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第2章 ー勇者エリーシャ編ー
第25話 『勇者、七大使徒との対峙』
しおりを挟む魔の大陸。
大雨により発生した霧に覆われた山脈、魔の大陸の西北を分裂する《ハイミスト山脈》に一瞬の轟音が鳴り響いた。
しかし何事も無かったように、すぐ静まりかえる。
…………………。
光の届かない殺風景な樹海の奥に潜むように、宮殿のような《大聖堂》が佇んで静寂に覆われていた。
微かに聞こえる音に耳を澄ませ、近づこうともそこには誰もいない。
中に入ってみれば、生気を失い枯れてしまった花により飾り付けされた奇妙な祭壇が待ち受けていた。
目を離して周囲見渡せば、一見普通の教会と大差がない。
しかし目を凝らしてみせるとそこには、聖地とは思えないほどの殺伐とした光景が広がっていた。
祭壇にまで続く支柱により支えられた蓮模様の天井から大理石の床まで、濁ったような真紅色の水滴が何度もポタポタと溢れ落ちてきている。
悪臭の漂う天井の方へと目を凝らしながら見上げてみせるとそこには息を飲み込みたくなる程、腐ってしまった首無しの残骸が無数もロープに巻きつけられて、ぶら下げられて揺れていた。
残骸には大量のハエがたかり、どのような種族なのかさえも確認できないぐらいにまでに死体が腐ってしまっていた。
鼻が曲がってしまいそうな異臭が漂うこの空間に到底好き好んで近づいたりする人はいないだろう。
しかし祭壇を前にして、黒いローブを羽織り角を生やした悪魔のような姿を持った女性が床に両膝をつけて、胸の紋章に手を当てながら深く祈っていた。
「……この世界を創造した神に憎悪があらんこと。どうか我を正しき道に導きあれ、さすれば主の加護が守護してくれるでしょう。ああ、大地が割れ、世界を覆う曇天は紅く……………あら?」
女性は耳をビクリと動かし、言葉を止めた。
この大聖堂に一つしかないであろう扉の方へと気色悪い笑みをみせながら振り向く。
するとそこには、強い眼差しを向ける翠色の鎧を装備した少女が一人立っていた。
「あら、お客さんなのかしら? 結構前からこの拠点はとうに閉鎖した筈。まあ、関係ないようだけど……」
膨大な魔力が秘められた青白い結晶のような透明の聖剣が力強く、少女の右手の中に握られていた。
女性の瞳から見れば、少女の握りしめた剣は自身にとっては酷く忌々しい代物当然。
間違っても触れたりはしたくない、自分らにとっては非常に危険な武器である。
「どーせ、私を殺しに来たんでしょ?」
「……っ」
女性の問いに反応して、少女は微かな作り笑みを見せながら答えた。
「話さなくても分かるんだね。そう、これから私はアンタをブチ殺す予定なの……」
「あらま物騒なこと、私たち仲良くできたりはしないのかしら?」
「断る、そんなこと出来る筈がないじゃないの」
女性を心底から否定しながら少女は剣を構え、一歩前へと踏み出し戦闘状態をみせる。
殺気はない、殺伐とした空気だけが変わらず周囲を漂っていた。
「あら? それは。 そう、わかったわ。貴方がここ最近魔王軍を怯えさせている有名な剣の勇者らしいじゃない。名前は確か……エリーシャちゃんだったかしら?」
女性はエリーシャを舐め回すかのように眺めながら、その正体を口にした。
途端、エリーシャの表情から微かな笑みが消えてしまう。
「ふん、そういうアンタこそ、ここ昔から相変わらず独自のカルト教団を束ねている頭のおかしい魔王軍らしいじゃないの」
「フフ、頭がおかしいだなんてっ、照れるじゃないのぉ! けど、私を存知ているのなら名前で呼んで頂戴よエリーシャちゃん♪」
「げっ……いやだよ」
「ヤダー冷たいわねぇ。まぁ、これから私に斬られて体温の方がもっと冷たくなる予定だけどねぇ」
「!」
女性にめがけて走り出そうとまた一歩前に踏み込んだ瞬間、女性は胸に手を当てながら丁寧に頭を下げた。
「勇者と殺りあえるだなんて恐縮よ。この私、主様直属の部下である【七大使徒《第三使徒》レヴィア・ターナ】が貴方に敬意を称しましょう」
挑発的な声でエリーシャを呼びかけ、上目でレヴィアは舐め腐ったような視線を向けた。まるで自分の脅威ではないと言わんばかりの姿勢である。
それでもエリーシャはその程度で油断したり激情したりはしない。
相手は腐っても魔王軍の精鋭、正面から迎え撃つなど以ての外だ。
ドサリ。
エリーシャのすぐ目の前の床に何かが落下してきた。
見ると先ほどからずっと天井にぶら下がっていた首の無い死体である。
「?」
ロープが外れて、唐突に落下してきたのが生者であればエリーシャならすぐさま反応できる。
しかし降ってきたのが死体だったためか、彼女であろうと生のない者の気配は一切感じられないのだ。
だけど今はそんな事はどうでもいい、目の前の人物だけがエリーシャの標的である。
死体に目もくれず、エリーシャは息を整えてから剣を振るおうとしたその直後。
シュッ!!!
