12 / 20
第一部
No.12 それぞれの帰宅後
しおりを挟む* * * * *
空はすっかり夕焼けに染まり、雲はピンク色に染まっていた。
「あら、早かったのね。おかえりなさい、セラフィーナ」
屋敷の関係者で入り口から帰ると、すぐ自分の上司で指導役の使用人が出迎えてくれた。ぴっちりとした白黒のメイド服に、黒髪はいつものようにきっちりとシニョンに結い上げていた。背が高くほっそりとしていて、年は確か四十前後なのだが、メイド長の威厳は実年齢以上に思えるほどあふれ出ていた。しっかりとしていて顔つきまでも厳しいが、やさしいところもあるのを私はよく知っている。
「ただいま帰りました、ブリギッタさん」
「今日は楽しかった? いろいろ買い物したの?」
その質問に、私は少し戸惑う。
いろいろ驚くことがあったり、あわただしかったりしたけど、彼との出会いは結果的によかったの、かな? うん、楽しかったな・・・・・・。
「はい、楽しかったです。買い物は少ししかしませんでしたけど」
私が正直にそう言うと
「確かに、いつも何か買って帰ってくるのに今日は手ぶらね。珍しい」
バック以外に何も持っていない私をちらり見て言った。
「ちょっと、今日はいろいろあって」
言葉を濁した私に
「そう言えば、今日ご飯はどうする? 早く食べたいなら、伝えておくけど。それとも外食する?」
メイド長が思い出したかのように話を変えた。
「今日は遅めにします。お昼遅かったんで」
お昼といえるのかわからないけど・・・・・・。
「あらそう? 残り物になっちゃうわよ、今は屋敷に二家族いるようなものなんですから」
それに私は声を出さずに笑ってしまった。確かに、ベナサール様たちやお付きの従者たちもいるから、いつものような量の使用人たちのまかないはないかも知れない。
「大丈夫ですよ、料理長の料理は残り物でも何でもおいしいですから」
私が正直に言うと
「うれしいほめ言葉ね、主人に機会があったら伝えておくわ。まぁ、今日は久しぶりの休みなんだからゆっくり休みなさいな」
メイド長はそう言ってさっそうとどこかへかけて行ってしまった。無理もない。仕事の途中なのだから。
私もすぐ自室に戻った。バックを取り机の上におくと、机の椅子に腰を掛けた。
ふぅ・・・・・・。何とか無事に帰れた。
公園を少し離れた後、走るのを止め、そのまま地下列車を使って帰ってきた。別にその後買い物をしてもよかったのだが、気が萎えてしまい、到底行く気にはなれなかった。
結局、新しい服も日用品も買えなかった。はぁ・・・・・・。
溜め息をつくと、バックをしまおうと、バックの中身を整理するため中身を取り出した。ハンカチ・ティッシュ・サイフその他もろもろ。取り出すものを取り出すとバックをタンスにしまった。
バックの中身が置いてある机の上を整理しようとして、私はじっとハンカチを見つめた。きれいに折りたたんでおらず、何かをくるむようにしておいてあるそれを私は手に取る。ハンカチをとると、中には彼がくれたものがあった。ひし形を少し伸ばしたような形の、先が尖った黒い鉱物。
それを窓の方に持って行き、カーテンを開け陽光に照らすときらきらとところどころ光り輝く。
「物質(ものじち)か・・・・・・」
彼は明日来るだろうか? 来てくれるといいな。来なかったら・・・・・・、
「返しませんよ・・・・・・」
私は物質(ものじち)を胸の前でぎゅっと握りしめた。そして、夕焼け空を見上げる。
彼もこの空を見ているだろうか・・・・・・?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
国が提供している停泊所に泊めてある空船に戻ると、五人で食堂に集まって休んでいた。食堂とは言っても、十数人用のテーブルとイス、調理器具と食材を保管してある、料理兼食事をする部屋である。今日は船での作業も終わっているので、全員出国前までお頭の気まぐれがない限り船員(クルー)全員にほぼ非番が言い渡されているのでしばらくよっぽどのことがなければ料理をすることはない。
「今日夜どうすっか? 」
トレンツがあくび混じりに言って
「おふくろたちは多分仲良く外食するだろうし、俺らも外食でいいんじゃね?」
ハシントがコップの水を飲み干していった。
「作るのめんどくさいしね・・・・・・」
ルカも同意する。
三兄弟のそんな様子を見て、ドレットが大きく伸びをし
「じゃあ、俺留守番してるからお前ら食べに行けよ」
「なんでだよ、お前も来いよ」
ドレットの提案にトレンツが少し驚いて言うと
「船に誰もいなかったら無用心だろうが、てか俺今日イロイロあって疲れたし」
「俺も疲れたし外食いいや」
机に突っ伏して俺が言う。そんな俺をみてドレットは何を思ったのか
