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第4章 ー《ネロ》精霊樹編ー
第36話 『起動される争い』
しおりを挟む七大使徒ビリーの肉を喰らってからボクの上半身(首から顔を除く)の皮膚は、黒色に変色してしまっていた。
どうやら食いちぎったビリーの新鮮な肉に含まれた黒魔力が原因で、体内が侵食されたらしい。
魔族に姿を変えてから黒魔力の侵食によって絶命してしまうのが普通だという。
けどこの身体が黒魔力に適応していたらしく、奇跡的に死を免れたというドンデン返しをみせてくれた。
まあ、それが原因で縄で吊るされているのも事実だけどね。
どうやら、魔族の血を引いた亜人の掟には、異なった一族の領地に無断で通過してはいけないルールがあるらしい。つまり「不法進入」はダメだってことだ、肝に命じておくつもりだ。
しかし、魔族の血をちょっぴり引いたことによって、肌が真っ黒になったせいか魔族だと判断されてしまい、今に至るという。
人族の場合、処刑は論外らしい。
なんでもつい最近、人族と魔族との間の争いが休戦になったらしく、その主な理由がこの大陸をすべて見渡す程の巨大さを誇る「精霊樹」だという。
精霊樹からは魔力が生まれそして放たれ、世界中に散らばるらしい。
おかげか人族にも魔力が与えられるようになり、軽蔑していた魔族(亜人)と同等の立場になってから、魔族を同族として人族が意識するようになったという。
それから長い月日の末、人族と魔族の血を引いた亜人の間に平和関係が生まれ、今じゃ一部の人族がわざわざ精霊大陸に赴くことがあるらしい。
最近の上層部の主なやりとりは、交易を計画の事について。
いずれ精霊大陸でも船を停泊するための港が作られると、検討中である。
今じゃ、人族との親睦を図る為に掟破りを意図的に行ってない場合は、人族なら許されるらしい。
けど魔族の場合は、処刑が決定事項である。
なので、魔族の血を引く以上に訴えた所で処刑は免れない。
この現実を受け入れるしかないのだ。
吊られれば逃亡なんて計れないし、フィオラとの時系列が合わないせいか女神の加護が発動されない。
つまり現在のボクは、脱出する程の実力を持たなくなってしまった無力で非力なネロ・ダンタである。
身体中を油塗れにされて、吊るされた所から真下に薪を集められて、くべる薪まで準備してらっしゃる。
食事の準備を行っているのか、野外にテーブルが設置されてその上に皿が人数分並べられていた。
「じゅるり」唾を垂らす子供達。
お腹を空かせているのだろうか、何故ボクをそんな物欲しそうに見るんだい?
狩猟された獲物以外、不味い物はないよ。
と嘘を訴えたいところだが、食料(ボク)に耳を貸すような奴はまず居ないだろう。
「皆の者!! 静まれ!」
準備に盛り上がる龍人の集団が一斉に声のする人物の方へ視線を移動させ、静寂が場を包み込む。
高いステージのような所で、1人槍を持った女性が立っていた。
尻尾がでかいのが第一印象、それだけではない。
うっすら筋の入った腹筋をさらけ出したような高い露出度の服装を身につけ、短いおかっぱのような黒髪を風で小さくなびかせながら、迫力のあるコワモテな顔で叫んで、同時に上へと天高く槍を掲げてみせていた。
この場にいる皆の衆が女性に合わせるように、槍を上へと掲げながら雄叫び声を上げる。
「うわはは!! よくぞこの罪深き愚か者を捕らえてくれたぞ! 我が同種どもよ!
此奴がどのような権利を持ち合わせながら、過去から我らが堅く守り抜いてきた掟を破ったのか! これは我らに対して愚弄、屈辱を与えているも同然の卑劣な行いだ! 情けをかけて見逃し、此奴の罪に目を逸らすのか!
否!! 我は奴を斬り捨てる!!」
うぉぉぉぉ!!
盛り上がっていく集団の大声が、ボクの鼓膜を響かせた。
縄で縛られた腕も痛い、下ろしてほしい。
「よって此奴の罪は、我らが喰らおうとしよう!! 此奴の新鮮な肉と共になぁ!!」
うぉぉぉぉうぉぉぉぉ!!
嬉しそう雄叫びを上げていく龍人達。
ぎゃぁぁぁぁぁ!!
喰われる事を改めて再度知り、絶叫を上げるほぼ全裸の青年。
他人事のようだが、それボクだ。
「ま、待ってください!! えっ……と」
吊るされたボクは、俯いていた顔を演説していた女性の方へと向ける。
視線に気づき、女性はムッとした様子で振り向いてきた。
「我は龍人の戦士長『エルベイン・ライノ・グリフェネ』である! 食料が生意気に喋るんじゃね! 黙っていろ!」
「ひっ! あ、アンタが黙れ……!! ボクは食料でもないし、魔族でもない! 正真正銘の人間なんです!」
つい強く言い返してしまう自分がいた。
それを良く思わなかったエルベインは、キッと鋭い視線を作り低い声で言う。
「処刑だ」
慈悲もなく、エルベインに決定事項のような感覚で宣言された。
シオンの言うとおり、龍人という者は血の気が多い。
あのエルベインという女性が特に、見た目からしてその類に含まれる。
「待ってくれ、エルベイン」
知っている声がした。
騒ぐ人混みの方へと視線を向けると、そこには禍々しい雰囲気を放つ暗黒色の槍を持つ恩人のシオンがいた。
リリルもだ。
「……ああ? これは、族長シオン殿じゃないか。どうした、我の決定事項に不満でもあるんかいな?」
「うん、大ありだよエルベイン」
自分より目上の者のはずのシオンにエルベインは生意気にも、まるで自分の方が立場的に上といった態度でシオンに質問した。
しかし、シオンは冷静な表情を保ったまま彼女の演説したステージへと近づき、少し呆れた様子で腕を組んだ。
「俺は友人のネロ君の引き渡しに応えただけであって、処刑にする程の事は耳にしていない。掟の事については、ここの『族長』であり『領主』である俺に変更する権限がある。戦士長のキミには一切ない。よって、ネロ君を邪険に扱うのはこの俺が許さない」
「ふん、普段は領主としてのノルマすら果たしていないアンタにとやかく言う資格があるとでも? 自身の可愛い妹の事をばかり優先させて、大切な仕事をほったらかしにするような怠惰な族長のお言葉に耳を傾けろ……と? それは流石にちょっと理不尽じゃないか」
容赦ない言葉を次々と並べながら、エルベインは愉快な様子で反論した。
対してシオンは腕を組みながら黙りこんでしまう。
「言っておくけど、我は元々アンタに従おうだなんて鼻っから思っていないからよ!
黙ってこの犯罪者が焼かれるのを待って、完成した肉を喰らっていろよ!!」
図星だろうか、かなり慌てたような表情を見せるシオン。
それを心配そうに見届けているリリルだったが、気に入らなかったのかリリル自身がシオンの代わりに言い返す。
「なんでそんな酷い事を言うの……お兄ちゃんが何か悪い事でもしたの?」
世間を知らぬ子供の純粋な質問に、エルベインは笑いをこらえる。
首を傾けながら、本当に分かっていない様子のリリルに涙目でエルベインは答えた。
「そういうこっちゃよお嬢ちゃん。キミの兄はどうしようもないおバカなリーダーで、毎日我らはキミのお兄ちゃんのせいで苦しんでいるのぉ……だからねーーー」
「そんなのデタラメだよ!! お兄ちゃんの事を何にも知らないクセに!!」
エルベインの言葉を遮るように、両手をキツく握りしめたリリルが大声で叫んだ。
それに流石のエルベインは驚きを隠せずにいた。
完全に放置されている状態のボクも同じだ。
「こら、リリル。大人にむかって失礼な……」
自分を愚弄した相手なのにも関わらず、リリルに注意しようと手を伸ばすシオンだったが、その手はリリルに叩かれる。
「悔しくないの!? あんな事ばかり言われて……! お兄ちゃんは自分の事を可哀想だって思わないの!?」
「……だって、本当と事だし」
「違わない! けど違うの!!」
リリルがそう言うと、この場にいる龍人らが全員理解していない様子で頭を傾げた。
「は? お嬢ちゃん、一体何言ってんだ?」
怪訝な顔でエルベインが言った。
リリルの矛盾したこの発言に、不思議がらない人はまず居ないだろう。
けど、リリルなり理由があった。
「だってお兄ちゃん!! いつも、いつも! みんなの事を思って………人と」
「それ以上、言わなくてもいい。行こ」
シオンは力無い声でリリルを宥めると、その手を引いて人混みの中へと歩きだした。
吊るされているボクに背を向けて、友人と呼んでいた……ボクを置いて。
アレ? それ、オカシクナイ?
幸運値どこいった、思っていたような展開が進展しないよ~?
去っていく兄妹を見届けると、澄ました顔でエルベインが吊るされるボクの方に目線を移動させる。
エルベインはため息をこぼしから、頭を掻いた。
「チッ、分っかんねぇ邪魔が入ってきて白けちまったじゃねぇかよ。まあいい……」
ゴミを見るような目をこちらに当てながら、持っていた槍で地面を叩ててから、叫んだ。
「処刑を開始する!!」
始まった、その瞬間。
言葉では表せられない程の恐怖に襲われ、吊るされたままジタバタと魚のように抵抗。
下の薪に火を着けられ、次第にその赤くて大きい熱い影が広がっていった。
「こら、暴れるんじゃない食料。大人しくコンガリと焼かれろ」
平然とエルベインは言った。
(これが大人しくいられるか!! アチチ!)
服を着るのと、裸で燃やされていく感覚は全然違う。
直接、火が素肌に当たると熱いというより痛い。
全裸なら尚更だ。
火の放つ高温な空気が体の全身を焦がしていき、泣き叫んでしまう程の痛みが足から駆け巡っていく。
「ああああああ!! 熱い!! 熱い熱い熱い熱い熱い!!」
「そうだ! そうだ! もっと焼かれろ! 我らの糧となるのだ! うひゃはは」
呑気にエルベインが踊ると、龍人の住民らが続いて踊りだした。
祭り気分か!!
誰か助けてぇぇえ!! 熱いよぉ!!
脳内は必死に助けを求めていた、口は働いてくれない。
熱すぎて言葉が出ないのだ、出るといったら叫び声だけだ。
「!」
ふと、ここから見える丘に目が止まった。
誰かが弓のような物をかまえて、こちらの方に向けていた。
男性か? 女性か?
と目を凝らすと、長耳の青年だった。
エルフの男。
そう認識していると、青年は弓の弦に矢をつがえていた。
「……へぇ?」
変な声が出た、矢先。
それをボクに目掛けて、青年は躊躇いもなく射るのだった。
ヒュン!
風切り音が耳を通り抜け、ボクが吊るされている背後の棒に命中した。
人間を1人分は支える棒がペッキリと折れ、そのままボクは重力に吸い寄せられるように地面へと落下。
あ、アカンこれ。
そう、何故なら燃え盛る火の海にむかって落下しているのだからだ。
「ーーー!」
ーーーヒュン!!!!
すると、どこから突如と発生した強風が火を消し去る。
そのままボクは火の消え去った地面にお尻を激突した。
地面に蹲りながらお尻を撫でていると、周囲から叫び声が響き渡る。
どうかしたの? と周囲に目を当てると、黒ずくめの鎧を纏った長耳の集団がボクを取り囲んでいた。
背中を向けながら、槍をかまえる龍人に矢をつがえた弓を向けて、殺気を放っていた。
「な、なんなんだ!!?」
ステージに立っていたエルベインも動揺した様子でボクを取り囲んでいる、黒ずくめの長耳に見下ろしていた。
「………」
「………」
「何故! ダークエルフが我々の領に侵入しているのだ!!」
エルフ、聞いたことがある。
魔族の血を引いた亜人で、精霊樹の誕生と共に姿を突如と現した妖精の姿をした種族。
最も美しい容姿を持った種族で、イケメンや美女を見かければ速攻エルフだと判断しろとお父さんに言い聞かされたことがある。
(ほぼ勘違い)
肌色のエルフが基本だが、黒い肌を持つエルフも存在していて凶暴だと噂されている。
なんせ自分がいた時代のダークエルフは、魔王のシモベとして仕えているから。
そんな事を考えていると、ボクを取り囲む1人のダークエルフが近づいてきた。
何をされるかと身構えていると、そっと手を差し伸べてきた。
見ると、若い少女だ。
「ネロ・ダンタ君。私らの盟友である方が、キミに救いの手を差し伸べてくれとの依頼を申し出してきた。なので来てみれば……なんとも酷い有様になられたか。急遽キミを我らの領へと保護する。意見はないね」
と彼女は仲間のダークエルフに聞いて見ると、全員揃って優しそうな表情でボクを見て頷いた。
「行こ」
ニッコリと笑う少女にそう言われ、何も考えずにボクは差し出された彼女の手を強く握ったのだった。
同時に、エルベインの投げた槍が彼女を貫いた。
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