背後からの風切り音に耳が反応し、エリーシャは迫り来るなにかを回避しながらバックステップ。
エリーシャは音のした方へと目線を移動させた。
「!!」
そこには、大斧を地面にめり込ませる首の無い戦士が両足で立っていた。
床に落下してきた死体と同じ、生が一切感じられない戦士が今そこにいる。
「…………死んでいるの?」
困惑するエリーシャに首の無い戦士は大斧を両手で持ち上げ、正面にいるエリーシャに狙いを定める。
バキン!!!
地面を踏み込んだ死体の足元に亀裂が入り、腐っていたとは到底思えない速さで瞬く間に死体はエリーシャとの距離を詰めていた。
大斧の長さは2メートルもあった。
その攻撃範囲内にはエリーシャは立っている。
死体は大斧を振り絞って、エリーシャにめがけて重々しく振り下ろしてみせた。
「遅いよっ!」
だがエリーシャはそれを難なく余裕で握っていた聖剣で弾いていた。
動く死体に大きな隙を作らせたエリーシャは、空いた腹部にめがけて聖剣の切っ先を突きつける。
「あら傷を付けちゃうのぉ? それ死体だけど元々善良な人間なのよ」
ニコリと笑いながら祭壇の前で観戦しているレヴィアが忠告をしてきた。
「!」
瞬間エリーシャの聖剣が鈍り、同時に声をかけてきたレヴィアの方へとエリーシャは視線を移動させた。
(あれは、操っているの?)
レヴィアの微かに動く手元を見て、エリーシャは確信したように歯を食いしばって叫んだ。
「レヴィア! アンタの仕業なのね!!」
「あらら、バレちゃった? 意外と早いのねぇ。このままエリーシャちゃんの戦い方を分析しようかと思ったけど、さすがは勇者様と言うべきかしら」
レヴィアは頰に手を当てながら、仕組みを包み隠そうとせずあっさりと明かしてしまう。
そして片方の手をエリーシャに見せつける。
透明に近い糸が無数、10本どころではない。
100本、1000本もの糸がバラバラに何処かへと繋げられていた。
「よそ見はイケないわよぉエリーシャちゃん」
ニコリと笑いながら、レヴィアはかざした手の中指を折った。
瞬時にエリーシャは大斧を武器にしている首なしの方へと向き直るが、もう遅かった。
エリーシャの行動よりさきに首なしが攻撃を仕掛けてきていた。
青い閃光とともに振り下された大斧への対応は間に合わない、そう判断したエリーシャは何かを小さく口ずさんだ。
すると大斧を持った首なしは突如と強い衝撃を身に受け、この大聖堂唯一の扉へと勢いよく吹っ飛び、大柄な死体は扉をいとも簡単に破いてしまった。
「あら? それは光属性の初級魔法じゃない」
驚いたように言うレヴィアの指に繋がれた糸が10本切れて消滅する。
それを見届けたレヴィアは自身の手を見ながら、なにを思ったのか小さく微笑む。
「やっぱり貴方も一筋縄ではいかないみたいね。指を温めるためのウォーミングアップだったけど、まさか私の操り人形を瞬時に倒しちゃうなんて、お姉さん怖いわよ?」
頭に生えた自身の角をいじくりながらそう言うと、レヴィアは突如と手を広げた。
そして引っ張り下ろすような動作と同時に天井にぶら下げられていた全ての死体のロープが解け始め、地面へと落下してきた。
エリーシャは警戒しながら目線をあらゆる所へと移動させ、破かれた扉へと少しずつ後ずさりする。
身の危険を察知次第いつでも離脱できる姿勢は重要だ。
師匠のレインが毎回耳にタコが出来てしまうほど、戦闘中に繰り返し忠告してくるめエリーシャは無意識にそれを行動してしまっていた。
「もう、そんな警戒していたらつまらないじゃない? まあ、特別に仕組みを明かしてあげるわよ……まったく。私はマリオネットよ。能力は【糸操り人形】特殊な魔力を糸に流して簡単に切れないように強度を上げてから、人形を丁度よく操れるのかを調節するの。これが結構大変でね……だから」
