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第3話 「人智の及ばない領域」
しおりを挟むゴブリンの村。
そこは、村だと言い難いぐらい炎が建物という建物に引火してしまっていた。
煙が上がって、燃え盛る炎によって空が真っ赤に染まっている。
「おい……そんな、嘘だろ……」
あまりに突然すぎる光景に立ち尽くす僕の隣で、ゴブは声を震わせていた。
リンも同様に、地面に膝をつけて瞳から突如と涙を流してしまう。
まさかと思いながら、村の周辺を大勢で囲む集団の方を見る。
翼を背中に生やした、まるで蝙蝠のような人間が松明を手になにやら喚いていた。
奴らの仕業では? と一目で疑ってしまう。
だけど、どういう状況なのかが分からない以上、決めつけるにはまだ早い。
「リン、ゴブリン村って此処でいいんだよね?」
燃えさかる村へと指を差す。
すると、抑えることのできない涙を拭いながらリンは必死そうに頷いてみせた。
「それじゃ……村を囲んでいるあの輩たちを知っている? なんだか物騒な格好をしているようだけど」
剣や弓矢、槍など人を殺すには十分な武器を全員が武装していた。
遠くから見ても、親切そうにも見えない連中だ。
様子見するか、それとも警戒しながら声をかけるか。しかし、良心的な対応を返してくれるとは思えない。
うーん、こういった状況になった場合の対処方が思いつかない。
一か八か戦闘態勢に突入して、あの場にいる全員を拘束して事情を聞いてみるか……。
「おおおい!! テメェら俺の故郷になにやってんだぁぁあ!」
と、悩んでいたら突如と隣にいたはずのゴブが集団にむかって怒鳴りながら駆けつけていってしまった。
「……え、ちょっと」
手を伸ばしても衝動的に行ってしまったゴブには届かない。
それもそうだろう。
故郷が焼かれている眼前に放火の張本人であろう集団が囲んでいるのだ。
もし自分がゴブだったら、まず冷静ではいられなくなるだろう。
ひとまず追いかけた方がよさそうだ。
「リン、君はここで待っていてくれ」
流石にリンを連れていくのは危険だ。
ここで留守番というわけで、それだけ言い残すと僕はゴブの後を追った。
なんだか胸騒ぎがする、とても嫌な予感がして仕方がない。
だけど、それも気にせず僕は落ちていた木の棒一本を手に取るのだった。
ーーー
「むっ? あれは、ゴブリンではないか?」
「確かに、そうですな……」
無我夢中で突っ走りながら喚きちらすゴブの存在に翼を生やした蝙蝠人間たちは気づくと、不思議そうにその小柄な姿を目で追っていた。
「ふっ、一匹残らず逃げたかと思ったら、まさか向こうから出向くだなんて。勇敢なる者なのかそれともただの愚かな羽虫か……」
蝙蝠人間の中でも異様な妖気を放つ大男が先頭に顔をだし、嘲笑いながらゴブにめがけて持っていた槍を振り絞ってみせた。
「まあいい、貴様らを蹂躙した後この場を我らの第二の拠点としようじゃないかっ!」
躊躇いもなく大男はゴブの胸元へと狙いを定めて、妖気を纏った槍を放つのだった。
槍は鈍い風切り音を発しながら、瞬く間に目を瞑るゴブの元まで辿り着くと……、
ガキン!!
