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第4話 「くすぐりの刑を実行する大賢者」
しおりを挟む悪夢のような光景がわずか十分という短時間で過ぎ去ると、意識が元どおりに改善された。
頭に手を触れ、多少の痛みを覚えながらも周囲に転がる蝙蝠人間の山を見回す。
どうやら終わったらしい、一匹残らず伸びている。
しかし達成感より先に疲れが身体にのしかかり、地面に尻もちついてしまう。
【大賢者化】
本来ならこの力はこの場で使用するべき代物ではない、たとえ実験だとしてもだ。
周りの有様を目にしてそう痛感しながら、この力の封印を決意した。
もしもの事態以外に、使用を禁ずるべきだ。
「アルさん! ご無事でしょうか!?」
森の方を見ると、兄のゴブをかかえたリンがこちらに駆けつけていた。
良かった、どうやらゴブだけが怪我を負ったらしい。
嫌、それじゃダメか。
「驚きました、まさか蝙蝠族の大群をこうも簡単に捩じ伏せるだなんて……凄いです!」
「……凄い、ぜ」
リンの賞賛する言葉に続いてゴブが親指とともに声をあげた、どうやら気を取り戻したようだ。
拾った棒きれに『爆風弾』と同じ原理の魔術をかけたおかげか、槍の餌食にならなかったのは良かったけど、まさかあゴブがあそこまで吹っ飛ぶだなんて思いもしなかった。
命が無いよりかはマシか。
よれよりも、と燃えさかる村の方へと振り返る。
失礼にはなってしまうとは思うが、思った以上に悲惨な光景だ。
建物の大半が全焼してしまい、たとえ鎮火したところで修復の余地がないだろう。
それに、僕には二つの元素しか使用できない。
『火』と『風』だ。
僕にはこの火を鎮火させるための手段が今ない。
この世界では通常、人間は二つか一つの元素しか使えないようになっている。
たとえ僕が大賢者だとしても、その理からは逸脱できない。
避けられない決定事項なのだ。
「とりあえず、この場にいる大将であろう人物から話を聞く。ゴブリン村を襲撃した事情も含めてね」
建物を焼き続ける炎をどうしようかと悩んだが、その時ちょうど雨が降りだし始めた。
都合が良いと思いながら村の中へと入ると、柵を突き破った蝙蝠の大男の元に近づく。
吹っ飛んだ時に頭でも打ってしまったのか、気を失っているようだ。
我ながら恐ろしいものだ。
つい最近まで魔力の許容を低下されたせいなので、ロクに魔術を使用できなかったおかげで久々に強力な魔力を用いた魔術を放ったらコレだ。
制御しようとする感覚が確実に鈍っていっている。
まあ、それは置いといて。
まず、この雨の中では落ち着いて話すら聞けそうにないので、静かな場所でも探すとしよう。
ーーー
ギリギリ火の手が届かなかった小屋を見つけ、大将であろう大男の蝙蝠と姫と呼ばれていた女剣士の蝙蝠をそこに連れ込み、意識が覚醒するのを待つ。
何らかの手で叩き起こす手段も考えられるが、流石にそこまで手荒に扱う気はないので却下。
ひたすら待つべきだと思いながら、怪我を負ったゴブを治癒魔術で治療する。
「ごめん、アルフォンスさん。俺が余計なことをしなければ面倒なことに関わらずに済んだのに」
ションボリとしながら申し訳なさそうに言うゴブに「そんな事ないよ?」と声をかけてやりたいところだったが、途中リンに割り込まれてしまう。
「本当だよ、まったく……もぉ」
その言葉にはゴブはショックを隠しきれず、涙目で落ち込んでしまった。
苦笑いしながら眺めていると、いつしか自分がこの二匹がゴブリンだってことを忘れているのに気がつく。
思考までもがゴブリンに変化してしまっているのか?