無造作に転がっていた人間の死体が次々と蘇ってくるかのように、レヴィアの操作する糸よって動きだし始めた。
甲冑を身につける死体。弓矢を構えている死体。杖に魔力を注ぎ始める死体。前線で盾やバックラーを構える死体。
全てをレヴィアが操っているのだと考えると、とてもじゃないが化け物もいいところだ。
エリーシャの知っているマリオネットは、魔力をあまり消費しない使い勝手のよい木質の傀儡を使用する。
なのにレヴィアは糸だけでなく、操る人形にまで魔力を注がなければ戦闘では使用できない人間を使っている。
しかもソレが100体もだ。
化物《バケモノ》としか言いようがない膨大な魔力量である。
さすがのエリーシャでさえレヴィアの操る集団を前にして困惑していた。
「面倒だから一気に全部、使っちゃうわねぇ! エリーシャちゃぁあん!!」
「煩いっなぁ」
レヴィアが両腕を広げたその瞬間、エリーシャの周囲を取り囲む死体の軍勢が武器を構えながら襲いかかり始める。
対するエリーシャは殺傷能力のある聖剣をしまい、拳を握りしめてファイティングポーズを作った。
いくら死体であろうと元は呼吸する自分らと同じ人間達である。
望まずに操られて挙句にその身体を傷つけられる、それぞれの身分は知らないけど到底彼らに対してエリーシャは聖剣を握ることなんて出来るはずもなかった。
いくら不利になろうと、エリーシャは彼らを聖剣で斬ること決してしないだろう。
「あらあらあら、血迷ったのかしら!?」
レヴィアは無数に動いてくれる死体を器用に指で操りながら、エリーシャに吠えた。
一方のエリーシャは操るレヴィアを尻目に、周囲から迫り来る死体に応戦する。
振り上げられてくる武器より先に攻撃を仕掛け、抑えめの一撃を加えた。
1人だけならず、数10体もの操られた死体がエリーシャの拳から発生した強力な衝撃に巻き込まれ宙に吹っ飛ばされてしまう。
「はあっ!」
エリーシャは次々と仕掛けられてくる攻撃を華麗にかわし続けながら、設置された椅子に足をかけて早口で呪文を唱える。
【風魔法・エアウィンド】
エリーシャは発生させた強風で自分を包み込みながら勢いよく跳び上がり、そのまま破壊した扉の方へと向かった。
一回転してから扉の前まで着地。
エリーシャは鞘におさめていた聖剣を抜き取ってすぐさま振り上げてみせる。
エリーシャの睨みつける目線の先には、無数もの死体を糸で器用に操っている張本人の無防備のレヴィアが佇んでいた。
その前方には彼女を守護する者は誰一人としていない、完全に大きな隙が空いているのだ。
「あらまぁ……案外見た目に反して頭が回るのねぇ。まさか私の人形たちを攻撃範囲外まで引き付けて大きな隙を作るだなんて。やっぱりエリーシャちゃんは偉いわね♪」
と言い終える頃、慌てた様子でレヴィアは物凄い速さで指を動かし、全ての死体を自分の前方へと呼び戻そうと試みる。
その目に映る必死さにエリーシャはニヤケながら、振り上げた剣にありったけの魔力を注ぎ込む。
「もう遅いんだよ…………これでも食らって!【ー剣罪ー セイバージャッチメント】!!!!!!」
闇をも切り拓く神々しい光が聖剣から放たれ、エリーシャは膨大なまでに膨れ上がった凄まじい魔力を必死に抑え込みながら、レヴィアにめがけてソレを振り下ろしてみせた。
ゴゴゴォォォォォォォォォォン!!!
轟音と衝撃が建物を大きく揺らしながら、大聖堂は瞬く間にエリーシャの一撃によって崩壊してしまう。
そのままエリーシャ自身も同様、降り注ぐ天井の瓦礫を避けることも出来なく飲み込まれてしまった。
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