼした。神様なんてくそくらえだ。あらゆる願いも命すら助けられない神なんて、神じゃない。ばちあたりかもしれないけど、そう思わずにはいられなかった。
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