「うぅ……うう」
おっと、どうやら尋問すべく者が目覚めたようだ。
「くっ……ここは何処だ? ひっ、お前は!?」
僕の顔を見るわ目を覚ました『姫」が驚きの声をあげた。
圧倒的な力によって手と足も出せなかった相手が目を覚ましたら目の前にいるんだ、無理もないだろう。
「このぉぉおぉぉおおぉおぉ!!!」
目を合わせ尋問を開始させようとしたその時、姫は荒れ狂うように抵抗をし始めた。
額には血管が浮かび、体を拘束しているロープが軋み始めている。
自分の感覚がおかしかったせいなのか、改めて見てみるとかなり強いよこの女の人。
「まあまあ、そんなに暴れないでください蝙蝠族の姫君さん。冷静な方が話も聞きやすいですし……」
丁寧な口調で対応するも、姫はそれを聞き流しながらひたすら睨みつけてきた。
恐怖はないけど、女性に嫌悪感を抱かれるのは男として痛い。
「黙れ、低俗なゴブリン風情が! 私にこんな事をしてタダで済むと思っているのか!? 私と若になにかあれば一族が黙っていないぞ!」
ゴブリン風情、という呼び方に眉をひそめる。
やはり、この世界ではゴブリンという種族は舐められる対象に置かれているようだ。
エビルゴブリンが根絶されて以来なのか、ゴブリンは悪どい連中だと人々の思考に定着してしまったらしい。
完全に差別、ゴブとリンを見るかぎり全員が絶対的な悪魔だとは思えない。
噂に耳を貸し、偏見で信じてしまうような習性が人にはある。
たとえ相手が温厚で善良であろうと、集団だと一斉に対象の本質を否定してしまうような心理が躊躇いもなく働いてしまう。
大多数の人間がそう思っているのだから間違いはない、ハブられたくないがための愚かな思いが差別を生み出してしまうのだ。
流行り、ファッションと同じ原理である。
「一族、と言いますと。貴方がたの目的は一体なんなんですか? 聞けば、ここ現在地がどうやらゴブリン村のようじゃないですか」
「ふん、本来なら私たちが占領した場所だ! 薄汚いお前らの代わりに私たち蝙蝠族が使ってやろうとしているのだぞ、ありがたく思えっ!」
「しかし多少……いえ、あまりにも強引な手ではありませんか?」
問い詰めるように姫の瞳を覗きこむ。
焦っているのか、瞳孔が縮んだり広がったりしている。
(うわっ……)
強気でいながらも声が震えている。
自分より強者が目の前にいるのにも関わらず強がる女性にはロクな人はいない。
正直、苦手な類である。
「ふんっ! ゴブリンなんて所詮は死んで当然の生き物だ。誰が文句言うのか?」
嫌らしい笑みを浮かべながら、姫は僕の背後にいるゴブとリンに向けて言い放つ。
まるで全否定するかのような発言に二匹は頭に血を上らせる。
特にゴブの方が怒りが抑えきれず姫へと近づき、その襟を掴んだ。
「このっ、言わせておけば何も知らないクセに屁理屈を並べやがって……! 俺たちだって必死に生きているんだよ! なのにどうしてこの俺たちが皮肉を言われなきゃいけねぇんだよ!!」
「ひっ、汚い手で触れるなゴブリンが!」
「なんだと! このクソ女がぁ!」
遂に堪えられなくなったゴブが拳を作った腕を振り上げた。
「落ち着いてくれゴブ、あまり激情するとこの女性の思うツボだ」
今にでも殴りかかりそうなゴブを手で制しつつ、ふたたび姫へと質問を口にする。
「もう一つ質問ですが、この村に住まうゴブリン達は一体どこに行ってしまったんですか? どうにも貴方達しか居ないようで気になってしまうのですが。答えてもらってもよろしいですよね?」
「ふんっ、誰がゴブリンのお前なんかに答えるか! 私は姫よ!」
そんなこと言われても、こっちサイドは生憎この人の権力なんて知らない。
なので何をしようが勝手である。
「なるほど、どうやら一筋縄ではいかないようだな……なら強引にでも吐かせてみよう。ゴブ、手伝ってくれないか?」
「えっ、俺ですか?」
コクリと頷きながらゴブにある物を要求する。
それを取りにリンとゴブは小屋から出ていくと、気絶したままの大男と姫、この僕が残された。
「くっ……まさかお前、この私を辱めるつもりなのか? やはり所詮はゴブリン、女性を前にすれば見境なくその性欲で犯そうとする卑劣な下等種族にすぎない!」
すごい言われようだね、うん。
話を聞くかぎりは通常のゴブリンはそんな行為に手を染めたりはしないらしい、強姦をするのはエビルゴブリン限定である。
「ま、どのぐらい我慢できるかは貴方次第ですけど、一体どのぐらい持つのか楽しみで仕方ない」
ガラガラっと、小屋の扉が開かれゴブとリンが入ってきた。
その手には白い何かが握られている。
「ゴブ! 羽!」
「はい!」
その白いものとは『羽』のことだ。
鳥の家畜もいたので、わざわざゴブ達に頼んで取りに行かせてもらった。
さて、コレをどうするか察している者もいるだろう。
姫はそれを両手で二つ、握る僕を目にした途端に顔を青白くさせた。
どうやら気づいたらしい、これから自分に何をされるのかを。
「くっ……殺せ!」
「嫌です、殺すだなんて物騒な」
そこまで過剰な行為をする気はないけど、口を割らないのなら多少は辛い目に合わせて自分の行いの愚かさに気づかせてもらおう。
「やめろ、やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉお!!」
さあ、尋問ならぬ自分スタイルの『拷問』開始だ!
数十分後。
女性の瞳は虚ろに変化し、口からヨダレを垂らしながらグッタリしてしまっている。
一目見れば「完全に堕ちたなコレ」と思ってしまう人も居ると思うが、そんないかがわしい事はやっていない。
一言で言うと『くすぐり』作戦。
相手に苦痛をいっさい与えず、笑い疲れさせて吐き出させる作戦である。
実行するのは初めてだが、思ったよりかは上手くいった。
用意してもらった羽で足裏中心にくすぐり回した結果、蝙蝠一族の姫は見た目よりかなり敏感なためか爆笑を披露してくれた。
こっちも笑いたくなるような表情に陥る彼女だったが、時々恐ろしい表情で「殺す」を連発。
少々、恐ろしく思いながらもゴブとリンと共に続行して数十分後、姫はようやく答える気になってくれた。
結論から言うとら今回のゴブリン村占領の理由には人族が大きく関係していて、ゴブリンは巻き込まれたに過ぎないらしい。
だけど姫は言葉を続けた。
この村に到着してゴブリンの姿は元々なかったという。
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