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第1章 ー愚者編ー
第21話 『魔により侵食された幸運なボク』
しおりを挟む「果ての知れぬ荒野を突破し、その奥地で待っているであろう安らぎを求めて転生いたしたっ勇者トレス! 苦悩する人々が我を待っているだろう 今行くぞ!」
拳を握りしめ、それを誇らしくトレスは高く掲げてみせた。完全復活である。
《勇しき炎の加護(仮)》を秘めている彼の治癒力は常人より遥かに高く、それは彼の美貌をも引き立てている理由にもなっていた。
仮初めの姿で満足するトレスの器はアリンコ程度の広さであり、それに呆れをみせる仲間達がいた。
「なんだ……よく帰ってきたなトレス。あんな重傷を負いながらも何事もなかったように回復して、本当に良かったよ」
サクマとトレスの間には言葉では表せられない友情というものがあった、だけど絶対という訳でもない。
トレスにたかるハエを見ながら、目を細めたサクマはチビドラを手にさっそうと距離を取ったのだった。
「本当、よく生き返ったわねトレス」
カレンとトレスの間には何もない、恋人でも両想いでもない。
カレンの片想いだけである。
そんなカレンも同様、離れていくサクマに続いてハエがたかっているトレスから距離をとった。
「な、なにも離れることはないだろうが!
一体どうしたというのだ? まさか、セリフがいけなかったのか? セリフなんだな! わかったぞ! 今すぐ訂正して言い直そうではないか!」
アリシアはというと、高級そうな杖を振り回していた。
トレスの周囲を飛び回っているハエをはたき落としている最中だ、それも高級そうな杖で。
彼女の行動を見たトレスは、それを愚弄と解釈して肩を震えさせながら涙目になってしまう。
「どいつもこいつも俺を舐めやがって! 俺は勇者だぞ!」
「え、いやいや全然。トレスはまだまだ勇者の領域には達していないぜ? むしろ没落していってるような……」
あくまで彼は勇者の候補である。かつて追放してしまったネロの幸運のおかげだとも知らずにだけど。
「俺は勇者になるのだ! そういった前提で宣言しているのだ!」
「うわっ、勇者舐めすぎっしょ」
「舐めてなどおらん!!」
二人の言い争いを尻目にアリシアは、ハエ叩き作業がてら、広範囲で魔力を感知する円を杖で張っていた。
突如と何処かに走り去っていってしまったジュリエットを見つけ出すためである。
どうせなら行方不明のミミの捜索にも使用すればよかった話になるが、捜索を開始させる前に不幸にもトレスがダウンしてしまったので捜索は断念したのだ。
リーダーの責任という状況だけど、トレスは開き直りが早い性格だ。自身の責任をさっそく無かったことにしてしまう。
それよりもジュリエットの魔力の感知に専念するアリシアは、さっそく何かを感知して反応した。
「ーーー!」
無口であまり喋らないアリシアは必死に手をジタバタさせながら、憂鬱そうにしているカレンにジェスチャーする。
アリシアの行動の通訳に慣れていたカレンはすぐさま彼女の言いたいことを理解していた。
「何を言っているのだいカレン?」
上から目線で聞いてくるトレスに半端呆れをみせながらカレンはアリシアの行動の意味を通訳をした。
「どうやら依頼者のいる村の方から信じられないほど強大な魔力を察知したらしくてね、それ以外にも無数の魔力も。その中にはジュリエットの魔力と、見覚えのある魔力を持ったヤツ含めて感じ取れたらしいよ?
ジュリエットがあそこにいるのは明確で、強大な魔力を発するヤバイ敵っぽいのと応戦しているってさ……」
「な、なな、ジュリエットが危険にさらされているとでも言いたいのか?」
「……あんた、ちょっと口調変化してない?」
「そんなことはいいのだ! すぐさま獣人の村へと急ぐぞ諸君! ジュリエットに加勢するのだ!!」
「どうしてよ! あの女のせいで私たちが危険に巻き込まれる理由なんてないわよ!」
自身らが危険に巻き込まれる、あの女のためにだ。
トレスを意識するようになってからカレンは、ジュリエットのことを友人だとは思っていなかった。
なんせネロを追放してやったあの日から、トレスは非常にしつこくジュリエットに気にかけるようになったかだ。
男心は正直わからない、けどジュリエットの事になるとトレスの表情はいつも和んで、自分には見せない笑顔を作っていた。
同時にトレスの視線はいつも彼女の胸に釘付け、自分ではなくあの女ばかりなのだ。
「キミの意見なんてどうでもいい! サクマ、荷物をまとめろ! 今すぐ出発をするぞ!」
(くぅぅ……分からず屋の鈍感男め)
爪を噛みながらカレンは不満を胸に溜めながら、恨めしいジュリエットの絶望する顔を頭の中で思い浮かべていた。
(この状況が落ち着いた時に痛い目を負わせてやるわよ……ビッチめ)
ちなみにジュリエットはまだ汚されてなどいなかった。身体は本当の想い人に授けるまで彼女は純潔を保まったままなのだ。
※※※※※※
ビリーに飛びついた際、同時に剣を振り下ろしてみせたが、ガキンッ! という鈍い金属音とともに剣を弾かれてしまった。
「がはっ?!」
そのままビリーに顔を掴まれてしまい、思いっきり地面へと胴体を叩きつけられてしまう。
砂埃が周囲に舞い上がり、それがビリーへと向ける視界を悪くさせた。
「貴方には用はないのです。私が今、必要とする命はキミですよミミ」
続いてフィオラの爆風に飛ばされ、ビリーとの距離を詰めていたミミが鋭い爪をつきたてていた。
勢いとともにミミは雄叫びを上げ、爪をビリーにめがけて振りあげる。
ボクとは全く違う反応でビリーは警戒した表情でミミの攻撃を片手で受け止めた。
そのまま彼女を捕らえるように首をガシッと鷲掴みする。
首を絞められたミミは「がはっ!」と荒い息と唾液を吐いてしまう。
「先代の魔王様の予言ではね、キミは我々魔王軍、特に『七大使徒』の脅威になるような、そんな力を秘めている。こちらサイドに引き入れよう思っているのですけど、一度だけならチャンスをやりましょう」
ビリーは指を一本立てながら、ソレを呼吸を必死に繰り返そうとしているミミに見せた。
ミミはソレを猫の鋭い眼でそれを見つめる。
「このまま彼らを見捨てて私のペットとなって永遠に奉仕するか。それとも我々の敵となりここで殺されるかの二択、貴方に与えましょう。さあ、決断したまえ愚者な雌よ」
チャンスを与えやると促されたミミは燃える耳をピンっと伸ばしたまま、硬直した。
その言動に不審を感じたミミは、提案してきたビリーを睨みつける。
「にゃ、にゃんだと……?」
「私はね、戦力となるであろう者に手を掛けるなんて事はしたくないのですよ。なのでキミを生かそうと言っているんです。 こんな愚者どもは見捨てて、私と楽しく贅沢な生活を送るか? それとも」
「ぜ、ぜ、贅沢にゃと? もしかして魚が食べ放題……?」
完全に食いついたような顔をみせるミミを見たビリーは微かな笑みを浮かべたが、それを必死に笑いを堪えてみせた。
「ええ! そうですとも! 食べ放題ですよ。(まあ私の残飯が、なんですけど)きっと後悔はいたしません!」
ヨダレを垂らし完全に了承をしてやろうと言わんばかりの表情のミミに、絞める手を緩めるビリー。
それを見計らっていたのか、ミミの猫耳の炎が広範囲に広がり、ビリーの絞める腕を焼きつけた。
「アチッ!?」
手をうっかり離してしまったビリーから距離をとり、ミミは猫のように四足でリンカらの守護魔法に飛び込んでみせた。
そしてビリーに向かって舌をつきだしながら、ミミは小馬鹿にするような嫌味な顔を作る。
「だーれがアンタにゃんかの所に行くかバーカ! 人を殴って、痛いことをする奴の所なんかに行ってもロクなことはないにゃ! 私は、お兄ちゃん達に着くの!」
それを言い放ったミミに対し、ビリーは火傷してしまった手を押さえながら鋭い視線をむけた。
まるで失望し、裏切られたかのような形相である。
「ここまで育ててきたのに白状ですぞ! いままで面識も無かった輩に加勢しても死ぬだけですよ!」
ビリーは自身の足元に倒れているボクの存在を思いだし、片足を上げた。
ボクを踏みつける気だ。
「貴方のせいですよ!」
怒りに任せでビリーは足に力を込めて、躊躇いもなくボクの顔面にめがけて下ろしたのだった。
ギリギリのタイミングで体を回転させめ回避してみせたが、威力が半端ではない地団駄を食らった地面は無事では済まされなかった。
瞬間、ボクは奴の首にめがけて飛びついた。
「なっ、なにを!?」
「ああああああああっ!!!!」
ガブリ! !
奴の首に思いっきり噛みつき、あるだけの力を顎に振り絞って、ビリーの首の硬い肉を噛みちぎってみせた。
ビリーの青黒い返り血を顔面に浴びながら、地面に両足をつけてボクはビリーから離れた。
「ウギャアアアア! 私の、私の美しい肌が! 熱いぞい! 灼熱の如くに燃えるようだ!」
一人芝居を繰り広げるビリーだったが、どうやら効いているようで本当にダメージを身に受けていた。
ーーーーゴクリ
つい奴の噛みちぎった肉を吐き出さずに、飲み込んでしまった。
「……………!!!!!!!!!!? がは」
次の行動をジュリエット達に説明しようと振り返ったが、声が出なかった。
それよりも、口から首筋までに黒い液体が垂れていた。
ビリーの噛みちぎった肉が食道を通った瞬間、喉が焼けるような激痛に襲われてしまう。
胸の内側もだ、まるではち切れそう感覚が全身の神経を駆け巡っていた。
「あぁ! ね、ネロ君!!」
異変に気がついたジュリエットはボクの元へとすぐさま駆けたが、いち早くフィオラが先走った。
するとフィオラは、ボクの元にむかおうとする走るジュリエットをわざと躓かせてしまう。
「きゃ!?」
ドサリとジュリエットは転倒してしまう。
フィオラは躓かせたジュリエットを押さえつけ、リンカ達の方に真剣な眼差し向けた。
まるで警告するような瞳にリンカ達は足を止めた。
「近づいちゃダメ! 今もし誰かがネロ様の元に近づいたら巻き込まれるのっ」
「は? それって、どういう意味よ」
「そのままの意味だよ! とにかく近づいたら危ないんだよ!」
「それじゃネロを見捨てろってことかしら? そう解釈してもいいの? 言っておくけど私はヤダよ」
リンカの背後で待機するミミは、リンカの言葉に疑問を抱いた。
一体誰と話しているのだろう? とミミにはフィオラが見えていないので客観的にリンカは完全なる独り言を繰り広げているのだ。
「そうじゃない! ネロ様なら平気だよ!」
「どうしてよ!? あんなに苦しんで、助けなきゃいけないでしょ!」
いますぐにでもネロに手を差し伸べたいリンカを必死に制してみせるフィオラ。
「いいからネロ様を信じてよ!!!」
「!」
今までリンカは冗談にフィオラを何度も怒らせている、しかし今回の彼女は違った。震えている。直接胸に訴えかけるように必死な声だ。
いつも優しく振る舞うフィオラの瞳もまた、豹変したかのように別人だ。
それを見たリンカは歯を食いしばり、ネロの元に行くことを仕方なく断念した。
何か理由がある、リンカはここで初めてフィオラを信じることにしたのだ。
「あんたに敵わないわね小さいの。いえ……フィオラ」
フィオラに説得されて、足を止めて見守ると決めたリンカ。薄氷と呼ばれてきた彼女のその目には、温かい涙で潤んでいた。
※※※※※※
「ふははは!! 馬鹿者ですね! 自ら魔の肉に喰らいつくとは、ますます愚かな者だとみた!!」
地面に膝と両手をつけ、汗を大量に垂らして過呼吸になるボクを見下ろしながらビリーは、勝ち誇ったかのような笑い声を上げていた。
魔の肉?
もしかして噛みちぎったコイツの肉を誤って飲み込んだのが原因で、こんなにも酷い激痛が引き起こったのだろうか。
「我々の肉体、因子、心理に適正のない常人が魔族の肉を摂取したら、私らの肉に含まれている黒い魔力が純白なる貴方らの体を蝕むのです! 黒にジワジワと染まり始めて終いには!!」
パン!! と大きく手を叩いたビリーは森の方に指を差した。
「人間界の脅威である魔物に姿を変えてしうのです!! ざまぁねぇな! 愚者よ!!」
ーーーそうか、
ビリーのような魔族、魔物に適正がなければ蝕まれてしまうのか。
仕方がないようだね、このままじゃ。
地面から激痛で支配された体を強引に起こし、自身の服の中を確認してみた。
奴の言う通りだ。
もうすでに胴体の皮膚が黒く変色し始めているようだ。
「さあ! 大人しくその身を滅ぼしながら、私に喰らいついたことを悔やむのです! ギャハハハハハハ!!」
無意識にボクは拳を握りしめていた。
激痛をも忘れるように地面を思いっきり踏み込み、とりあえず笑いあげるビリーの隙を突いた。
よく分からないけど、無心である。
段々と蝕まれていく体にまるで影響が無いようだ。むしろ、しっくりしたような感覚である。
「!!」
しっかりとした攻撃が初めて届き、ボクの拳が奴の顔面にめり込んでいた。
そしてーーー
ビリーは凄まじく重力に逆らうように、勢いよく吹っ飛んでいってしまった。
ただのパンチで『七大使徒』が易々と。
足元の地面に視線を落とす。そこにはビリーの首から吹き出た青い血液で溜まっていた。
青黒い血に映るボクの姿、無意識に絶句した声を漏らす。
「こんなの………嘘だろ?」
魔族の血に侵食されたことによって、体の半分は既に黒く変色されていた。
「……………ネロ、それ……」
呆然とした様子のリンカの姿が、ボクの瞳に反射する。
瞬間、
リンカらの背後の森から数人の男女が、突然と飛び出てきた。
「辿り着いたぞ! 獣人の村を!」
「え、トレス?」
ジュリエットは聞き覚えのある声に反応して、背後を確認した。そこにはトレスがいた。
酷く醜く損傷した筈のあの気持ちの悪い、自己中の勇者野郎。
「おおお!!! ジュリエットではないか! 心配したぞ馬鹿者め! 仲間でありながら俺らを見捨てるだなんて、寂しいじゃないか! ………む?」
かつての戦友であり、人族の中では希の勇者候補と言われるトレスと目が合ってしまう。
久々の苦い、嬉しくもないパーティとの再会である。
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