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第一部
No.9 接近
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ふぅ。
彼が溜め息を吐くのがわかった。そこで私はしまったと思った。こんな暗い話されても楽しいわけないじゃないか。何やってるんだろう私、本当にこういうとき他人とコミュニケーションの不足がつくづく思い知らされる。な、なにか、何とかして楽しい話に持っていかなくては。
「あ、あのっ、別に気にしないでくださいね。もう、昔の話ですから。私も特に気にしていないんで」
私のその言葉に
「そう、ならよかった」
彼はなんだか辛そうな笑顔で言った。もしかして思いのほか同情されてるのかな? そんな考えが頭をよぎったとき
「今は、幸せなのか?」
彼が苦笑い気味に言った。その質問に私は面食らってしまった。
イマハシアワセナノカ・・・・・・?
幸せ? そうだ、祖父母に引き取られたよりは幸せには違いない。あの家に来た最初は本当に幸せだった。あんなことが起きるまでは・・・・・・。
でも、私なんて幸せなほうだ。世の中には、私なんかよりずっと辛い人生を送っている人なんて山ほどいるのだ。そう思うと、一種の諦めのようなものが私を落ち着かせた。
「そう、ですね。しあわせ、ですね」
私は空を仰いでいった。私はきっと欲張りなのだ。これ以上、望んではいけないのだ。望んだところで哀しくなる、だけなのだ。自由になりたいなんて。
でも、それでもやっぱり私は・・・・・・、出来ることなら、もし出来るなら、あそこから出たい。この国を、出てみたい。
そのためにはやはり彼(イノセンシオ)との問題を片付けなくてはいけない。
でも、いつか彼を説得できる日が来るだろうか? 今までだって、話しを聞いてくれても彼の私に対する考えや行為が変わった試しはないではないか? 何度脱走を試みて連れ戻されたことだろう? その度に私に対する彼の仕打ちは尋常ではなかった。あの苦しみから脱走しようとする勇気ややる気は、今やもうすっかりなえてしまった。何度逃げ出そうとしても、彼の優秀な従者と親の権力で捕まえられ、そのあとで味わうあの恐怖の苦しみ。もううんざりだった。だったらおとなしくしていて機会をうかがっていたほうがましだ。そう思いたってからもう、こんなに月日が経ってしまった。いつか、必ずそのときが訪れるのを待ち望んで、もう十六になろうとしている。
いつか、本当にあそこから自由になる日は来るだろうか?
そう思うと一気に気が遠くなる気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『そう、ですね。しあわせ、ですね』
それを聞いて、俺はほっとした。良かった、これでそうじゃないなんていわれたら、どうしようかと・・・・・・。
ん?
・・・・・・、どうするつもりだったんだ、俺? ・・・・・・まぁ、いいか。何もともかく、幸せにこしたことはないよな。
俺だって、今思うとあの事故がおきてから最初は地獄の日々だった。でも、今はドレットに、お頭に拾われて、こんなにまともな生活を送れるようになった。空賊とはいえ、ドレットもお頭たちもみんな優しかった。そりゃ、優しいだけじゃなく人から金するようなとこもあるけどさ・・・・・・。
「そうか・・・・・・」
俺はセラにそう言うと空を見上げた。他国のものであろう変わった文様を施した空舟(そらぶね)が、ゆっくりとどこかに向かうのが目に入った。小舟の中央の両方にカラスのような翼を生やしたそれは、ご立派に帆が張られており、胴体の横下などには舟にそぐわない金属類がごちゃごちゃと取り付けてあった。
「空舟、ですね・・・・・・」
独り言のようにセラが言った。
「あぁ。多分、運送系だなあれは」
「どうしてわかるんですか?」
セラは首をかしげ
「速度が遅いし、安全装置とかいろんなもんがごちゃごちゃついてるからな。それに、舟自体が全然ぶれてないだろ? 人や物を運ぶときは、安全第一 人物(ひともの)優先、安定してないといけないんだよ。乗客にけがさせたり、品物に傷一つつけたりできねぇから」
俺のてきとうな説明に
「なるほど」
セラが納得する。納得し、彼女は空舟を目で追いながら
「気持ちいいですか? 空舟って」
そう訊ねた。俺はその質問に内心驚愕した。こいつ、空舟にすら乗ったことないのか・・・・・・。空船や空舟なんて空賊の俺にとっては、ありふれたものだ。外国に行ったことないって言ってたから、空船に乗ったことがないのはわかる。でもまさか、空舟に乗ったことないなんて・・・・・・。今やどこの国の片田舎でも、一台はある乗り物なのに。遊園地や公共機関さえ空舟まがいの乗り物がある時代、乗ったことがないなんて、こいつある意味貴重だよな。
でも・・・・・・、この国に入ってこの国の空舟は見たことがない。もしかしてこの国自体、空舟がないとか?
「もしかして、この国って空舟ないの?」
俺の素朴な疑問にセラは
「まさか!」
即答した。続けて
「まぁ、ここは首都圏ですから法律上よっぽどのことがない限り民間人は空舟飛ばしちゃだめですけどね。実は今はお祭りで他国の方が訪れているからさっきみたいな空舟は特例なんですよ。もう少し、郊外に行けばありますよ。でも公共の空舟は少し距離が遠い場所に行く場合にしか使いませんけど」
セラが小さくなった空舟を追うのを止めていった。
「何でここ空舟だめなんだ?」
俺が驚きを隠せずに言って、セラはばつが悪そうに
「すいません、私もよくは知らないんですよ。憶測ですけど、ここらへんは身分の高いというかお金持ちの人が多く住んでいるからじゃないですかね。一応敷地内の空もその人の所有地でしょうから。人だって動物だって自分のテリトリーというか縄張りというか、そういうところに勝手に入られたら気持ちのいいものではないでしょう?」
「そりゃそうだ」
俺は素直に同意する。
「あとは都市の景観を損なわないためとかじゃないでしょうか?」
「はい?」
都市のけいかん? なんじゃそりゃ。
「ここはこうみえても歴史ある建造物や自然が多いですから、そういったものやここ独特の美しさといえばいいでしょうか、そういった特徴を壊さないためもあるんじゃないかなぁと・・・・・・。地上に線路をひかず、地下列車にするくらいですから。」
あぁ、そういう景観ね。俺は一人心の中でうなづき
「確かに、空舟は一つ間違えば歴史ある建造物? だっけ? そんなとこに猛スピードで突っ込めば簡単に壊せちまうからな。」
「それに、太陽の光を遮ってしまいますからね。日の光はこの国のシンボルですし」
「あぁ、そういえばそうだな」
彼女はこの返答をどうとっただろう? 日光を遮ることの方に思っただろうか?
俺は後者の方で同意した。
陽光は聖なる光。神がわれらに授けられし、尊きもの。希望の光・・・・・・。
学校でうんざりするほど聞かされた。そう説明する、教師の口調もどこかめんどくさそうで、どこか信じていないことをほのめかせた。
そういえばそうだ。三角形の国旗もオレンジ色の太陽が描かれているし、冬でも快晴ならこの国の空は初夏ぐらいに青々としている。数年たつと、すっかり忘れちまうもんだな。
二人がそんな話をしている頃、中央公園の出入り口の一つでは
「ほんとにこっちであってるんだろうな?」
背の高い青髪の青年が苛立たしく言った。
「ほんとだって」
軽い調子で青年の近くにいた青年とそれほど背丈の変わらない赤髪の青年が軽い調子で言うと
「ちょっとは反省しろよっ!」
青髪の青年は鷹のように鋭い目つきで睨みつける。
「なんだよー、ドレット。金すったくらいでさぁ。」
二人の少し後ろを二人より少しばかり年上であろう顔立ちの金髪の青年が言って
「そりゃ、すられたあいつも悪いぜ。でもなぁ、あいつにしちゃいきなり自分の国に戻ってきたんだ。あいつだって少しは考えることがあるだろうし、もう少しゆっくりさせてやれよ」
ドレットはやれやれと肩をすくめ
「だから俺は止めようっていったのに」
金髪の隣にいた銀髪のこの四人の中では一番背が低い者も、とばっちりだといわんばかりにぽつりと言った。
「ドレットー、前から思ってたけど過保護すぎじゃね? あいつもいい加減そこまで子供じゃねぇって。いざとなったら、ほかのやつからだまし取るくらいできんだろ」
金髪の青年はにやけながら言う。それにドレットは額に手を当て
「・・・・・・お前の腕なら安全かつ穏便に済むさ。でも、あいつ変なとこでドジるというかトロいじゃん。それに、あいつのもともとの性格上この職業むいてないの俺らが一番知ってるだろうが! 万が一あいつがへま踏んだら、最悪 船員(クルー)も責任問わされることになるんだぞ。お前ら、この国の法律厳しいって言われただろうが」
それに三人は
「あぁ、そういりゃいってたな」
「そうだっけ?」
「ゴミのポイ捨てしなきゃいいんじゃないの?」
赤髪、金髪、銀髪がそれぞれ言った。
「だめだこの兄弟」
ドレットが心のそこから呆れ、深い深い溜め息一つ。
「まぁあいつおいてきた店もうすぐだから、さっさと迎えいっちまおうぜ。」
赤髪の青年が頭をかきながらそう言って、公園の中を見た、まさにそのとき
「あれ、リュファスじゃね?」
視界に入った遠くのベンチに座る二人を指差した。
「ほんとかよー」
金髪の青年が指を指す方向に見向きもせず欠伸をして
「ほんとだよ、俺が兄弟んなかで一番目ぇいいの知ってんだろ!」
赤髪の青年は少しいらいらしながら言う。
「でも、あれ本当にリュファス? 」
指差した方向を見た銀髪の少年が恐る恐るといった口調で言うと
「あんな長い黒髪、あいつしかいねぇだろ」
ドレットが二人を視界に入れたまま真顔で言った。
「で、でも、リュファスの隣にいるのっ・・・・・・」
銀髪の少年が珍しいものでも見るようにいいかけ
「あいつも意外にやるようになったな、まさか他国で赤の他人と・・・・・・」
赤髪の青年がにやりと笑う。
「あいつにとっちゃ自国なんだろうがな・・・・・・。というか、昔の知り合いだったりして」
ドレットがそう言うと
「一体何のことだよー」
金髪の青年がようやく三人の見ている方向を見た。見て、目を少し見開き
「へぇ。この光景、あいつにお熱のお嬢様に見せてやりたいね」
そうニヤニヤしながら言った。それに、二人の兄弟もにやりとなるが、ただ一人ドレットだけは視線を落とした。
一方、また違う公園の入り口付近では
「本当にこんなとこでいいの?」
まだ幼さの残る顔の少年が言って
「ええ、少し散歩したい気分なの? イノセンシオは嫌?」
きれいに着飾った少女が言った。豊かなブロンドのウェーブがかった髪が風で揺れる。
「嫌じゃないさ、ベナサール」
イノセンシオが微笑み、彼女に手を差し伸べた。彼女もにこやかにその手をとる。
二人の後ろのただ一人の従者は二人のことを見ているようで見ていなかった。彼が見ていたのは、公園内のベンチに座るよく見知った少女の顔であった。
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