S級パーティから追放された幸運な僕、女神と出会い最強になる〜勇者より先に魔王討伐を目指す〜

灰色の鼠

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第2章 ー勇者エリーシャ編ー

第26話 『主の不在』

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 崩壊した瓦礫に埋もれたエリーシャは、微かに見える暗い曇天の空に目を凝らしていた。
 反動により両手が電撃を食らったかのように痺れてしまったが、なんとか動かせられた。
 重傷というほどのダメージは特にない。

 エリーシャは自身を下敷きにした瓦礫を、握りしめた拳で軽々しく吹き飛ばしてみせた。
 憂鬱な表情で砂埃を払いながら立ち上がると、聖剣を振り下ろした標的を確かめにエリーシャは潰れた祭壇の方へと歩んだ。

 そこには黒いローブが破け、身がボロボロになってしまった七大使徒のレヴィアが仰向けに倒れ込んでいた。まだ先程の死体らを人形のように操ろうと試みているのか、仰向けの状態で指を必死に動かそうとしている。

 それを眺めながらエリーシャは何かを思い、口を開く。

「もう、そんなことをしても無理だよ。さっき私が放った攻撃、あらゆる能力を相殺しちゃう効果があるの。効果を与える条件は複雑で難しいけど、簡単に言ってみれば、大罪を犯した者にしか通用しない技だよ」

「フフフ、道理で人形たちが応えてくれないってわけね。薄情よねぇ本当」

「………ふざけるな。人の亡骸を遊び道具当然のように操ったアンタは紛れもない罪人だ。人の命を軽々しく見すぎた結果がそれだよ」
  
「遊び? 私は、遊んでなんかいないわよ……」

 一瞬にしてレヴィアから漂う和らかな雰囲気が消え失せ、突如と彼女の表情から恐ろしい貫禄がむけられた。

「!」

「これは忠義よ」

 約00、1秒の出来事だった。
 レヴィアが瞬きしたエリーシャの背後へと素早く立ち回り、隠し持っていた真っ黒なオーラを放つ凶器を握りしめるまでの間、エリーシャは気づくのを一歩遅れてしまう。

 迂闊だった、前に一歩踏み出してしまった足ではレヴィアの攻撃より先に行動はできない。

「詠唱しても無駄よっ!」

「くっ!」

 鋭い鋭利のような刃の感触がエリーシャの後頭部に伝わる。そのまま叩きつけられ、その勢いで地面から足が離れてしまい吹っ飛ばされる。

 寸前、エリーシャの目に映ったのは、黒く禍々しい刀剣。

 ーーーピキッ。

 鎧の背中部分が割れるのがハッキリ聞こえる。

 目を細め動揺しながらもエリーシャはなんとか態勢を取り戻し地上に着地した。
 目を見開きながらレヴィアの次の一手にすぐさま備えて守りを固める。

 それもそうだろう。
 エリーシャの着こなす翠色に塗装された鎧は、あらゆる硬度な鉱石で加工された一級品だ。
 勇者は常に最前線で戦う者、それに見合う最強の装備が魔王ならぬ者にヒビを入れられてしまったのだ。

 さすがは【七大使徒】と謳われる存在というべきか、人形をただ操ることだけが得意という訳ではないらしい。
 そんなことを座学の知識が疎いエリーシャでさえ気づいていた。

 刀剣は剣と違って火力はない、とはいえ軽くて硬い。
 戦士や騎士の使うそこら辺の脆い剣と比べれば、そう簡単に砕けたりはしない。
 魔力を込めれば尚更の話だ。

「へぇ、さすがは勇者様だけあるわねぇ。大富豪の所の娘って所かしら? とっても高価そうな鎧なのね」

「は? アンタ、契約金って知ってる?」

「無償で働いてる私ら魔族じゃ知り得ない単語ね。おいしいのソレ? フフフ」

「勇者になれば王国からお金が貰えるってことだよ」

「あらまぁ、羨ましいこと。エリーシャちゃんお金持ちなんだぁ」

 小馬鹿にしているのか、無性に腹立たしい笑みを浮かべながら首を傾げるレヴィア。

 ピキッと眉の血管が浮かび上がり、エリーシャは鋭い眼光でレヴィアを睨みつける。
 瓦礫の上ではまともな戦闘は難しい。そう思ったエリーシャは聖剣をレヴィアにめがけて振るフリをしてからそのまま、地面に聖剣の刃身を叩きつけた。

「あら!!」

 瓦礫もろともレヴィアもがエリーシャの一振りに発生した衝撃に態勢を崩してしまい、遠い距離にまで吹き飛ばされてしまう。

 樹海の木々が倒れ、そこに潜む弱いモンスターから強いモンスターまでもがエリーシャの衝撃に巻き込まれてしまった。

「なんて恐ろしい娘なのかしらね……女性らしかなる脳筋方法で攻撃を繰り出すだなんてっ」

 レヴィアは飛んでくる木々を刀剣で紙を切るような手応えで斬りまくりながら、それを足場にしてエリーシャの元へと戻ろうと接近する。

 迎ってくるレヴィアを睨みつけ、怒り篭った声でエリーシャが叫んだ。

「来るなぁ!!」

 再び振り下ろされた聖剣からレヴィアにめがけて、青い斬撃が放たれる。
 レヴィアはそれをすぐさま捉えながら、刀剣に魔力を込めて剣身の硬度を高めた。

 バキンッ!!

 そのまま迎ってくるエリーシャの斬撃を弾いてみせるが、直後に踏み込んだ地面がめり込んで破裂してしまう。

「なっ!?」

 動揺を隠しきれず、レヴィアは突然の巨大な爆発に対応できず、燃えるような衝撃が全体を巻き込んでしまった。
 油断していた、レヴィアの思考が並みより倍より働きだす。

 だけど燃えるような激痛の中、レヴィアはエリーシャを遠目で見つめると硬直した。

 今さっき自身が踏んだ地面には、彼女の仕掛けたブーバトラップが仕掛けられていたのだ。
 地面を踏み込んだ瞬間に感じた違和感。そこらの土よりより柔らかい地面、踏み込んだ瞬間に地面がめり込み、罠はそれで作動する。

 エリーシャが仕掛けたのか? いや、それは考えにくい。
 大聖堂を破壊してから仕掛ける余裕なんてなかったはず。それに事前に仕掛けていたのなら、こんな地形の原型を変えてしまうような大規模で高火力な攻撃は相当な無能ではない限り放ったりはしない。

 それに回りくどく、罠のところまで誘導するだなんてエリーシャの第一印象からして考えにくい。

「……まさか」

 すでにエリーシャは無数にそこら中の森に罠を仕掛けていたのか、それとも………、

「誰も、ここまでたった1人で来たとは言っていないよ。確実に倒すなら私1人じゃ……少し難しい」

 レヴィアの悪い予感が的中する。
 すぐさま次の一手に備えようと警戒を促そうとしたが、刀剣を握る方の腕がいつのまにか消えていた。

「えっ、あら、え?」

 しかし、時は遅し。

 息を殺していた無数もの人影がそこら中の森から次々と飛び出てきた。
 腕を斬り落とされて驚愕するレヴィアの逃げ道を封殺するように、集団が周りを囲んでしまう。

 亜人、人間合わせて30人もの武器と鎧を武装した腕の立つ連中達。

 地面に膝をつけてしまったボロボロのエリーシャの隣に、美形な顔立ちをした眼鏡の青年が立った。
 呆れて笑いながら、エリーシャに手を差し伸べていた。

「怪我はないかい、お嬢さん?」

「………ふーん、一体なにを見ていたのかしらね? どう見ても私が優勢でしょ」

「優勢なら立ってから言いなさいエリーシャ様」

 青年の胸にはフィンブル大陸の最も軍事力と権力を持った国【アルガルベ王国】騎士団の薔薇の紋章があった。
 彼の名はバルト・オリオネス。
 王国騎士団にして過去最少年の副団長だ。
 この場にいる大半が王国騎士団所属でバルトの率いる精鋭たちである。

 バルトの差し出された手をエリーシャは震えながら握りしめると、力強く引っ張り上げられた。

「……ありがとね」

 エリーシャはぶっきらぼうにお礼を言い、地面に突き立てた聖剣を手に取ってレヴィアの方へと見向く。

 そんな彼女の肩を後ろから掴んで、何故か微笑みかけるバルト。
 息を溢しながら、エリーシャは呆れた様子で目を細めてバルトの方へとまた振り返る。

「なんなのさ?」

「ゴホン。今宵、お食事でもどうかなぁと思ってね。かなり良いタイミングでエリーシャ様の状況を打破したという訳ですし……どうでしょうか?」

「おー、財産が有り余るぐらい持っているボンボンでイケメンの騎士団副団長が私を誘うだなんて、なんてラッキーなのかしら」

 ちなみにバルトは憎たらしい程に女ったらしである。
 爵位を与えられた変態しかいない名門貴族の箱入り息子であり、殆んど美人しか雇われていない使用人を相手に子供ながら知識を得たらしい。
 よって女好き残念なイケメンである。
 それも、周囲にいるメンバーらが顔を隠して他人のフリをする程までにだ。


 しかしバルトに落とせなかった女性は誰1人としていなかった。王国でも有名な公爵家の令嬢でさえ簡単にマーキングしてしまうのだ。

「……だが断る」

 そんな男を断るのが、この勇者エリーシャである。

「あ、あれ……その、理由を聞いても?」

 眼鏡をずらし驚いた様子でバルトは真顔のエリーシャに震えた声で聞いた。

「重要な戦場を前にしてナンパするような舐め腐った余裕をみせる性格、生理的に無理。付け加えるけど自分より優勢な立場にあるうざい人の、とえも困った表情を見るのが非常に好きなの。それと私は………もう何度目だっけ?」

 空を見上げながらエリーシャは顎に手を当てて考えてみせるが、いちいち面倒なのですぐさま放棄する。

「私は故郷で待っているお兄ちゃん一筋なの。以上、さあ戦うよ」

 いつものカミングアウトから、エリーシャは肩に置かれたバルトの手を退けて聖剣を構えた。
 フラれた男バルトはニヤケた面で背後で待機する仲間らの方へと振り返る。

 泣いていた、心が完全に折れるまでにだ。

「気を取り直して………レヴィア」

 斬られた方の腕を押さえながら荒い息遣いのレヴィアとの目線を合わせる。その視線は決して離そうとせずエリーシャは躊躇いもなく余裕のあるマンで歩み始めた。

「アンタの犯してきた数えきれない数々の罪、今ここで償わせてあげる。降伏するなら言え、封印程度で済ませてから海に沈める。無理ならここで殺…………っ!?」

 エリーシャの言葉を妨げるように、レヴィアは拾った刀剣で周囲に衝撃波を発生させた。
 周囲を取り囲んだ騎士団の精鋭たちや、エリーシャのパーティメンバーらが巻き込まれてしまう。

 一方、最前にいたエリーシャは不意打ちに反応していたのか、衝撃波をすぐさま防いだ。

 態勢を整えると、レヴィアにめがけてすぐさま突っ走る。

 待ち受けるかのようにレヴィアが構え、直前にエリーシャは聖剣を彼女の致命傷にめがけて振り下ろした。
 互いが衝突したその瞬間、金属音と火花が発生。

「くっ!」

 押されたのがレヴィアの方だった。
 再び聖剣を向けるエリーシャだったが、レヴィアに次の一手が先読みされ攻撃が彼女の刀剣によって弾かれてしまう。

 同時に放たれた攻撃を華麗に後方へのバックステップで避けながら、エリーシャは瞬時に聖剣を横に振るった。
 迫りくるエリーシャの刃を捉えきれず、レヴィアは脇腹を切り裂かれてしまう。

 しかし、同時にレヴィアの刀剣がエリーシャの肩を深くえぐっていた。

「ぐあぁっ!」

 肩に鋭い痛みが走り、エリーシャは苦痛に声を漏らしてしまう。

「エリーシャ様!!」

 先ほど攻撃を防げなかったエリーシャのパーティメンバーの1人である『カトレイン』が叫んだ。

 すぐさま杖を前へとつきだして呪文を唱え、エリーシャに治癒魔法をかけた。
 さらに無精髭を生やした大柄の戦士『アルベイン』と、細剣を手に持つドワーフの少女『キャス』が駆け出してきた。

「ああああ!!」

 血を吐き出しながら、絶望的な表情をみせるレヴィア。

 最後の抵抗なのか、渾身の力を振り絞って間合いを詰めてくるエリーシャの仲間らにめがけて、レヴィアは刀剣から目を背けたくなるほどの禍々しい色の衝撃波を飛ばした。

 アルベインは武器である大槍で対応、小柄なキャスはそれを見計らいアルベインの背中を土台にしてレヴィアの元へとめがけて飛び込んだ。

「小癪なぁぁあああ!!!」

「キャッ!?」


 だがレヴィアの発した咆哮がキャスを吹き飛ばしてしまった。

「ごめんキャス、ありがとね……!」

 直後、死角から迫りくる人影にレヴィアは遅くも振り向く。

 瞬間、斬撃が静止したレヴィアの命を捉えていた。

 久々だ。
 かつて、数百年も前に敵対した金髪の青年の強大な力に為すすべも無くなったあの日以来だ。
 ここまでの恐怖に駆られるだなんて。

 勇者の聖剣が、歯を食いしばった凶暴なエリーシャがすぐそこに自分を見下しているのだ。
 似ている、容姿と剣の構え方、あの日を連想させられる姿である。

 不利な光景にレヴィアは笑いながら、後悔したかような苦の表情で空を見上げた。

「さすがはエリーシャちゃんね………どうやら私の負けのようっ……!!」

 レヴィアが言い終えようとしたその直後、エリーシャの聖剣が音もなく鞘に戻されるのだった。

「お返しだよレヴィア。これでおあいこ……だよね?」

「………」

 いつの間にか斬られてしまったレヴィアはエリーシャに答えたりはしなかった。
 ただ地から佇んでいる首のない自身の胴体を、見上げるだけだった。

 レヴィアの胴体の斬られた首元から大量の血しぶきが吹き上がり、地面に膝をつけてからすぐさまバタリと倒れた。




 ※※※※※※





「……終わったのか?」

 最初の攻撃で吹っ飛ばされた騎士団たちが揃ってざわつき始めた。
 どうやら全員軽傷程度で済んだらしい、バルドも含めてだ。

 エリーシャも、ひと仕事を終わらせてレヴィアの亡骸から離れようとしたその瞬間、

「………まさから七大使徒の第三使徒レヴィア・ターナがここで破れるだなんてね」

 首だけのレヴィアが口を開き、ビクリと肩を震えさえながらエリーシャは声のする方におそるおそる振り返った。

「まだ生きているだなんて………つくづく化け物だよアンタら魔族は」

「化け物だなんてっ、また褒めちゃって……けど貴方の言う通りかもね………エリーシャちゃん」

 トドメを刺そうと何故かバルドが前に出た。

(良いとこ取りしなくては)

「待って」

 それを静止するのはエリーシャだった。手を上げて囲む仲間達に来るなと指示している。

 そのままエリーシャは武器に手を当てず、首だけのレヴィアの方へと近づいて地面に膝をつけた。
 少々の警戒はあるものの、エリーシャは瀕死のレヴィアに耳を傾けた。

「死にかけのアンタにはもう使命なんてない。だから質問する、魔王はいま何処に居るの?  答えて」

 ざわついていた周囲の騎士団が、エリーシャの問いによって静まりかえった。
 空気が読めないバルドですら口に手を当てて黙り込んでしまう。

「…………主様ねぇ」

 悪ふざけのつもりか、レヴィアは嫌らしく笑いながら言った。

「そんなの、知らないわよ」

「は?」

 困惑しながらエリーシャは首を傾げて、レヴィアのすぐ耳元の地面を殴りつけた。
 地面の底がえぐれてしまう。

「隠しても無駄だよ。魔物の発生源は魔王が生きている限り途絶えることはないはずだよ?  もうそろそろ絶命するアンタにはもう役割はない、誰かの役に立つ答えぐらい言いな」

「もう怖いったらありゃしないわねぇ………けどコレは紛れも無い真実よ。主様は数十年前から不在なのよ………魔王城に帰ってくることもない、魔の大陸には居ないのは確かよ……それでも不思議にエリーシャちゃんの言う通り、あの方は何処かで生きている」

「しらばっくれないでよっ!!」

 彼女の答えに苛ついたエリーシャは大声を発しながら、鋭い眼光で無防備のレヴィアを殺す勢いで睨みつけた。

「……まったく、嘘じゃないわよ。多分、すべての使徒に聞いたところで無駄よ。皆そろって同じ答えを出すに決まっている………」

「そんな……の信じられない」

 フッと鼻を鳴らしながらレヴィアはそっと目を閉じた。


「けど……ね、最後に言えるわ………あの方は………主様はきっと………この世のどこかで…………生きて………いる……」


 レヴィアの動かす唇が次第に青く腫れていく。
 役目を果たし終えて満足したかのような表情を見せ、消えていくような声がそこで途絶えてしまう。

 不思議に体から光るような塊が見えたエリーシャはそれを目で追ってみたが、光の塊は空へと消えていってしまった。
 もう一度レヴィアの方へと振り向いたが、


 ーーー彼女が、それ以上喋ることはなかった。


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