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第4章 ー《ネロ》精霊樹編ー
第41話 『ジュリエットの決意』
しおりを挟む「………どうして、貴女のような方が此処に?」
風で揺らいでしまう髪を押さえながら、ジュリエットの問いに少女の姿をしたミアが首を傾げる。
相変わらずのニヤケ顔を固定したまま状態でだが、不思議に恐ろしいという風には感じ取れない。
一見普通の活発そうな少女だ。
「どうしてって、そりゃジュリエットちゃんが此処に来るって事前に知っていたからだよ! だって逢いたいじゃないか、未来から来た人間にね」
鼻の先まで接近する彼女の手、ジュリエットが握ってくれるのを待っていてくれているのだろう。
しかし、躊躇いがジュリエットを遠慮させる。
だってミア様だぞ、人族に魔力を与えたからこそ魔術魔法が使えるような世界が存在するようになったのだ。
もし彼女が種さえ植えなければ、はたまた女神と出会わなければ今の自分は此処には居なかっただろう。
「お気遣い感謝します、けど結構です……あまり私のような身分の低い人間が、ミアさんの手を煩わせるにはいきません」
あえて差し出された手を握らず、ジュリエットは床から自力で立ち上がった。
話が本当であれば、出来るだけ失礼な行為を避けなければ。
「あー、堅苦しい発言だー」
能天気にミアはそう口にする。
立ち上がると、思ったより偉人のミア様は自分の身長より遥かに小さいと気がつくジュリエット。
ミアを上から見下ろすという、そんな姿勢になってしまった。
頭が高すぎなのでは? と心配になりながら、風が吹き込んでくる窓の方に目を向ける。
視野にミアが入らない、そのぐらい小さかった。
「……これはこれは、ずいぶんとあたしの頭上を超すほど頭が高いのぉ~」
「ギクリ」
目を細くさせながら、あからさまな嫌がらせ顔で指摘してくるミアにジュリエットは針を胸に刺されたかのような反応をする。
ジュリエットの表情の変化を見て、ミアは愉快そうに笑いながら彼女の肩を叩いた。
「ハハハハ! なーんてね。うそうそ、冗談だから安心して。あたしには人を見下したりする趣味なんて無いから!
それと、あたしはあくまでジュリエットちゃんと会う為に来ただけなんだよ。だからね、あんまりビクビクしなくてもいいんだよ? 君をとって食ったりはしないから」
ミアは、再び床に膝をつけて身を低くさせようとする涙目のジュリエットを止める。
そんなジュリエットを怖がらせるの緊張なのか、恐怖なのかが明確ではない。
そんなジュリエットにミアは、何処から出現したのかも分からない赤い果実を投げよこした。
それを両手で慌てながらジュリエットは何とか受け取る。
「それ、差し入れ。いったん食べて緊張をほぐそ? まぁ……その果実にはそんな効果はないんだけどね。けど、おいしいのは確かだよ?」
「あ……ありがとうございます」
渡された果実に毒が盛られたりとかしてないだろうと内心、心配になりながらジュリエットは果実を小さく齧った。
皮がしょっぱい、中身はジューシーで噛めば噛むほど果汁が溢れ出てくる。
まるで林檎のようだ、けど味は少し違った。林檎の数倍も甘い、まるでイチゴだ。
「どうかな? おいしいよね」
「はい、とっても……! えぇと……」
ジロリと興味津々に見つめてくるミア。
彼女自身ももう一個、何処からか果実を取り出すとそれに囓りついた。
「そう? 良かった。そんじゃ、暇だしお話でもしようか……」
どさりとミアは我が物顔で部屋に置いてあったベットに腰掛けた。
まるでこの時を楽しみにしていたかのようなテンションだ。
「お話ですか? そうですね……その質問を」
「あ、お願い事は駄目だよ? もうそろそろ始まるお祭りがあるんだけど、あたしにお願い出来るのはその日だけね。『精霊願の日』って、いつの間にか行事になったお祭りの……まあ、詳しくは分からないけど、そのお祭りに沢山の人が集まって『試練?』ってやつに挑むの。それで勝てたら、あたしに何でもお願いが出来るようになる」
ジュリエットは少し顔を歪めながら、嫌そうな顔でミアが説明した『精霊願の日』の事を頭の中で整理する。
そういえば、先ほどエルロンドもそんな事を言った気がしたジュリエットは、頭の端でエルロンドの言葉を思い出した。
『もしミア様とお会いしたいのならば、もうじき精霊大陸全土に開催される年中行事に参加しろ。』
との事だ。つまりミアの言う『精霊願の日』はこの大陸全土に開催される年中行事のことであり、ミアに願いを聞き入れるための唯一の手段。
「……その精霊願の日以外に、ミアさんにお願い事をしてはいけないって事なんですか?」
「あたしは別にそんな決まりを作った覚えはないけど、勝手に皆んなが決めちゃったみたいでさ。なんでも『ミア様は偉大だぞ! 願いの1つや2つを簡単に要求されていい方ではない!』と5つの領土を治める族長達の会議で検討されて、結果がコレさ。
あたしはいつでも願い事を聞き入れても平気な身だけど、願いによってやっぱり報われる人と報われない人が出来ちゃうんだ。皆んなの願いを聞き入れたら不公平な事がきっと生まれる。だから仕方なく『決めつけられた』ルールを守ることになったの。ね、ひどいでしょ?」
「はぁ……それはもう、気の毒に」