槍は何かに衝突し、火花を散らしながら地面に突き刺さる。
途端に衝突した衝撃で地面がめくれ、同時にゴブも巻き込まれ吹っ飛ばされてしまう。
「うぉっ! ああああああっ!!」
軽さで吹っ飛んだゴブはすぐそばの樹木に頭を叩きつけ、再び気を失ってしまう。
デジャヴだ……と思いながら、僕は蝙蝠の大男と睨みあうようにその眼前に立ち塞がった。
その足元には地面に突き刺さる棒切れがあった。
「……なんだ貴様? 我の殺戮の邪魔をしてただで済むとでも? ん、待て。まさか貴様もゴブリッ!!?」
大男が言い終える前に僕はすでに奴の腹にめがけて攻撃魔術を放っていた。
『爆風弾』最大まで凝縮した風玉を敵に着弾させると、大きく爆発する仕様の魔法だ。
いくら図体がでかくても、予想通りに威力を増した甲斐があったか大男は村の周辺を囲む柵にまでいとも容易く吹っ飛んでいってしまう。
柵をつきやぶり、そのまま大男は頭から地面に倒れこむ姿勢になった。
「は! 若ぁぁあ!!」
取り巻きがその光景を目の当たりにして、驚くような反応をみせた。
数える限り、蝙蝠の姿をした奴らはざっと百人以上はこの場にいた。
「ゴブリン風情が! 若に一体なにをした!?」
剣士のような女が前へと出ると、剣を抜いた。
怒りが露わになっている表情が多少恐ろしいが、剣の握り方からしてそこまでの脅威ではないのが判断できる。
「お前のような三下なぞ、私が斬り捨ててやる!!」
女剣士が地面を蹴ったその瞬間、数発の爆風弾を彼女にめがけて撃つ。
だが、予想以上の反応速度だったため爆風弾を避けられてしまう。
爆風弾は勢いを保ったまま女剣士を通り抜け、背後で呑気に観戦していた数人の蝙蝠人間の顔面にみごと着弾する。
爆発すると、それに気がついた女剣士は背後を確認するため一瞬だけ振り返ってしまう。
それを見計らっていた僕は女剣士との間合いを詰め、ゼロ距離から強力な風魔術を発動する。
女剣士は驚きながらも、なにも出来ずに先ほどの大男と同様に吹っ飛んでいってしまう。
そのまま気絶し、地面でピクリとも動かない。
「さて、残りは君たちになったが、まだ抗うなら来い。まとめて返り討ちにしてやる」
恐ろしい演出を披露するため、手の平に禍々しい程まで莫大な魔力で形成した【炎玉】を見せつけた。
もしこれを奴らにめがけて投げれば、距離一キロ先までの森が塵と化してしまうだろう。
自分でもそれは避けたいので、大人しく引き下がってほしい。
まあ、もともと放つ気はないけど、これならどうだ?
集団の様子を伺うと、その表情からは焦りが見えた。
だけど同時に憎悪のようなものが感じとれる。
ゴブリンめが、ゴブリン如きが、下劣な種族に敗れるわけには、もしやエビルゴブリンでは?
といった騒めきが聞こえてくる。
困ったものだ。
まさか、ここで大将の仇討ちの為に向かってくることは……流石にないよね?
「よくも若と姫を!! 八つ裂きにしてやるゴブリンが!」
誰かがそう言い放った瞬間、目の前にいた蝙蝠人間全員の瞳に闘志が芽生え、引き下がることなく武器を次々と突きつけられてしまう。
「多勢に無勢か。さて、思い通りに行くかな?」
激昂し、背中についた翼で集団は目の前で宙を舞い、瞬く間に四方を囲まれてしまう。
しかし、決してここで動揺を見せない。
こんな状況など、生前からずっと体験してきたことだ。
あの洞窟で遭遇したドラゴンの威圧に比べてみれば、たとえ大人数でも大したことはない。
それに、呪いで封印されていた『大賢者の魔力器』なら使用できそうだ。
通常の人族は体内にある『魔力器』に四十パーセント程度の魔力しか摂取できないようになっている。
もしも許容範囲以上に取り込んだりしたら過剰摂取によって身体を侵食され、理性を失い暴走を引き起こしてしまい最悪死に至ったりする可能性がある。
だけど僕の場合だと通常の人とは異なり『大賢者の魔力器』を秘めている。
四十パーセント以上の八十パーセントまでの魔力を摂取することが可能だ。
ドラゴンに喰い殺される前、かけられた呪いのせいで三十パーセントまでに摂取できる分が低下してしまったが、ゴブリンに転生してから呪いは解除されているような気がした。
久々の感覚なので処理が追いつききれてないが、一か八か最大出力を解放してみよう。
周囲を確認してから、僕はゆっくりと目を閉じた。
そして問いかける、準備はいいか?
と一言だけ。
「ーーああ、ここにいる全員を嬲り殺しにしてやるよ」
心の中で誰かがそう呟いた瞬間、
ーーーー【大賢者化・強欲】ーーーー
人智の及ばない領域に突入していた。
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