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この中に魔女がいる
7話
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俺が楓夜子と初めて会話したのは、三日前の深夜のことだった。
これから起きる出来事を想像して、なかなか寝付けずにいた俺は、二階にテラスがあることを思い出し、ミネラルウォーター片手に向かった。
テラスに着くとそこには先客がいた。それが楓夜子だった。
彼女はテラスの手すりに掴まり夜風を浴びながら景色を眺めていた。目を細め遠くを見ている横顔は幼さを残しながらも、どこか大人びた雰囲気を醸し出していた。
自分たち以外に人がいないこの島では、風に揺られる木々や虫の鳴き声といった自然の音だけがはっきりと聞こえる。都会では味わえない空気の中、夜子は月明かりに照らされていた。
幻想的ですらある彼女の佇まいに、ここから立ち去るべきかと躊躇する。数歩引き下がったところで、せっかくここまで来たのだからとテラスに出ることにした。
スライド式の扉を開くと、びっくりしたように彼女が振り返った。お化けでも見つけたみたいに見開いて目でこちらを見つめる。
俺は警戒させないよう、努めて優しく声をかけた。
「こんばんは」
返事はなかった。突然の夜の訪問者に動揺しているようだった。
俺はゆっくりと彼女に近づくと隣に立つ。
「ベッドに入っても眠れそうになかったから、少し外の空気でも吸おうと思って来たんだ。同じことを考える人がいるもんだな」
彼女は横目で俺を窺っている。
少し間を置いてゆっくりと口を開いた。
「いつからいました?」
「まさに今来たところ。女の子を陰から覗き見る趣味はないから安心してくれ」
俺の答えに彼女はやや緊張を緩めたようだった。見知らぬ男に盗み見されていたかもしれないとなれば、警戒するのも無理はない。
少し空気が軽くなったところで俺が名乗ると、彼女もそれに倣う。
楓夜子という名前は、このときに聞いたのだった。
「ここには家族と来たの?」
「いいえ。親戚のお姉ちゃんと来ました。あたしが小さい時からよく面倒を見てくれる、本当の姉みたいな人なんです」
夜子は照れ笑いを浮かべながら、人差し指で鼻を擦る。腕白な少年みたいな仕草が印象的だった。
ふと彼女の顔が曇る。
「でも、たまに姉の視線を怖いと思うときがあるんです。なんだか観察されているような気がして。そのときだけは、いつもは優しい姉の目が、暗く鋭いものに感じるんです」
「君のことを同じ女としてライバル視しているのかもしれないぜ」
「そんなはずないですよ。あたしはまだ中学生ですよ」
夜子は片手を振って否定しながらほほ笑む。笑うと年齢相応のあどけなさが強く現れ、おそらく彼女が本来持っている無邪気さが垣間見えた。きっとクラスの男子からも人気があるのだろうなと思った。
「むしろ若いからこそ嫉妬されている可能性だってある」
「赤峰さんは女性の気持ちがわかるタイプの男性なんですか」
「いや、まったくわからないけど」
「適当なことばっか言って」
夜子は非難めいた目をこちらに向けるが、すぐに冗談っぽく笑った。
「うちのクラスにもいますよ、いい加減なことばっか言う男子。そう人に限って不思議と人気があったりするんですよね」
「ということは、学生時代にこっそりと俺に好意を抱いてる女子もいたのかな? まったく気が付かなかったけど」
「いや、まったくわからないけど」
俺の言葉を流用して夜子がほほ笑む。
年上をからかって楽しむ女子中学生を横目に夜空を見上げる。
俺が住んでいる町は、けして「都会」と表現できるような垢抜けた土地ではない。それでも空に輝く星々を見ていると、あんな過疎地でも町の光のせいで星の輝きが失われていたのだなと感慨深くなる。
俺に合わせてくれたのか、隣の夜子も黙って空を見つめていた。
二人並んで夜の空気に当たっていたとき、突然不安がやってきた。
初対面の中学生と深夜に二人で会っていることに、遅まきながら「まずいのでは?」という感覚が訪れる。孤島ということで忘れかけていた良識が急速に働きだした。
「こんな時間に一人で部屋を出たらお姉さんが心配するんじゃない?」
今さらになってしまったが、俺は取ってつけたように大人としてすべき心配を口にする。
夜子は意識が夜空に向いているのか、ぼんやりしている。何度かの瞬きをした後になってようやく自分が話しかけられていることに気づいたようだった。
「部屋は別々なんです。本当は相部屋だったんですけど、姉の体調がよくないみたいで、風邪でもうつしたら悪いからって、空き部屋を借りたんです」
ふーん、と空返事を返しながら、俺は『風邪』という単語が気になった。
「でも、五月とはいえ夜遅くになると肌寒いですね。あたしはもう部屋に戻ることにします」
「俺もそうするかな」
俺たちはそういって別れた。俺は東館へ夜子は西館へそれぞれ戻る。
彼女の従姉妹が死体で見つかったのはこの翌日だった。
これから起きる出来事を想像して、なかなか寝付けずにいた俺は、二階にテラスがあることを思い出し、ミネラルウォーター片手に向かった。
テラスに着くとそこには先客がいた。それが楓夜子だった。
彼女はテラスの手すりに掴まり夜風を浴びながら景色を眺めていた。目を細め遠くを見ている横顔は幼さを残しながらも、どこか大人びた雰囲気を醸し出していた。
自分たち以外に人がいないこの島では、風に揺られる木々や虫の鳴き声といった自然の音だけがはっきりと聞こえる。都会では味わえない空気の中、夜子は月明かりに照らされていた。
幻想的ですらある彼女の佇まいに、ここから立ち去るべきかと躊躇する。数歩引き下がったところで、せっかくここまで来たのだからとテラスに出ることにした。
スライド式の扉を開くと、びっくりしたように彼女が振り返った。お化けでも見つけたみたいに見開いて目でこちらを見つめる。
俺は警戒させないよう、努めて優しく声をかけた。
「こんばんは」
返事はなかった。突然の夜の訪問者に動揺しているようだった。
俺はゆっくりと彼女に近づくと隣に立つ。
「ベッドに入っても眠れそうになかったから、少し外の空気でも吸おうと思って来たんだ。同じことを考える人がいるもんだな」
彼女は横目で俺を窺っている。
少し間を置いてゆっくりと口を開いた。
「いつからいました?」
「まさに今来たところ。女の子を陰から覗き見る趣味はないから安心してくれ」
俺の答えに彼女はやや緊張を緩めたようだった。見知らぬ男に盗み見されていたかもしれないとなれば、警戒するのも無理はない。
少し空気が軽くなったところで俺が名乗ると、彼女もそれに倣う。
楓夜子という名前は、このときに聞いたのだった。
「ここには家族と来たの?」
「いいえ。親戚のお姉ちゃんと来ました。あたしが小さい時からよく面倒を見てくれる、本当の姉みたいな人なんです」
夜子は照れ笑いを浮かべながら、人差し指で鼻を擦る。腕白な少年みたいな仕草が印象的だった。
ふと彼女の顔が曇る。
「でも、たまに姉の視線を怖いと思うときがあるんです。なんだか観察されているような気がして。そのときだけは、いつもは優しい姉の目が、暗く鋭いものに感じるんです」
「君のことを同じ女としてライバル視しているのかもしれないぜ」
「そんなはずないですよ。あたしはまだ中学生ですよ」
夜子は片手を振って否定しながらほほ笑む。笑うと年齢相応のあどけなさが強く現れ、おそらく彼女が本来持っている無邪気さが垣間見えた。きっとクラスの男子からも人気があるのだろうなと思った。
「むしろ若いからこそ嫉妬されている可能性だってある」
「赤峰さんは女性の気持ちがわかるタイプの男性なんですか」
「いや、まったくわからないけど」
「適当なことばっか言って」
夜子は非難めいた目をこちらに向けるが、すぐに冗談っぽく笑った。
「うちのクラスにもいますよ、いい加減なことばっか言う男子。そう人に限って不思議と人気があったりするんですよね」
「ということは、学生時代にこっそりと俺に好意を抱いてる女子もいたのかな? まったく気が付かなかったけど」
「いや、まったくわからないけど」
俺の言葉を流用して夜子がほほ笑む。
年上をからかって楽しむ女子中学生を横目に夜空を見上げる。
俺が住んでいる町は、けして「都会」と表現できるような垢抜けた土地ではない。それでも空に輝く星々を見ていると、あんな過疎地でも町の光のせいで星の輝きが失われていたのだなと感慨深くなる。
俺に合わせてくれたのか、隣の夜子も黙って空を見つめていた。
二人並んで夜の空気に当たっていたとき、突然不安がやってきた。
初対面の中学生と深夜に二人で会っていることに、遅まきながら「まずいのでは?」という感覚が訪れる。孤島ということで忘れかけていた良識が急速に働きだした。
「こんな時間に一人で部屋を出たらお姉さんが心配するんじゃない?」
今さらになってしまったが、俺は取ってつけたように大人としてすべき心配を口にする。
夜子は意識が夜空に向いているのか、ぼんやりしている。何度かの瞬きをした後になってようやく自分が話しかけられていることに気づいたようだった。
「部屋は別々なんです。本当は相部屋だったんですけど、姉の体調がよくないみたいで、風邪でもうつしたら悪いからって、空き部屋を借りたんです」
ふーん、と空返事を返しながら、俺は『風邪』という単語が気になった。
「でも、五月とはいえ夜遅くになると肌寒いですね。あたしはもう部屋に戻ることにします」
「俺もそうするかな」
俺たちはそういって別れた。俺は東館へ夜子は西館へそれぞれ戻る。
彼女の従姉妹が死体で見つかったのはこの翌日だった。
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