確かに話を聞く限り、賢者の立場にしては色々と周囲から縛られているような……。
ミアは手に持った林檎を小さく齧ってから話を続ける。
「そんであまり一般の住民と顔を会わせる事を控えろって言われて、普段は精霊樹に引きこもってるの。本を読んで時間を潰したり、勉強をしたりする事しか出来ない退屈な日々。あとは礼儀作法とかいう面倒なのを延々と………」
退屈な日常に対しての愚痴を吐き散らしながら、大きな溜息をついてミアはベットに倒れこんだ。
彼女の視線は天井に向けられていた。
その瞳は疲れたようにも見える。何か自分も話題を振った方がいいのでは? と悩むジュリエットは、少し緊張気味にミアに声をかけた。
「あの、ミア様に叶えられる願いにやっぱり……叶えられない願いも存在しているんですか?」
「そりゃ勿論、変な称号ばかりを授与されてきたけど完璧な生物っていう訳じゃないよ? だって今のあたしが居るのは、精霊樹の存在があったからこそだよ」
それもそうだ、と1人納得するジュリエット。
『神』に等しい歴史人物として有名に取り上げられている賢者ミアだが、一見普通の少女と見間違える程なのだ。
多分、それはジュリエットに限ってという場合もあるが、やっぱりいくらミアにレッテルが貼られたとしても人は人だ。
想像の人物と大きく異なったとしても、問題は特に何一つない。
「そんじゃジュリエットちゃん、本題に入ろうか」
ベットからひょいっと体を上げると、ミアは少し真剣な顔でジュリエットと目を合わせた。
彼女からはまるで『賢者』のような、言い表せられない雰囲気が漂ってくる。
「ここに来たのは、ただジュリエットちゃんと会いたかった……っていう訳だけじゃなくて、もうじき開催される『精霊願の日』を間近にしたある日にもう一人」
ぴんっと天井に人差し指を向けるミアに、目を見開いてしまうジュリエットがいた。
もう一人? なんだソレ?
といった感じにジュリエットの頭に疑問が浮上する。
「もう一人、ですか?」
「うん、もう一人ね………」
ジュリエットは聞けずには入られなかった。
対してのミアは少し悩んでいた、言うべきか言わないべきかといった感じで。
数秒の沈黙が訪れ、去っていくとミアの肩が上下に揺れた。
そしてーーー
「ここ、過去に飛ばされたのはジュリエット………君だけではない。今はまだこの時代には訪れてはいないけど、いつ何処から現れても不思議じゃないんだ。もう一人がね」
「私以外にも……もう一人ですか? それは一体、誰なんですか?」
冷えた朝を垂らしながら、動揺を隠しきれないジュリエットにミアは申し訳なさそうな目で見つめていたが、すぐさま答える。
「君が愛した男の子、ネロ・ダンタ君という面白い名前の子がね」
「………?」
ミアが深刻そうな表情で答えると、驚愕した様子でジュリエットは口を半開きにさせながら、床に尻もちついてしまった。
青ざめた顔をミアに向けながら、微かに震えた唇でジュリエットは信じられない様子で言った。
「嘘…………そんな、どうしてネロくんまでが……巻き込まれるのよ? どうして……?」
「困ったよね、けど今のあたしにはどうしようも出来ない。その、ネロくんという子がいつ来訪してくるのかも分からない。そりゃ謝るけど……この先、どうするかは君次第だよジュリエットちゃん」
倒れこむジュリエットの元まで駆けつけ、懲りずに再びミアは手を差し伸ばす。
それを見上げるジュリエット、絶望的な目をしている。
それもそうだろう、悲しい思いをして欲しくない愛しい人が自分と同じように、右も左も分からない運命を辿ってしまうのだから。
この先、本来ならミアは彼女を手助けたりする事は出来ない。
だけど今だけ、立ち直れるようにちゃんと手を差し伸べてやろう。
「後悔したくないのなら、探すんだよ。そして自分自身で考えてみて、これからどうすべきか。きっと答えは無数にあるはずだよ、だから……」
「………分かってます」
泣くのを必死に堪えながら、ジュリエットはミアの方へと向き直り差し出された手を、今度は躊躇いもなく掴んだ。
その視線は、不思議に強いものだった。
「探してみます、ネロくんを。そして、必ず元の世界に帰ってみせます……!」
ジュリエットのその言葉は、ミアを満足させる為に値するものだった。
無意識にミアは笑みをこぼす。
嬉しい、頑張ってほしい。
『精霊大陸』の頂上に君臨する人物、『賢者』ミアはジュリエットに優しい視線を当てながら、たった一言だけーーー
「……頑張ってね!」
どこか悲しそうな表情で最後にミアはそう言い残し、音もなく部屋から姿を消していた。
気づけば部屋に一人取り残されたジュリエットは、困惑しながら周囲を確認するが誰もいない。
今までのやり取りが夢かのように思えたが、ベットの上には食べかけの果実が置いてあった。それに手にはミアと接触した感覚が未だ残っている。
つまりミアは確かに此処に居た、自分と会話をしていた。けどその存在は、遥かに遠いモノかのように思えてしまう。
それでもジュリエットの決意は揺らいだりはしなかった。
いくらそれが困難であろうと、追い続ける気でいる。
ーーー必ず見つけだそう、そして一緒にネロくんと帰るんだ。
両手を強く握りしめながら、ジュリエットはそう決意していた。
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