「じゃあ、材料費出すからお前作れよ、この国の料理でも何でもいいからさ」
ドレットの急な提案に俺はどうしようか一瞬迷ったが
「いいぜ。その代わり文句なしだぞ」
俺はそう言い返した。
ちょうど、この国に来て食べたいものもあったし・・・・・・。別に作れるなら自分で作ってもいいと思えた。材料費も向こう持ちと言うし。
これも・・・・・・、あいつにあったせいかな。
「トレンツたちまだ外食しないだろ?」
ドレットが三兄弟に確信すると
「あぁ」
トレンツがそういう。
「じゃあ、今のうちに買い物行っとくか。俺準備してくるから、リュファスも準備できたら行くぞ」
「分かったよ」
俺らのそんなやり取りを見ていたルカが
「ねぇ、俺も金払うから作ってよ」
「別にいいけど」
俺が少し驚きながら返事をする。
「そんなら、俺らもそうすっか」
ハシントが言って
「だな」
トレンツが首を鳴らしながら言う。
「まぁ、買出しは行って来てくれたまえ。俺は寝るから出来たら起こして」
ハシントがとろんとした瞳で言うと
「右に同じ」
トレンツとルカが同時に言った。
流石は兄弟というか・・・・・・。俺は少しばかり呆れてしまう。
「じゃあ、空舟のエンジン温めてくるから、リュファスも準備できたら来いよ」
ドレットはそう言って部屋から出て行ってしまった。
ドレットが行ってから少しして
「てかさ、明日祭りらしいじゃん、賭けしねぇ?」
ハシントが出し抜けにそういった。
「賭け、いいねぇ」
トレンツがある意味嫌らしい笑いを浮かべる。
「明日祭りで一番に女の子誘えてOKもらえたやつに五千ユルでどうよ」
自信ありげにハシントが言うと
「その賭け乗ったっ!」
トレンツも自信満々に言う。
「誰も出来ないに賭けるよ」
ルカがぼそりといって
「言うね、弟。いいぜ、誰もだめならお前に一人づつ五千ユル払うよ」
ハシントが先ほどまでの眠気はうそのように笑った。
俺は三兄弟のやり取りから外れようとそろりと部屋から出ようとして
「まーさーかー、お前はやらないなんていわないよなぁ?」
トレンツがにっこり言うと
「俺パス」
俺は視線を逸らす。
「二人じゃ張り合いねぇだろ? ルカは誰も出来ないのにかけてるってことは誘わないだろうし、ドレットは思い人でもいるのか、それとも本当に女興味ねぇのかやらないだろうしなぁ」
ハシントがうなづきながら言う。
なるほどね、だからドレットがいなくなったあとこんな話したわけだ。
「そうだよ、今日みたいに明日もなんかきっかけ作って仲良くなればいいだろ」
トレンツがさらりと言う。
そりゃお前らはなれてるからそう簡単に言うけどさ・・・・・・。
「そうそう、明日今日の子に会えたら誘えばいいだけじゃん」
ハシントのその言葉に
「だといいんだけどな」
俺は苦笑いして急いで部屋から出てしまった。
部屋を出ると、空は真っ赤な夕焼けに染まっていた。停留所とはいえ、今は雨が降らないらしく屋外に船を停泊させている状態だ。
やっぱり祭り、一緒に行けたら、よかった、かな。
そう思いながら、きれいな夕焼けをもう一度ちゃんと見る。
明日は一時間でもいいから、待ってみようかな。今日はいい別れ方じゃなかったし、明日はもっとちゃんと会話が出来る気がする。
そう思った後、俺は待っているであろうドレットのもとに走っていった。
0
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
この闇に落ちていく
豆狸
恋愛
ああ、嫌! こんな風に心の中でオースティン殿下に噛みつき続ける自分が嫌です。
どんなに考えまいとしてもブリガンテ様のことを思って嫉妬に狂う自分が嫌です。
足元にはいつも地獄へ続く闇があります。いいえ、私はもう闇に落ちているのです。どうしたって這い上がることができないのです。
なろう様でも公開中です。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
異世界からの召喚者《完結》
アーエル
恋愛
中央神殿の敷地にある聖なる森に一筋の光が差し込んだ。
それは【異世界の扉】と呼ばれるもので、この世界の神に選ばれた使者が降臨されるという。
今回、招かれたのは若い女性だった。
☆他社でも公開
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
(完結)私が貴方から卒業する時
青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。
だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・
※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる