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第1章 ー愚者編ー
第22話 『幸運なボクの初恋』
しおりを挟む「ネロってさ、初恋の経験とかあったりするの?」
酒場での食事中。
不意にリンカから上目遣いでそう聞かれたことがあった。
異性を好きになったことがあるのか? と。
「えーっと、急にどうしてかな?」
ニヤニヤとした顔で覗き込んできて、反応を伺ってくるリンカに戸惑いを隠しきれずに聞いた。
「だってネロって純粋そうに見えて、実はむっつりってイメージがあるから」
「……っ!」
「なによ図星?」
図星です、姿や形が違えど男は皆そういう生物なので否定はできんです。
咳払いしながら、改めてリンカに見向いた。
「……わかった、わかったよ。つまり異性を好きになったりしたことがあるのか? ってことだよね?」
「そうよ、もったいぶらずに白状なさい」
サラリと揺れるリンカの髪。
彼女の使っている香水の香りがボクの鼻元まで届いてツーンとなった。
肉食系の男なら彼女のフェロモンでイチコロだな。
「そうだねぇ。あれはずっと昔、ボクが幼くて修道院に引き取られてすぐだったかーーー」
※※※※※※
7年前『アルガルベ王国』辺境のシーロン街の修道院。
昼食がちょうど終わった午後。
低い柵に囲まれた修道院の裏にある森に近づき、その中にある一番太い樹木に寄りながら座り込み、絵本を手にして1人で読んでいた時だ。
自分の頭より大きな緑色の本。
著者は有名な冒険者『アラン・グリモワール』。
エリーシャの師匠『レイン・グリモワール』の祖母にあたる人物が作者らしいけど、彼女からは詳しい詳細を聞かされないためか、謎の女性としてボクは見ていた。
本の内容は主に冒険時に得た知識やこの世界に実在する迷宮や生息する魔物を手記したものである。
さらに次元を超越した体験談。技術がはるかに発展した街。
酒の種類。
遭遇した幻獣等々。
子供のボクにとってはありえないであろう内容ばかりが、ページをめくるたびにこの本で繰り広げられていたのだ。没頭するのも仕方がないだろう、子供というのはそういうものなのだから。
かなり分厚いため1日では読みきれないページ数だったが、それすらお構いなく本に熱中していた。
「ふふふ、次が楽しみでならないなぁ」
それが数日も過ぎてやっとのことで一巻を読み終えたボクは、修道院の教会に帰る頃にバッタリ彼女と出会ってしまったのだ。
「あ、ねぇねぇ! そこのキミ!」
桃色の滑らかな長い髪、優しそうで美しい赤い瞳を持った少女が道のど真ん中に立っていた。
急に話しかけられて、ボクは帰る足を止めた。
彼女を一目見て突然、胸の奥がギュッと締められるような感覚に襲われる。
「………」
「えっと、確かエリーシャちゃんのお兄さん、ネロくんだったよね?」
「………」
手を組みながら少女は可愛らしい仕草でボクを見上げるように聞いてきた。
すると胸がドキンッ! と金槌に打たれる。
沈黙が徐々に怖くなってきたので、無言にボクは小さくちょこんと頷く。
ボクの反応に少女は嬉しそうに笑うと、急にギュッとボクの手を躊躇いもなく握りしめてきた。
「よかったぁ! もし間違っていたら、迷惑だよね? よかったら……コレをどうぞ!」
少女に何かを掴まされる。
ゆっくりと広げると、そこには名前が刻まれた金属が置いてあった。
『ジュリエット』って一文字だけ刻まれている。
「ほら!」
少女の名前は確かジュリエット。修道院に引き取られた孤児らの自己紹介で確か彼女も自分の名前を名乗っていた。
少女ジュリエットは自分のポケットからボクに掴ませた金属とは全く違った金属を取り出し、それをボクに自慢するように見せてきた。
『ジュリエットとエリーシャ』と刻まれている。
不思議に思いながら、無言で首を傾げる。
「この金属に自分のお名前を書いた後にね、お友達になりたい人や好きな人に渡して、その人のお名前を書いてもらうの」
「……」
金属にはエリーシャと刻まれている。
つまりエリーシャと友達?
確かにジュリエットとエリーシャが最近一緒に遊んでいるのを何度か見かけたことがあるような。
もしかしてこれは……!
「エリーシャちゃんの大切な家族ならネロくんともお友達になりたいよ! ネロ君、お名前を書いてよ!」
そう頼まれた。つまりジュリエットから友達になりたい、率直にそう誘われたのだ。
しかし、緊張に耐えきれなかったボクは、何も言わずその場から逃げ去ってしまった。
彼女の純粋を台無しにしてしまったのだ。
流石に次の日には謝らなければと思ったけど、女子陣に囲まれたジュリエットはまさに修道院のアイドル的存在。
彼女には男友達が多く、その中で若いながら「好きだ!」とジュリエットに告白した輩は数は数知れない。
だけど、どうやら全員ジュリエットにノーと断られてしまったらしい。
現在、未だ全滅中である。
「お友達でいたいから、ごめんね」とジュリエットはテンパリながらそう男子らの愛を弾いていた、というのを聞かされた。
だけど男子らは赤面で「し、仕方ねーな」と納得して引き下がったらしい。
そんな有名な彼女にボクから話しかけようとはしなかったけど、妹のエリーシャとは非常に何故か仲が良かったという。
「ネロくん。それなんの本なの? 面白そうだね」
ある日、本に没頭していたら突然ボクの隣に、ジュリエットが当たり前かのように座ってきて、読んでいた本を覗きこんできた。
つい恥ずかしがってボクは本を閉ざしてしまう。
人気がない此処に何で来たの!? と疑問に思いながらボクは本を抱えて、無言でジュリエットの前から立ち去って、その場を退散した。
そして次の日。
本の続きを読むためにあの場所に戻ると、先にジュリエットがボクの特等席である樹木に寄りかかって座っていた。
「あ、やっぱり来てくれたね。ネロく……」
逃げ去っていくボクをそんなに見たいのか? と怪訝としながら、ボクは無言でその場を去ったのだった。
また次の日。
場所を変えて、ボクは森のさらに奥へと入っていった。
もうさすがに邪魔されないだろうと、周囲を警戒しながら新しい特等席の樹木に寄りかかって座った。
本を開いて、続きを読もうとしたその瞬間………、
「あっ! いたいた」
上の方から声がした。
反射的に肩を震わせて、驚いきながら真上へと視線を向ける。
「やあ、お兄ちゃん。最近シケているね」
ジュリエットではなくて、髪の毛を垂らすエリーシャが真上にいた。
ニコニコと上機嫌に笑いながら、木の枝に足を掛けてぶら下がっている状態だ。
危ないよと注意したいところが、まあ平気だろうと気にするのをやめた。
「なに期待はずれでした! って感じの雰囲気を溢れだしちゃっているのお兄ちゃん?」
「……いや、別に」
ぶっきらぼうに答える自分がいた。
「じゃあさ、一体どうしたの? 私でよければっ」
木から飛び降り、一回転しながら華麗な着地を披露するエリーシャ。100点満点である着地技だ。
流石は勇者の可能性があるものに宿るとされる『勇ましき炎』というべきか、身体能力が化け物級だ。
「よっこらせっと」
エリーシャはボクと同じように樹木に寄りかかって、隣に座り込んだ。
これじゃ読みたくても読めないし、集中したくても出来ないじゃないか。
いや、そんなことよりもだ。
何故だろうか、ジュリエットの前から逃走したあの日から、妙に心の中がモヤモヤしていた。
「なんかお兄ちゃん最近落ち着きがないけどさ、何かあったの?」
「いやぁ、別にそんな事はないよ? 」
「あっ、もしかしてイジメられていたりして……? もしそうだったら誰にイジメられたか言ってよ! ボコボコにしてやるから!」
「お願いします、それだけは洒落にならないのでどうかやめてください。いやいや、イジメられてなんかいないよ。見る限り修道院の子たちはみんな優しいよ」
「うーん、そう言われればそうだね」
頭の後ろに両手を回しながらエリーシャは空を見上げて納得した。
なんせエリーシャは修道院の子供らを率いるガキ大将のような存在だ。友達らの性格ぐらいは把握しているつもりである。
「ああ! そういえばね、さっきジュリエットがさぁ」
「!!」
反射的に立ち上がり、目を見開きながら周囲を無意識に見回してしまう。
それを見ながらエリーシャは口を半開きにさせてしまう。
「ど、どしたのお兄ちゃん? 急に慌てだしたりして……」
「えっ? えーと……いや、別になんでもないよ」
樹木におそるおそる座り込むと、ボクは何故かため息を溢してしまう。
それを真顔で見ていたエリーシャはなにかを察した様子で、喉を鳴らしてニヤニヤと笑った。
「……ふーん、分かっちゃったかも」
「?」
エリーシャはボクを見ながら、閃いたように手をポンと叩いた。
「お兄ちゃんさ、ジュリエットが好きなんでしょ?」
は? なに言っているのさエリーシャ。
「うん、もちろん好きに決まっているでしょ…………………………え!!?」
自然な流れでエリーシャに答えてしまった。
「ふーん? 」
顎を指でいじりながら、エリーシャは物凄く楽しそうな表情でボクを見てニヤニヤを続けていた。
まるで隠していた良からぬ秘密を見破られたようなシュチュエーションだ。
ーーー恐ろしい娘!
エリーシャは妹であり1番気が許せる相手だ。
故に、不用心にも警戒をすべて解いてしまう為、あっさりゲロってしまう可能性がある。
まさか、ここで今その現象が起きるだなんて思いもしなかった……!
「やっぱりぃ。私の親友に惚れるとは、お兄ちゃんも見る目があるんだねぇ」
「ちょ、やめっ、やめてくれよー」
エリーシャは面白そうにツンツンとボクの急所である脇腹をつついてきた。
かなり洒落にならないぐらい痛いのでやめてほしい。
加えてジュリエットが好きなこともバラして欲しくはないので、黙っていて欲しい。
「へへ~。それで?」
「それでとは……? 妹よ」
「どうして好きになったか、教えてくんないかな~? ってね」
うわー、絶対教えてあげたくない顔をしてらっしゃるわこのエリーシャ。
まあ、バレてしまったので隠したとしても仕方がないか。
咳払いして、震えながら頭の後ろを掻いた。
「ーーーーーーーーー」
エリーシャが口を開き、呆然とボクの話を聞いてくれた。
最終的にエリーシャは口を手で押さえながら、感動したように涙を大量に流していた。
そう、彼女を好きになったのは一目からではない。
遠い昔、彼女とはきっとどこかで会ったことがあるのだ。
※※※※※※
「………ネ………ん! …………ネロくん!」
暗闇の中で声が聞こえたので目を覚ましてみると、そこには顔を真っ赤にさせて泣いているジュリエットがいた。
柔らかい感触が背中が包んでいる。
ベッドの中だとすぐに気づき、ベットの周囲を確認してみた。
部屋にいるのはジュリエットだけではなかった。
リンカとフィオラや、猫耳がいま生えていない状態のミミもがこの部屋にいる。
ベットで横になっているボクを囲んでいた。
状況が理解できずボクはベッドから体を起こし、暗い表情の彼女らに質問を口にする。
「……みんな、ここは何処?」
「はぁ………ネロくん! よかったよ!」
力強くジュリエットに抱きしめられる。
一瞬、『七大使徒ビリー』との戦いの時にジュリエットに抱きしめられた記憶が蘇って、顔が熱くなってしまう。
「じ、ジュリエットちゃんっ?」
「……目を覚ましてくれてくれて本当に良かったよ。 ああ……神様……ありがとうございます……ありがとうございます」
ジュリエットに抱きしめられて赤面していると、目を細めたリンカが強い感じに咳払いをする。
それに気づきジュリエットは優しくボクを離して、頰を赤くしながら顔をそらした。
可愛らしい仕草で、見ているこっちの方も恥ずかしくなってしまう。
戸惑うボクを見て察して、リンカは気遣ってくれたのだろう。
流石はリンカだ、頼りになる。
「久しぶりねネロ、大丈夫かしら?」
ジュリエットの隣に座っていたリンカはベッドにいるボクの顔を覗き込みながら、いつもながら冷たい声で聞いてきた。
「ああ、うん。大丈夫だよ…………っ」
「うわーーん! ネロ様ぁぁああああ!!!」
「ぐは!?」
急にフィオラに飛びつかれたボクは、ベッドの上に倒れこんでしまった。
ボクの胸に顔を埋めながら、彼女は号泣する。
「うわぁぁぁぁあん!! 生きてて良かったぁぁあ!!」
かなり豊富なジュリエット氏に抱かれた後なので、発展中のフィオラに抱きつかれたところで何も湧きはしなかった。
けど、抱き枕にちょうど良いサイズの抱き心地である。
「フィオラ……なにがあったの? あの後、侵食されたようで、なに一つ覚えていないんだ」
久々に再会したトレスもあの時、幻かもしれない。
魔族の血に侵食されたら最も憎しみを抱いている対象者の幻が見えたり、聞こえたりするとレインに聞いたことがある、トレスは嫌いだけどそこまでは憎んでいない。
ギャフンとは言わせたいだけだ。
その程度で済む問題である。
「そうだよね……まだなにも分かっていないんだよね?」
ジュリエットは涙をぬぐいながら、心配した様子で言った。
「うん、まったく」
「それなら、私が説明するわ」
「うぎゃ!?」
名乗り上げたリンカは、ボクを全身で抱きしめていたフィオラを引き剥がした。
そのまま適当にそこら辺に捨ててしまう。
ボクを見るわリンカは腕を組みながらすぐに目を閉ざして、説明を始めた。
「あれからアンタは1週間も意識を失って、まるで植物かのように眠り続けていたのよ」
「え! い、1週間!?」
リンカはそう言って、目を開いた。
1週間も経過しているだなんて、普通なら信じられない話だけど、お腹空いてしかたがない状態である。
1週間どころか1年間も食べていなかったような感覚だ。
「アンタの無茶苦茶な攻撃を受けた『七大使徒の第六使徒ビリー』は消息不明。多分、尻尾を巻いて逃げていったんでしょうね」
それを聞いた途端、ボクは安堵した。
つまりボクの攻撃を最後にビリーは姿を眩ませ、負傷者は出なかったと解釈してもいいことになる。
フィオラとリンカ、ミミもジュリエットも大きな傷を受けずに無事な状態に安心して、胸を撫で下ろす。
「そのままアンタの元パーティメンバーであろうエリートさん達と王都に帰還して、この宿でアンタを寝かせたわ。今回の報酬は多分……惜しいことに出ないわね」
「ごめんにゃさい……」
「ミミのせいじゃないわよ」
落ち込んだミミを見ながら、珍しくリンカは優く微笑みかけた。
ということは、やっぱりトレスのあの姿は幻覚ではなかったんだ。
ジュリエットもあの場に居れば、それもそうか。
「そうか、そんな事があったんだね。あとでトレスさん達に挨拶した方がいいのかな? ボクが意識を失った時に同行してくれたらしいし………会わないとね」
喉から吐き出そうな汚物が出ないように堪える。
考えるだけで気持ち悪くなってきた。あの日を思い出すと会いたくないのがボクの本音だ。
(けど、やっぱり会った方がいいのかな。白状だと思われるのも、イヤだしなぁ)
パシッ!!
俯き悩んでいると、頭に強い衝撃が走る。
かなり強力で頭がジンジンと痛んでしまう。頭蓋骨の内側まで激痛が届いている。
「痛っ!?」
「そう悩むことでもないわよネロ」
涙目でリンカを見上げる。
彼女の視線は部屋の外、廊下の方に向けられていた。
「あの女ったらの勇者候補がね、どうやらアンタと決闘したいらしいのよ」
(決闘……!!)
ええ、勇者候補のトレスに!?
いや、ちょっと待ってください!
「あの、ネロくん。実はね、トレスがさ、変な誤解をしてね……えっと、どこから話せばいいのかなぁ」
モジモジとしながら、顔を赤くさせるジュリエット。
この場にいる皆が苦笑いである。
え? え? え? 疑問を顔に浮かべながら、周囲を見回すけど皆一緒の表情だ。
「ジュリエットを賭けた決闘らしいわよ」
リンカが必死に笑いを堪えながら、ジュリエットに指を差して告げた。
その言葉で真顔になっているボク『ネロ・ダンタ』である。
ジュリエットの方はというと。耳から煙が漏れ出していて、恥ずかしそうに顔を手で覆って丸まってしまっていた。
「……」
勇者候補? イケメン? 有名な貴族の息子?
この状況では関係のないレッテルのようだ。正々堂々受けて立とうじゃないか、トレスの野郎。
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